![]() |

●時代に合わせての簡化思考
そして「秘伝」の持つ意味は益々軽視され、肉体を動かしての、心臓に負担を掛ける心臓肥大症になるものばかりが、秘伝にとって代わられている。 また合気道の、特に初段から3段程度の大学クラブ活動の初心者の演武は、技が掛からないのに大袈裟(おおげさ)に飛び込んだり、触れてもいないのに足払いで跳(は)ねられたりの誇大動作は、非現実的で舞踊の領域のものであり、真剣に格闘技を志す修行者から冷ややかな嘲笑(ちょうしょう)の目で見られている現実もある。 これらのことから考えると、純粋な昭和30年代の全盛黄金期の合気道一本主義で押し通し、狐疑感もなく練習に励んでいる人は、実に稀(まれ)である。 合気道は健康法や女性の美容法としては、それなりの効果があるのにも関わらず、武術としての実戦効果は時代にそぐわなくなって来ており、投技を考えてみても柔道の比ではない。 合気道や大東流や八光流の投技の多くは、手首を取らせたり、捕まえたりしての非現実的な防禦(ぼうぎょ)技が多く、相手の懐(ふところ)深く飛び込んで肩に担いだり、腰で払ったり、あるいは足で太腿(ふともも)や膝(ひざ)等を攻めて、払い投げるという決定的な「払い投」が無いのである。また頭上から落とし込む《岩石(がんせき)落し》という柳生流の「柔」(やわら)に見られる業(わざ)も省略されている。 ここで認識せねばならないことは、崩しによって相手の誘導に弾みを付けたり、相手の動きのタイミングを巧(たく)みに読み取ってそれに合わせ、一人若くは大勢を制することは並大抵のことではないということである。 また大東流(松田豊作)、八光流(奥山吉治・号龍峰)という伝承経路を辿った少林寺拳法(中野道臣。一般には金剛禅少林寺初代管長・宗道臣師家として知られている)に於ても、合気道と同じく型通りの関節技や投技があり、実戦では極めて効果が薄い観がある。 人と人が生死を賭けて格闘する場面は、双方の一歩も譲らぬ気構えから考えて、大量のアドレナリンホルモンが分泌される状態にあると考えてよい。アドレナリンの分泌で神経が鈍感になった双方が、関節技や投技を掛け合って止めを差すのは、極めて難しい問題である。徒手空拳の一撃必殺に於ても同様である。 このような非現実的な技法が徘徊する今日、合気武道界は大きな転期を迫られている現実がある。 西郷派大東流の立場からいうと、初心者段階からの無手無刀の柔術の技法は「手解(てほど)き」以外を除いて無理があり、剣の業(わざ)を習熟した後に無手無刀が可能になる、ということを修行の基本課題にしたいものである。 (編集者/はな) |
| ●秘伝科学が抜け落ちてしまった現代の武道界や格闘技界 「戈(ほこ)を止める」と書く、武の儀法は、今日、まさに「戈を止めないもの」に成り下がっている。古人の智慧(ちえ)は、すっかり失われ、西洋流の愚かしい強弱論が、一時の幅を利かせている。 秘伝科学の意味からすれば、「合気」もその古代科学の宇宙の玄理から出発したものであり、ここには原始太陽の神代からの、発生以前の理がある。 さて、原始太陽はその後、宇宙創造の根源として、三柱の神を創造した。この神こそが、天之御中主神(あめのなかぬしのかみ)を中心軸に据(す)えた神であり、その軸を左右に転じる神が高御産巣日神(たかみむすびのかみ)であり、神産巣日神(かみむすびのかみ)である。 この三柱の神は、それぞれが独立した神でありながら、一体となって活動する神である。 天之御中主神は中心に坐(ざ)する神であり、同時に人の中心に坐する神である。また、高御産巣日神は何処までも高く、気(け)高く、健く、外に発する遠心力を伴う働きをする。
更に、神産巣日神は「カミ」である事から「噛む」であり、噛みしめる内包する、あるいは中心軸に向かう事を目的として働く神である。この三柱の神の働きによって、「合気」が構築されているのであり、これが一致した時、「躰動」(たいどう)として人間のから発気されるのである。 |
| ●負けない境地 スポーツ格闘技や競技武道の選手や愛好者は、もともと「勝つため」を目的に日夜練習をするものである。相手に打たれたり、投げられたりしては上手といえず、あくまでも「勝ち」を求めて練習をするものである。 しかし武術は勝つためより、「負けない境地」を得るために修練するのであって、そこには容易に敵から攻め込まれない「位」(敵に対して優位な体勢を得ること)を会得するために、日夜稽古を重ねることを本義としている。人間の行動原理の、最も大切な行動規範(anomie/人々の日々の行動を秩序づける価値観)は、実はここに置かれ、「負けない境地」への探究が武術の真の目的なのである。この点も、武術がスポーツ格闘技や競技武道と、種を異にしているのである。 スポーツ格闘技や競技武道では、何が何んでも勝たなければならないし、また勝たなければ英雄の座にもありつけない。 ここに「切り札」の「切り札」たる所以がある。 徒侍は騎馬侍の太刀に対抗して槍をもってこれに応戦し、騎乗の武者を薙(な)ぐ、あるいは突くのである。徒侍が六尺か、八尺の槍で突き上げる場合、捻りを入れるのは勿論の事、西郷派大東流では突く瞬間に「エイっ」と気合いをかけて息を吐くのではなく、吸う、独特な吐納を行う。吐くと、腕捌きと突きの発気力が半減するからだ。 |
| ●頸椎に歪みを与える 人間の頸(くび)の部分の頸椎(けいつい)は、七個の脛骨(けいこつ)からなる。脛骨は、下部の椎骨の上に位置する骨であるが、椎骨は場所によって大きさが異なっている。 脛骨は頸椎(けいつい)といわれ、棘突起の先は二つに分かれ、横突起の先にも前後に分かれて基部に横突孔(おうとっこう)がある。この横突起の前半は頸椎に所属すべき肋骨の萎縮(いしゅく)したものと、医学的には考えられている。そしてこれは、稀(まれ)ではあるが、延長して肋骨あるいは脛肋となる場合がある。 第一頸椎は「環椎」(かんつい)といわれるもので、環状ののもので、椎弓と外側塊からなり、椎体がない。椎弓の上面に靴の底状の上関節窩がある。これは後頭骨の後頭顆を受けて環椎後頭関節を形成している。この関節は頭蓋(ずがい)の前後左右の傾斜運動を助けるものである。 次に第二頸椎は「軸椎」と呼ばれる。これは上面に上関節面があって、環椎の下関節面との間に関節を形成している。 また椎体の上端部が上に突出していて、歯突起となり、環椎の前弓後面に接して、歯突起を入り込ませ、そこに正中環軸関節を形成している。環椎と軸椎とを重ね合わせてみると、これは丁度カメの頭を持ち上げたような形をしていて、環を首に掛けたような形をしている。 これは頭蓋の回転を行い、環椎後頭関節とを合わせると、頭蓋の前後左右の傾斜、あるいは左右の回転を行う場合に以上の動きを助ける働きをする。以下順に 最後の第七頸椎まで並び、第七頸椎を「隆椎」という。隆椎は棘突起が特に長く、また先が分かれていない特長をもつ。 これは項の下部に突出し、皮膚の上からもよく膨れて、その位置が明らかになる。特に頭を前屈させた場合、突出が著明となる。他の頸骨の位置を定める場合、例えば、ある椎骨がカリエスなどの病気をで変形して突出する場合、これが何番目の脛骨であるか、決める事が出来る位置を示し、この部分の突起を目安にして、各椎骨の棘突起を指で押しながら数える事が出来る。 さて、西郷派大東流奥伝儀法には「頸固」なる儀法が存在する。これは頸(くび)を固めるので、表面的には絞業(しめわざ)の一種として見られがちだが、これは絞業ではない。頸椎を攻める技であり、頸椎を歪に曲げ、それの頸椎全体に与える技である。固め合気の儀法であり、術者は敵の背後の回り込み、頸を捕らえて、術へと誘う。 まず、その時、術者は敵の顎(あご)の下に、右腕を差し込み、左腕でそれを支えると同時に、左手で敵の側頭部分を右方向に強く押す。押す場合、右手頸と左腕を交叉(こうさ)させる事が肝心であり、これには「梃の原理」が働くので頸椎部が激しく歪(ひずむ)む。 だが、これを更に検証していくと、壁の中から突然顕(あら)われ、壁の中に突然消えたと思わせる「通り抜けの術」は、実は観(み)るが側の思い過ごし、あるいは肉の目の錯覚であり、その時、肉体は観る側の視界から消えたと云うべきであり、実際に通り抜けたと云う事にはならない。 これはまず、相手を掴み、次にバランスを崩しておいて、一旦相手を不安定な状態に導き、その隙(すき)を窺(うかが)って肉体力で技を掛け、顛倒(てんとう)させると云う力の競い合いであり、「崩し」にその総ての基礎が集中し、柔道の顛倒までに至るプロセスを追えば、まず、「崩す」ことを足に向けて仕掛け、次にバランスを喪(うしな)った不安定な状態に導いて、その隙を窺い、何等かの技を「出足払い」のように「掛ける」と云うのが柔道の一貫した流れであり、その主体は物理的な「崩し」にある事が分かる。 |