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「大東新報」 内容: ・軍事、歴史、政治、 国家政策、風俗、 国民気質、金融、 経済研究論文(詳細) ・希望への哲学(裏面) 様式:A3版 ・両面印刷 ・表面カラー ・裏面白黒 発行日:毎月15日発売 (毎月郵便にて送付) 年間購読料:3,150円(税込) |
| ●大東新報・解説 いま世界は、「欺瞞」(ぎまん)と言う縮図の中に封じ込められている。 世界は、ある意図と方向性をもって、穏微な集団により動かされ、現代人はその中に生きるかのような宿命を定められている。政治・経済・軍事・科学の全てが、穏微な集団の作為による。 そして人類の歴史は、17世紀後半以降、意図的にこの穏微な集団によって作られた形跡を遺(のこ)している。 西欧列強の19世紀に画策した「植民地主義」や「帝国主義」は、17世紀後半に盛んになり始めた富の「収奪」と「独占」に起因する。 この収奪と独占こそ、国際ユダヤ金融資本の財源となり得た。この財に動かされ、西洋ではアメリカ独立戦争(アメリカ建国の為の革命戦争)を企て、フランス革命を企てた。その後も、明治維新、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、ロシア革命、第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争と続き、どれも一見すれば、自然の成り行きで勃発したように思える。 しかし、それがどのような国家あるいは民族においても、自然発生的に、栄枯盛衰(えいこせいすい)の自然の摂理から、「自然体」によって勃発したと見るのは余りにも短見である。国家群の浮沈は、特に17世紀後半より、歴史は疑いようもなく、意図的に動かされた形跡をもつ。その形跡は、一つの流脈によって人工的に画策されている。また背後には、エスタブリッシュメント(establishment/既成勢力で、アメリカ東部のエスタブリッシュメントを指す。ひと握りのエリートであり、国家や市民社会のさまざまな次元で、意志決定や政策形成に影響力を及ぼす既成の権力機構、権威的組織、体制、勢力、また既成秩序など定義し、新世界秩序建設に奔走している)経営の約15年周期で浮沈するアメリカの軍産複合体の影が見隠れする。 近代史はまさに、特定の目的をもった、意図的に動かす、穏微な集団によってありとあらゆる現代の歴史が一つの方向に導かれているのだ。
「ワン・ワールド」である。「世界統一政府樹立」である。国家群や民族群を包含する支配体制を、人類の最終ゴールに掲げ、「世界統一」と言う美名をもって、これを企てる一団がいることだ。これが国際ユダヤ金融資本(国際ユダヤ金融財閥。ロックフェラー、モルガン、デュポン、ケネディ、オナシス、フリーマン、コリンズ、アスター、ラッセル、バンディらを指す)の、真の正体である。 この勢力は、根本的には一般に言われるユダヤ人(「ユダヤ」と名乗る人種は二種類あり、白人の肌を持つアシュケナジーユダヤ人と、黄色い肌を持つスファラディ−ユダヤ人。この意味でイスラエルはユダヤ人の二重構造社会である)とは無関係であり、ユダヤ教を信仰する、一部のワン・ワールド主義エリートによって国際的な陰謀が企てられているという事である。 いま世界には、これまでの秩序を破壊し、意図的な方向性を持たせる「流れ」があり、自分達こそ世界の覇者として君臨し、支配すべきだと考える勢力がある。そしてその陰謀性は、実に凄まじいものがある。 だが日本国民の多くは無知であり、この事実を知らない。また、調べれば直ぐに解る事だが、これを調べようとしない。世界動向に疎(うと)く、まさに無防備である。 一方、こうした切実な国家的危機にもかかわらず、娯楽や快楽情報の洪水に浸り続け、真剣に国家や社会の腐敗を糾弾(きゅうだん)する意識をもっていない。ニュースでは政治家をちゃかす政治スキャンダルが溢れ返り、もはや先進国と言うには、あまりにもおぞましい状態にありながら、政治は国民不在の儘、一部の与党議員の政治家どもに横領され、それでも国民は、これに沈黙を保ち、忍従を余儀なくされている。 そして多くの国民は、国家のあるべき姿や、ビジョンを描く事は出来ず、マスコミなどのマスメディアの嘘に騙され続け、国際社会の中で、日本代表が醜態を曝(さら)す姿すら指摘できず、ひたすら迷走を繰り広げている。この自覚症状を伴わない、「末期ガン」に匹敵する深刻な問題は、常に棚上げされ、後回しにされ、飽食に明け暮れ、レジャーやスポーツ観戦に現(うつつ)をぬかし、世界的視野の乏しさは、一向に顧みないと言うのが昨今の日本国民の実情である。 今日の日本人は、あたかも集団催眠術に掛けられ、アメリカ追従主義に入れ上げ、物質的豊かさを求めるあまり、目先の利益と享楽的生活に現(うつつ)をぬかすようになった。 デモクラシーと言う、社会主義と双頭の虚構理論の中で、「自由」と言う名の下(もと)に、自由奔放に明け暮れる個人主義を個人の自由とし、「基本的人権」と言って憚(はばか)らない。この基本的人権がデモクラシーの本性であるとすれば、その本性こそ、悪しき自己主張であり、これはまさに多数決による弱肉強食のエゴイズムではないか。
また、生産手段と生活資料とを資本として所有する資本家階級が、自己の労働力以外に売るものを持たない労働者階級から、労働力を商品として買い、それの価値とそれを使用して生産した商品の価値との差額(剰余価値)を利潤として手に入れる経済体制である。そしてそこには、過剰な競争原理が働く。 この思想に支配されれば、金持ちは益々金持ちになり、貧乏人は永遠に貧乏の域から抜け出せないと言う縮図の中で、まるで鶏のブロイラーのような「ゲージ飼」をされていると言う事になる。 これを厳しく指摘したのが、ドイツ系ユダヤ人マルクス(Karl Marx)だった。だがマルクスも、持論が虚構理論であると、まだ『資本論』の中では気付いていなかった。 この思想を受け継いだマルクス主義者達は、資本主義の全般的危機(allgemeine Krise des Kapitalismus)を高らかに唱え、ロシア革命が達成された後、世界の資本主義体制そのものが危機に陥ったとされる状態を指し、これがマルクス主義者達の一般的な見解だった。しかし、こうして述べられた一般的危機は、机上の空論からひねり出された、自由主義者達への当てつけであった。 世界は左右の、「双頭理論」で動かされている。そしてこれを標榜(ひょうぼう)するものが、「世界新秩序」「ボーダレス・ワールド」「国際貢献」などの美辞麗句だ。 この言葉の裏には「双頭理論」が隠されており、国民はこの言葉にまんまと騙される。二つの論理が、政治的軍事的経済的な同じ机上で語られ、一見相反するように見えて、実は同根の形態を有しているというのが、これである。二つは、「虚構のテーブル」の上に並べられているのである。 そして耳に心地の良い、自由主義、民主主義、平等主義、平和主義、博愛主義までを掲げ、それが右一杯に振幅の度合いを高めると、今度は左に傾いて振幅が始まり、社会主義や共産主義が登場する。 いずれにせよ、国際ユダヤ金融資本が最終目的とするものは、「双頭理論」で人々を騙しながら、世界政府を樹立し、その政府を究極的には支配独裁する事である。この支配体制下に於てのみ、ユダや金融資本以外の「ゴイム」(家畜あるいは動物の「豚」の意味を指し、ユダヤ教徒以外の異教徒を指す)が、細かく細分化され、ヒエラルキーと言う階層が出来上がるのである。 しかし残念にも、国際ユダヤ金融資本の目論む金融経済の社会構造は、仕掛人の手中に約九割がたが握られ、その支配権はおおかた確立していると言えよう。 もし、このワン・ワールド主義エリートの手によって国際支配が行われれば、彼等に永遠に人類は、能力ごと、人種ごとに統治され、底辺に位置する庶民は、永遠に人権が奪われ、しかし自覚症状を伴わない、無自覚状態での奴隷化が遂行されて行くであろう。 そして一度(ひとたび)この社会システムが完成すると、国際規模(国際連合軍)の強大な軍隊が出来上がり、監視の行き届いた内部警察機構が徹底されるであろう。 もはやこうなれば、疑似(ぎじ)市民社会を営む、底辺の市民の中からの社会変革は不可能になり、ワン・ワールド思想に反抗の牙(きば)を剥(む)く事は絶望的になり、人民は階級化され、能力別に機能化され、あるいは組織の一部に歯車化され、やがて反抗を許さない家畜へと教育されて行くであろう。 まさに社会主義虚構理論の「粛清(しゅくせい)の論理」(独裁者の理論であり、不正者・反対者などを「危険人物」と決めつけ、これを厳しく取り締まり、独裁政党などで、方針に反する者を排除し、抹殺すること。日本において、戦前・戦中は無政府主義者や共産主義者が、その対象になり、獄に繋がれたが、旧社会主義国ソビエトのように処刑はされなかった)によって、反対支持者は抹殺され、一党独裁が押し進められ、システムのヒエラルキー化が図られるであろう。 ワン・ワールド主義者の代理人(agent)となって走狗(そうく)した上部にランクされる者は、貢献者として金品と名誉が与えられ、また忠誠心の見返りとして無差別な快楽が与えられるであろう。次にある程度の才能と能力をもつ中級市民階層は、コンピュータ・オペレータとして頭脳労働とその職能に似合う給与と生活保証が与えられ、そして下層階級にはハードな牛馬のごとき肉体労働が与えられるであろう。
その掠奪の最たるものはイギリスの大英博物館である。世界中から、手当り次第に財宝を略奪し、簒奪(さんだつ)した世界中の文化資産が、此処には所狭しと並べられている。これは19世紀当時、イギリスの植民地的帝国主義が、如何に凄まじかったかを証明している。 日本も明治維新以降、欧米列強に習い、朝鮮半島から中国大陸へと向けて、利権拡大を目論み、侵略の道に血眼になった。日清戦争もそうであったし、韓国併合もそうであった。他国の富を略奪し、これにより、国体を増強・増大しようとするのが植民地主義あるいは帝国主義と言われるものである。 しかし日本は、大陸に侵略を企てる前には、イギリス・アメリカ・フランス・ソビエト(ロシア)などの西欧列強が居座っていた。そしてこうした居座っている列強とも、激しく戦わねばならず、中国での全面戦争は、日本の運命を決定する方向性を担ったものだった。 勲章争奪戦に血眼になる旧大日本帝国陸海軍の将軍や提督達は、自己顕示欲を露(あらわ)にして、ユーラシア大陸の北進論を押し進め、一方、石油・スズ・ゴムなどの南方資源を求めて、南進論を企てた。これが日本の以後の国運を決定する重要なキーポイントでった。そしてその先に、大いなる矛盾の罠(わな)が控えているとも知らないで……愚かにも、虎口の中を深入りして行ったのである。
そして大東亜戦争後の敗戦国日本は、天皇をはじめとする、帝国主義、植民地主義、軍国主義の一切を放棄して、アメリカ主導形の「民主主義」が政治や社会の中心に据えられた。 敗戦した日本国民に課せられた余生(よせい)は、まさに勤勉に働く事だけしかなかったのである。 一口で「日本人は勤労好き」と評されているが、働き蟻(あり)のように働く日本人の姿が、果たして真物(ほんもの)であるかどうか、実に疑わしい限りである。この勤労意欲は、実は戦争に負けた、戦争後遺症から来ているのではないか。 戦争に負けた国民は「こうなるのだ」という連合国側の、お仕置きに屈した姿とも見えるのである。 世界中の近代市民社会を営む市民の中で、日本人だけが敗戦を目(ま)の当たりにして「国敗れて山河在(あ)り……」などと、呑気(のんき)な事を口走った。恐らく島国育ちの、日本人ならではの狭い了見であろう。 しかし日本以外の世界では、こんな情緒的な叙事詩には浸っていられないのである。いったん戦争に負けると、山や河はおろか、国家や民族としても存在しなくなるのである。国体は崩れ、国民はまとまりが無くなり、「烏合の衆」化して、市民社会など、消し飛んでしまうのがオチであり、特にヨーロッパではこれが常識であった。 したがってヨーロッパでは、どんな市民社会をも守ってくれる軍隊が必要になり、軍隊に対して深い信頼を寄せ、勝利した戦争に対しては、毅然(きぜん)とした態度でこれを誇りとしたのである。民主主義の原点は此処にあり、民主主義と軍隊の関係は切ても切れない関係であった。 その最たる証拠が、フランス国歌『ラ・マルセイエーズ』(La Marseillaise/フランスの国歌であるが、初名『ライン軍の軍歌』というが、マルセーユからの義勇兵がパリまでの行進中歌い続けて広まった)からも窺(うかが)えるように、この歌は、マルセイユから祖国防衛の為に立ち上がり、進軍する人民義勇軍の歌ではなかったか。 また、アメリカの『星条旗よ永遠なれ』(Star-Spangled Banner/アメリカ合衆国の国歌。1814年、キー(Francis S. Key)が作詞。曲はイギリスのスミス(J. S. Smith)の作といわれる。1931年アメリカ国歌に制定)は、アメリカ独立戦争で、銃弾に倒れた民衆からなる愛国者の歌ではなかったか。 このように、世界の近代市民社会は、軍隊と切ても切れない関係をもち、戦争は市民社会と屡々(しばしば)、同一性及び正統性を確認する闘争の歴史でもあった。この事実を近代史から紐(ひも)解けば、例えばアメリカの場合、独立戦争と南北戦争に見る事ができる。勝利を勝ち取る為には、人間の大量の血が流れる事も惜しまないのである。
だからこそ、ベトナム戦争の汚点は、それ以後に亘(わた)っても、アメリカ人とアメリカのモラルを蝕み続けているのである。それはベトナム戦争に勝利できなかったと言う汚点である。戦争に勝てば汚点は吹き飛ぶであろうが、負ければその汚点は、やがて自国の国民の心を蝕みはじめるのである。 そして今日の日本人のように、戦争体験者の感情論に振り廻され、弱腰の平和主義を掲げ、戦争恐怖症に罹(かか)るのである。 すなわち戦争は矛盾に満ちているのである。 市民社会では暴力を振るい、人を殺せば直ちに逮捕され、処罰される。また、市民社会を営む上では、これは常識となっている。
ところが戦争は、どうであろうか。
これを如実に顕(あら)わすものが、与党・自由民主党と公明党と、野党を気取る自民・公明と一蓮托生な民主党の展開する、日本のアメリカ追従政策である。国家的レベルで見た場合においても、日本は対米隷属主義を貫き、それは甚だしい限りである。また同時に、日本人は欧米人に対し、強い白人コンプレックスを持っている。 |
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