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志高く、より良く生きるために
今の物質至上主義に流される日本人の体たらくを憂い、亡国を憂う。
内弟子は将来の道場師範を目指して、
青雲の志と、未来への希望に燃えて邁進する尚道館・陵武学舎。

■ 内弟子制度 ■
(うちでしせいど)

道場所在地 〒802−0985
北九州市小倉南区志井6丁目11−13
 ・北九州市モノレール企救丘駅より徒歩5分
 ・JR志井公園駅より徒歩7分

 *周辺地図、交通機関に関する詳細はこちらです

師範・指導員 曽川和翁 西郷派大東流における身分と流統性
 (宗家・米国イオンド大学教授、哲学博士)
募集クラス 【内弟子制度】
総本部住み込みによる2年間の教伝。
ただし、本人の人格を保障する身許保証人が一名必要です。
*詳細については、直接電話でお問い合わせ下さい。
稽古日 −−
指導内容 西郷派大東流の《大東流蜘蛛之巣伝》の政治的・軍事的・経済的・人道的思想ならびに人生哲学、西郷派大東流の儀法の修行期間に会得できる、初伝から中伝のもの。また、口伝による秘術の指導を、本人の修得レベルに応じて指導。

昨今は競技化に走る、柔道・剣道・空手などのスポーツ武道が大流行していますが、これらは、ただ試合に参加して勝つことのみが主体となり、また強弱論でその論理が展開されています。その一方で、思想というものが全く抜け落ちています。

ただ、勝てばよい、叩けばよい、投げればよいといった、物理的な制約のみにとらわれ、力で競うことが第一義となっています。しかし、本来日本武術の中には、こうしたものを超越し、精神的な領域にその求道者の崇高な精神を認めたものでした。それは人の道が、心の持ち方と思想によって行動原理になるということを現したものでした。
わが尚道館・陵武学舎では、物理的な力に頼る格闘技を求める場所ではなく、更にそれより崇高な、心の拠り所として、生涯に亘る安定した「心の平安」を得る、足がかりとなる修業道場です。

指導形式は、講話を挟んだ講義形式で、筋トレやハードな猛稽古を主体とするものではありません。強化合宿選手のような、ハードトレーニングを強いるものではなく、西郷派大東流の儀法と、講義による《大東流蜘蛛之巣伝》の思想が中心です。
ただし、求道の精神が旺盛な人に限ります。

詳しくは、尚道館HP内の「内弟子入門体験記」をご参照下さい

入門審査 実施 審査料2,000円
入門審査は、口頭質疑、合気揚げ等の基本動作、また食事を挟んで人格や品格を審査した上でその合否を議せる。
【註】入門審査を希望する者は、審査日を予約し、審査日の一週間前に関係書類を提出しておくこと。
詳細はページ下の解説をご参照下さい。
入門金 500,000円
月謝 100,000円
(講義受講や西郷派大東流の教授料、食費、宿泊料、水道光熱費、入浴、道場使用料、器具使用料、インターネットならびにメール使用料、自転車・バイク・車の貸し出し、その他の危惧しようの一ヵ月分の経費を一切含みます)
見学 不可
連絡先 総本部・尚道館
 電話受付時間/午前9時〜午後9時まで
 (それ以外の時間帯はご遠慮下さい)
093−962−7710(代)
093−961−8224(FAX)/24時間可
お問い合わせメール

福岡県より最年少で平成17年、一月隊員として陸上自衛隊に入隊した曽川竜磨(現宗家の一番下のご息子)参段・正指導員。
  竜磨指導員は、中学時代より現宗家の厳格な指導を五年間にわたり受け
、18歳で自衛隊に入隊した。この五年間は、内弟子以上の過酷なものであった。
  本写真は、17年7月10日、陸上自衛隊・後期教育隊(熊本県八景水谷・第八連隊第四大隊)を無事卒業修了した当時の模様で、曽川宗家と。

 現在も格闘訓練を中心に厳しい日々を送り、特化隊員として元気に勤務している。竜磨指導員の言葉を借りれば、「毎日が充実していて、自衛隊は天国です。大卒者も、高卒者も、中卒者もみんな同じで、公平であり、階級以外に身分の上下はなく、こんな良い所はありません」とか……。
  【註】曽川和翁宗家、平成17年6月より、謙虚を表す意味で謹んで剃髪する。

 

●内弟子制度

勝てばよい、叩けばよい、投げればよいといった強弱論では人望が生まれない。肝心なのは、人としての道であり、その武術に思想が伴わねば、それは「文武両道」といえない。尚道館・陵武学舎では、文武両道の「友文尚武」をモットーとする。
 総本部・尚道館陵武学舎では「内弟子制度」により、広く内弟子を募集し、将来、道場開設などを職業にしたり、その本格的な指導者として、我が西郷派大東流を後世に伝える人々を求めています
 志があれば、その熱意によって入門が許可されます。この場合、特別な体力測定や厳しい基準を設けた入門審査(ただし、体重は75kg未満で、身長にも制限があり、詳しくは「内弟子入門体験記」を参照のこと)などはなく、宗家が直接、その人の将来の展望を訊き、現在の日本の憂国の有無を問い、これに熱意をもって将来の展望を語り、日本国の正しい姿の理想を熱望すれば入門が許されます。

 指導内容は個人教伝の部と同等で、修業年数は2ヵ年。ここを卒業した人は各道場や支部に派遣し、また新たに各都道府県で道場が開設でき、将来我が流派の幹部要員を、内弟子修行を通じて養成します。

 これまで多くの若者が、我が西郷派大東流宗家の許に参集しましたが、ここを卒業した人は、現在のところ、一人も居りません。
 これは非常に残念なことですが、我が西郷派大東流の修行に耐えた最高年月の人は1年2ヵ月であり、また、口だけで意気巻いて入門し、僅か1週間で逃げ出した人もいます。ある意味で、それだけ肉体的にも精神的にも今までに経験したことのないような負荷がかかり、しかし一方で、日常を非日常と置き換えて、あるいは平時を戦時に置き換えて、緊張ある日々の実践体験が体感できるわけです。

 現代人は、文明の利器と、恩恵に預かって、安穏とした日々を送っています。冷暖房の利いたエアコン設備の完備された生活空間に安穏とし、「文明という贅肉」を身にまとい、豊かさと、便利さと、快適さを求め、それに享受する事が「文明」と信じたわけですが、この文明も、もはや「文迷」でしかなく、迷いの中で、「一寸先は闇」の生活を強いられています。日本古来よりの精神領域は蔑ろにされ、科学万能主義あるいは物質至上主義に押し流されています。しかし物質文明の恩恵に預かり、「甘え」を享受する生活では、窮地に立たされた場合、何一つ役に立たないのです。
 したがって、非常時にも耐えうる強靭な精神と、不屈な、毅然とした態度が必要になるのです。

故・安岡正篤先生の色紙「一掴一掌血、一棒一條痕」。
 現代の社会情勢を見ただけでも、不穏な事件がはびこり、大交通事故があり、大型の台風や、これまでめったに地震などが起こらなかった地域にも地震が発生し、不可解な天変地異が起こりはじめています。これは地球的に見ても、異常と思える世界各地で起こっています。
 一方、 戦争の火種は消えるどころか、世界中の到る所で、戦争の火種は燻っています。また、個人においても、人倫が乱れ、それに伴って世相が乱れれいるが故の、不幸現象が、次々に個人へと降りかかってきます。

 病気などの不幸現象も、科学の発達した現代においては、根絶できると信じられる一方で、不治の病は依然として姿を消すどころか、形を変え、難病・奇病という不治の病へと変貌しつつあります。ガン疾患や、エイズといわれる、現代の黒死病にもたとえられる病気は、下火になるどころか、ますます増加の一途にあります。

  人間同士の個人間の争いごと、民事・刑事の裁判沙汰、通り魔殺人や傷害事件、麻薬をはじめとするドラッグの氾濫、青少年の非行化、家庭不和、家庭内暴力、 節度あると信じられていた大人の世界に蔓延する不倫・浮気・本気、企業の倒産、ディストラと、さまざまな不幸現象が、個人の人権を無視して襲い掛かります。

 また、昨今の世情の特徴として、JRや私鉄の列車内に流れるアナウンスは、現代人が狂いの世界に興じているという錯覚すら抱かせます。
  節度ある大人?たちに向けての、「痴漢防止のアナウンス」は、北半球の文明国の中でも、日本だけであり、日本人が世界から馬鹿にされる要因は、こうしたところにも点在しています。

内弟子の出稽古などに使用される一本下駄。
 かつては、日本は「武士道の国」と、世界から尊敬を受けていました。
  ところが今日に至り、こうした、節度ある、貧困とは無関係な大人?の痴漢行為や、国家意識が稀薄になった日本人は、侮蔑の目で見られる国民性を背負い込んでしまいました。そして、礼儀知らずを増長させて、日本人といえば、エコノミックアニマルと蔑まれる対象でしかない存在になってしまいました。
  果たして、こうした日本人の現実に、明るい未来はあるのでしょうか。
 それも、これも物質主義の恩恵に預かって、精神を蔑ろにした実情から始まったことでした。
 人は、心の存在を忘れ、本能のままに欲望をむき出しにして、人生を奔走します。しかしこの奔走は、「滅び」に向かっての奔走でしかありません。

 そして一見、科学万能主義の見えた、文明社会は、実は文明に名を借りた「文迷」でしかなかったのです。
  多くの現代人は、見通しの不透明な社会システムの中で、等しく迷い続けています。こうした現実社会にあって、尚道館の「内弟子制度」は画期的なシステムであり、この指導理念とを通じて、将来日本を担うべき人材を輩出しようというのが、わが尚道館・陵武学舎の意欲ある試みです。
 耐えることを学ぶ精神は崇高なものです。
  今の苦しみや辛い現実に耐え、これを忍ぶことにより、人間は一周りも二周りも大きくなっていきます。風雪に耐え、それを忍んだ所に、人間としての年輪が刻まれ、この年輪が、人生を見誤らない「見通し」となっていくのです。

内弟子の稽古三昧を行う、総本部尚道館玄関。
 わが尚道館・陵武学舎においての一日の日程は、午前5時30分起床、洗面後、道場内外や風呂場の掃除。畑への水汲みや農作物の世話。野菜ジュースの朝食。午前7時より正午まで自主的な道場稽古。あるいは午前10時より昼食の弁当を持って、午後3時まで野外での剣術並びに手裏剣などの飛び道具の稽古【註】毎日ではなく定期的)。更には、定期的な宗家先生の講義が行われます。
 わが内弟子制度の基本は単なる筋トレや猛稽古に終始することなく、講義プラス西郷派大東流の儀法が中心となるため、一般に安易に考えられる「強化合宿方式の選手の修養」ではありません。
 一口で言えば、文武両道を目指し、講義の中に、部の道を見出すというものであり、肉体のみを酷使するものではありません。

  わが尚道館・陵武学舎の内弟子制度とは何か、といいますと、一口で言って吉田松陰の松下村塾のようなものです。教える側と教わる側を区別するのではなく、自他共に教える先生であり、またある時は、自他共に教えられる生徒であり、人間は「お互いに砥石」であり、人から磨かれつつ、時には人を諭す砥石にもなるのです。そして、此処では内弟子が受身になるのではなく、受身自身が主人公なのです。

 アルバイトなどを行う人は、正午より「8時間以内」は自由時間となるので、副業が自由です。
 稽古のある日は、午後9時半まで道場生と混じって夜の部の道場稽古。一日の反省を行った後、「内弟子日誌」を記載し、午後12時就寝。
 以上、規則正しい修行者の生活が繰り返され、こうしたことは将来道場を開設した時、大いに役立つようにプログラムされています。

 注意事項は、内弟子本人の求道の精神に委ねられるので、自分から求めていったり、探究心がない場合は更新者に追い抜かれ、あるいは途中で挫折していきます。特別なカリキュラムは何もありませんが、内弟子規定に定められている8時間以上のアルバイトが朝早くから夜遅くまでというようにそれが内弟子生活の主体となったり、人からの借金や、ローンやサラ金などに借金を抱えていて、経済的に困窮している人は、内弟子は勤まりませんのでお断りします。
 内弟子は、外から習いに来る一般の弟子と異なり、内弟子としての人間性と品格が必要になります。

 

【内弟子として不適合な人】
1.体形・体格的には中庸で、痩せ過ぎや肥満体の人は不適合である。適合者の体形は中庸で、体重は64kg以上75kg以下であること。糖尿病や脂肪肝を患っていないこと。

2.鬱病(うつびょう)や神経症の人、その他の精神障害を持っている人は不適合である。あるいは静止していても、体が揺れたり、一点に静止することが出来ない人も同じである。性格粗暴者や精神異常者、変質者も不適合である。

3.呼吸器系や耳鼻咽喉系に障害を持っている人は不適合である。わが流は呼吸法を重要視するため、呼吸における吐納は非常に大事なものである。蓄膿症などで鼻づまりをしていて、口でしか呼吸が出来ない人は、呼吸法の間違いが生じやすく、精神障害を起こしやすい為である。また、喫煙者も不適合である。更に、食事の際の咀嚼時に、口が開いたり、ぺちゃぺちゃと音を立てて食べるような、品格のない鼻づまり人間も不適合である。ただし、弱視や難聴は体感(第三の目や第三の耳)で克服できるので問題がない。

4.過去に格闘技やスポーツ、その他の事故や怪我で、肩・肘・腰・膝を負傷し、膝や腰を痛めて「静坐」が出来ない人、肩や肘を負傷していてこの部位を動かすと痛みを感じる人は不適合である。 特にわが流は、長時間静止する「静坐」を行ったり、剣術における剣の素振りを行い、あるいは棍法である腕節棍・五尺杖・六尺棒などを修練し、更には槍術などを修練するので、肩や肘に障害のある人は不適合である。

5.性格的に頑迷で頑固、思考的に先入観や固定観念が強く、優柔不断である人は不適合である。また、「修行行をする」という認識がなく、掃除・洗濯・炊事・炊飯・買い物・料理などの日常の一切を、自分から進んでやろうとしない者は不適合である。下積み生活の苦労を自分から買って出ない者は不適合である。

6.出身地においてきた妻子や、恋人が気がかりな人は不適合である。また、恋慕の思いが激しい人も不適合である。

7.多額のクレジット・ローンを抱えていたり、他人から多額の金銭を借り、あるいはサラ金などの高利の債務を抱えていて、経済的に困窮している人は不適合である。

8.礼儀知らず、恥知らずは不適合である。恥辱に対して鈍感な者は不適合である。また、姿勢の悪い者、靴の踵を引きずって歩く者、「けじめ」をつけることを知らない態度の毅然としない者は不適合である。更に、負かされたことに責任を取らず、責任回避をする者は不適合である。

9.観察眼の疎いものは不適合である。慎重さに欠け、配慮に欠け、先を読もうとする心がなく、緊張感がなく、見逃しや聞き逃しのある粗忽者(そこつもの)は不適合である。

10.暗記能力に頼り、口先ばかりで、知識と実践を分けて別々に思考するような、不言実行が伴わない者のは不適合である。また、他人の話をよく聞かない、聞き上手でない者は不適合である。 更に、文武両道の精神に欠け、技だけを学んで強くなろうと思い、思想を学ぼうとしない者は不適合である。

 以上が、内弟子として不適合な人であり、内弟子修行には一点の曇りもなく、晴れ晴れとした白紙の気持ちと態度で臨まなければなりません。また、内弟子とは厳正な審査によって、「選ばれたエリート」であることを忘れてはなりません。
 つまり、内弟子とは「選ばれたエリート」である為、最初から統率力や指導力や運営力、更には無から有を造り出す創造力や企画力に富んだ基本的要素が必要であり、今は磨かれずにそそ儘になっているが、それを内弟子修行を通じて磨き上げていくというものでなければならず、技術的な才能や素質の有無は別にしても、既に品格を備え、「エリートたる要素」が最初から備わっている人でなければなりません。
 したがって、誰にでも出来るというものではなく、リーダーシップのある、ごく限られた人になってきます。

馬術を通じて、日本武術の根本を探る。陵武学舎の内弟子は、総合的に馬術にも通じていなければならない。日本武術は、武芸十八般からも分かるように、総合武術の観が強い。したがって一種目や二種目程度でなく、最低六種目はマスターしたいものである。

 尚道館陵武学舎の内弟子は、一般によくあるような、畳水練に終わることなく、古来より尊厳された武芸十八般を通じて日本武術の精神を学び、日本武術の中に西郷派大東流の「合気」があるということを自覚していくのです。したがって、「合気」があって、日本武術が存在するという傲慢な考え方を持ってはなりません。謙虚に、総合武術として西郷派大東流を学び、その中には、以上のような馬術の修得も課せられているのです。

 また、内弟子とは、稽古に通ってくる外の弟子とは異なり、「宗家先生にお仕えして、薪水の労をとる」と言うことが基本となりますので、日常の一切のことを任され、これを日々の仕事とします。つまり武士道で掲げる「奉仕の精神」が必要になります。この事が分からなくなると、「内弟子」イコール「強化合宿の強化選手」と勘違いしてしまいます。そして、この勘違いは、自分の日を棚に上げて、やがて挫折につながります。
 また、修行途中でアルバイトが主体になったり、病気や怪我などで帰宅日数が多くなると、「破門」あるいは永久追放の「絶縁」 を申し付けることがあるのでご注意ください。

 稽古は差ほど厳しいものではなく、一方で和気藹々(わきあいあい)とした生活を曽川宗家の家族と一緒に暮らし、そこから「人生とは何か」そして「武術とは何か」という最大のテーマを学んでいくことになります。
 将来に志を掲げ、世の中に大旆(たいはい)を掲げ、指導者とならん方は、ぜひ一度、我が西郷派大東流合気武術の総本部・尚道館の門を叩いてみては如何がでしょうか。
 内弟子制度に関する詳細な内容は、下記のところにアクセスください。

 

*詳しい内容については、
尚道館HP内「内弟子入門体験記」
ご参照下さい。


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