内弟子制度 7



●短眠術の会得

 さて、こうして「内弟子制度」を、いささか論文調に、長々と述べたが、次は「短眠術」を紹介しよう。
 内弟子制度の、もう一つの課題は「短眠術」の会得である。

 短眠術は、普通医学上では、人間は「一日8時間睡眠」が常識のように考えられている。しかし、目紛(めまぐる)しく動き廻り、激動する現代、医学者が言うように馬鹿正直に、8時間もの睡眠をとっていたのでは、修業し、学ぶ時間が無くなってしまう。そこで登場するのが脅威の「短眠術」である。必要十分条件に従い、充分の熟睡し、然(しか)も、「睡眠不足でない」状態を実現する術なのである。

 発明王トーマス・エジソン(Thomas Alva Edison)の睡眠時間は一日に4時間の睡眠であった。戦争の芸術家ナポレオン・ボナパルト(Napoleon Bonaparte)の睡眠時間は一日僅か3時間であった。これを現代人の、睡眠時間からすると非常に短い時間と映るようであるが、決して短くはない。むしろ熟睡していたと言える。この、短い時間に熟睡する事を、短眠といい、この短眠を実行する術を「短眠術」という。
 こうした彼等も、実は「短眠術」なるものを会得していた術者なのである。

 普通、睡眠には「深いノンレム睡眠」「ノンレム睡眠」「レム睡眠」の三つのパターンがある。
 ノンレム睡眠(non-REM sleep)とは、ゆるやかな振動数の脳波が現れる睡眠で、レム睡眠以外の睡眠を指し、成人では一夜の睡眠の約80%を占める睡眠である。
 そして、この睡眠の中にも「深いノンレム睡眠」と「ノンレム睡眠」の二つがあり、「深いノンレム睡眠」はメラトニン(melatonin)を分泌し、これは脊椎動物の松果体で作られ分泌されるホルモンである。

 外界の光周期情報を体内に伝えると考えられ、人間では深いノンレム睡眠中にメラトニンが分泌され、乳酸などの疲労物質を取り除き、記憶や体力の回復に促進する効果などがあるとされている。

 しかし、単にノンレム睡眠中には、疲労物質を取り除く作用はなく、また、一般に記憶の定着を促すとされているレム睡眠は、殆ど疲労回復効果は皆無だといわれている。
 したがって、深いノンレム睡眠を行うにはどうしたら良いか、というのが「短眠術」の指導並びに会得であり、これを三ヵ月以内に睡眠時間を「5時間にする」のが狙いである。

 最初は8時間睡眠の人であっても、粗食・小食に心がけ、これを実行すると、昼寝はしなくとも、日中に眠たくならず、また睡眠時間も4〜5時間で済むという「短眠術」が会得でき、一日24時間のうち、例えば睡眠時間が5時間とすれば、一日の活動範囲は19時間になり、一日8時間睡眠の人に比べれば、一日当たり3時間も活動時間が増え、一週間では21時間、一ヵ月では84時間、一年では1008時間、二年では2016時間となり、日数に換算すれば84日も多く活動する事が出来る。

 同じ修業をするにも、「84日間長く行える」という事である。

 さて、「短眠術」の会得であるが、起床時間は同じであるが、睡眠に就く就寝時間を段々遅くしていき、最後は一日4〜5時間睡眠にもっていくのである。
 この指導については、深いノンレム睡眠に入る為に、就寝前に30分間の素振り(1200グラムの素振り木刀)が課せられ、また身体を暖めるなどの保温運動が課せられる。また、食事は就寝4時間前に終了する事が義務づけられ、豆腐や大豆類の植物性蛋白質を十分に摂取する事を指導している。

 更には身体を軽快にし、身軽にする為に「短眠術」と合わせて、一週間に一度の「空腹トレーニング」(一日程度のミニ断食)の日時を設け、これによって、一週間に一度の割合で「24時間断食」を行っている。

 つまり一ヵ月に、四日の断食を行い、一年では48日断食、二年では96日断食となる。これまで断食の世界記録は、「90日」が最高なので、この世界記録よりトータルすれば、6日も長く断食したことになる。そして食事をする時間が浮くので、また、それだけ活動時間が多くなるという事である。

 こうした事を合計した数字で考えれば、気の遠くなるような訓練に思われがちだが、これを少しずつ分けて実行するので、体力的には殆ど影響がなく、断食においても短眠においても、これまでと変わらない、日常生活を送る事が出来る。その上、これによって、弛(ゆる)みきった身体がスッキとなるので、今以上に健康になり、身軽になり、軽快になって頑張りの利(き)く身体になるのである。



●礼儀作法について

 尚道館・陵武学舎で指導する西郷派大東流合気武術の儀法の根底には、武門の「礼儀作法」が脈々(みゃくみゃく)と息づいている。
 武門の礼儀作法というのは、現実主義的かつ機能美を尊ぶ作法と共に、「礼儀を重んじる」という、人間として最も大事なものが含まれる。

 武門の「礼儀作法」には簡素で素朴なものが要求され、その、飾らぬ動作の根底には現実主義的なものを示す道理が含まれている。そして最重要課題は「絶対に隙(すき)を作らぬ」ということである。

 現代生活の日常生活を、常に「非日常」に置き換えて、「常在戦場」を宗(むね)としなければならない。
 普通、格闘技などは試合が終われば、いかに風雪に鍛えた腕力や拳であっても戈(ほこ)を収め、元の、常人の腕手と同じようになってしまいがちだが、武門の心得を嗜(たしな)む者であれば、決して隙(すき)をつくる事なく、いつ、いかなる時機(とき)にも、あるいは突然不測の事態が襲っても、これに対応できる態勢をつくっておかなければならない。

 武術は武技を練るばかりでなく、常日頃から「能(よ)く整えよ」という。防備の備えを怠るなという。
 こうした原点には、公事や有事はもとより、日常を非日常に置き換えて、瑣末(さまつ)な、一つ一つの所業にも、神経を敏感に通わせ、気配を観(かん)じる感覚を養うべきである。

 武門の嗜(たしな)みの中には、様々な古人の智慧(ちえ)が集積されている。
 一般に、何気なくグラスや酒盃を、左手に取るが、これは殆どの人が右利きであるため、物を持つのは左手であり、遣(つか)うのは右手なのであるからだ。
 こうした何気ない、日常茶飯事的な行動の中にも、武門の智慧(ちえ)は活かされているのである。そして右手と言うのは、利(き)き腕であるので、常に、自由にしておいて、イザという時機(とき)に待機させておくというのが武門の嗜みなのだ。

 更に、「礼儀正しさ」あるいは「礼儀を知る」という根底には「恥を知る」という精神的な支柱が働いている。これは武門の行動律であり、「恥辱に対する感覚」である。また、名誉意識にも繋がる。

 つまり「武の道」を志す者は、「恥辱」に対する感覚が敏感で、他人から侮辱を受ける、他人から笑われるという行動を、何よりも恥としなければならないのである。

 こうしたことを安易に見過ごし、他人に迷惑を掛けても知らぬ顔、恥知らずなことをしても知らぬ顔では、人から後ろ指を差されて笑われるばかりであり、恥辱に対するこうした一切を否定することは、即、自身の人格や品位の否定にも繋がるのである。

 武人にとって名誉意識とは、武技の向上以上に大切なものであり、即ち、これは自らの命にも匹敵するものなのである。そして「礼儀を正す」ことは、人格を表面に打ち出すことであり、その態度を明確にしたのが、「毅然(きぜん)とする」という態度だったのである。
 こうした立派な態度を、尚道館・陵武学舎では徹底的に指導し、人格の養成と品位を保つことの大事を教えているのである。

 そして尚道館の道場訓にもあるように、善を促し、悪を戒め、節約や倹約をして無駄遣いをせず、奢(おご)りを制して、遊興に流れずの、人間としての慎みと謙虚を体得することが、曽川宗家の言わんとする「礼節を知る」ということであろうと考える。
 人は、「衣食足りて礼節を知る」という。
 これは貴人に対して礼を行う作法であるとともに、礼儀の決まりを指す言葉である。礼儀と節度の両方が備わって、人は、はじめて人となり得るのである。



●拝師の礼について

 武術と、他のスポーツ武道の決定的な違いを挙げるならば、それは「拝師(はいし)の礼」において、大きく異なっている点であろう。
 どこまでも子弟関係を重んじ、その関係において、「礼」が尽くされるのは当り前のことである。したがって、そこには「礼儀正しさ」が要求される。

 さて、人が道を学ぶという過程の中には、まず最初に「師が在(あ)り」、続いて「青雲の志に燃えた求道(ぐどう)の士」が居なければならない。そこではじめて、入門を希望するという意思が起こり、許可が下りれば三ヵ月間の仮入門を経て、「正式入門」が許される。
 学ぼうとする学徒が在(あ)り、学徒が自分の見識によって、師を吟味し、自分の師と認め、また師も学徒に対し、学ぶことを許し、それが成立すれば、入門となるが、その後の意思表示は「拝師の礼」に随(したが)い、「薪水(しんすい)の労を取る」という形で進められる。

 「薪水の労」とは、炊事などの労働のに準ずる事で、転じて、人に仕えて骨身を惜しまない働きをすることを意味するのである。内弟子修行で一番大事なことは、単に猛練習に明け暮れる事ばかりでなく、日常の一切の生活を師と共に過ごし、師と同一意識を持つ事である。

 これは道場に寄宿しない一般門人でも同じであるが、内弟子については、こうした「拝師の礼」が二年間毎日続くことになり、「薪水の労を取る」という形が日常となる。これは決して楽なことではないであろう。

 人間は物事を正確に、基本通り、詳細に学ぶという気持ちは、偏(ひとえ)に「薪水の労を取る」という形に回帰される。これなくして儀法(技法)の進歩も、人間性の向上もあり得ない。

 内弟子の一日を簡単に紹介すると、朝起きれば、師に対しての洗面の準備から始まり、洗面具の用意、手拭きの用意と介助、朝の薬草茶の用意、配膳や給仕、着替えの手助け、外出時の御供、身辺警備、随伴する時の心得は常に左後方に位置し、歩き方や乗り物に乗っても随所にその気配りを忘れてはならない。

 また帰宅してからも、昼食などを準備する諸事があり、それが終わって各部所の掃除(便所、風呂、各室、道場の内外、その他の修理や修繕の一切)、そして夕刻になれば道場の稽古日に参加し、一般門人にまじって稽古を行い、その後、道場の掃除、風呂の湯沸かし(お湯の温度が難しい)、入浴の背中流し等の介助、風呂上がりの着替え、床延べ、肩揉み足揉みなどのマッサージ、そして自分自身の学習と研究。こうして一日が終わるのである。決して楽ではなく、緊張の連続である。
 但し、師の側近として身近にいて、師の世話を直接できるのは、三ヵ月間の仮入門を経た後の、正式門人を許された以降からである。

 こうした訓練を経て、日常生活の行動規範を学び、更に有事の場合を想定して非日常も計算に入れながら、すべての局面に亙って、細心な注意を払い、気配りと、その意念を用いて、「師に奉仕するとは、一体何か」ということを徹底的に学ぶのである。
 師に近侍(きんじ)するということは、内弟子に与えられた唯一の特権でもあり、義務でもあり、こうした緊張状態の中で、己を磨くのである。これが出来なければ、武技が優れていても、一人前として扱って貰えないのである。

 曽川宗家も、かつて先代の山下芳衛先生に仕え、高校・大学時代の休みの度に、一切の身廻の世話をしたとおっしゃるが、毎日気疲れと緊張で大変だったという。また、先代の山下芳衛先生は非常に気難しい人で、変屈で、変人で、天邪鬼の処があり、気遣(きづか)いが大変だったという。
 こうしたエピソードは曽川宗家の小説『旅の衣』にも、一部紹介されているので、興味のお有りの方は是非一読を御薦めしたい。

 「あの先生に半年仕えることが出来たら、絶対に名人になれるよ。うっかり粗相(そそう)をしたり、居眠りなどをして隙を作れば、何が飛んで来るか分からないので、寝込んでしまうこともできないのだが、それでも眠いときには眠いので、うっかり寝てしまうと、その後が大変だった。よく、囲炉裏にくべる薪で随分と頭を殴られたものだよ。今日の、おれの頭が異様に変形しているのは、薪で殴られたことが原因しているだ」と、冗談を交えて言っておられたが、私は生前の山下芳衛先生を御存じないので、何とも言いようがないが、それでもその厳しかった側面は、何となく伝わってくるような感じがする。表面は笑い話で誤魔化しているが、やはり凄いことだったと思うし、「名人は、名人を知る」というが、まさにそんな気持ちすら窺(うかが)えるのである。

 そこで私が「何故、気難しくて、変屈で、変人で、天邪鬼(あまのじゃく)の人を師に仰いだのですか?」と訊くと、
 曽川宗家は、「これも生まれつきの因縁だった。何しろ、うちのオヤジの上官だったから、仕方がないと思っていたし、軍隊では命令には逆らえない。とはいっても当時はそう言う時代でもなかった。
 実はね。子供の頃、死にかかって、おれは山下先生に担がれて製鉄病院(現在の八幡製鉄記念病院)に飛び込み、一命を拾わせてもらったことがあったんだ。いわば命の恩人であり、命の恩人を、そう簡単に裏切ることもできない。

 それでも毎日毎日、いつ辞めようかと言う事ばかりを考えて、機会を窺っていたんだ。今日こそ、辞めよう。今日こそ絶対に辞めてやる。そんな気持ちだった。そして絶対に辞めて遣ると思って、決断すると、その日に限って、人の心を読んだのか、いつになく機嫌がよくて、にこにこしている。そして面喰らうんだ。何を思ったのか、おい、お前、これをやろうと一振りの脇指を腰から貫いて眼の前にスッーと突き出すんだ。

 こっちはその、時々腰に差される脇指に、以前から興味があったから、いつかは呉れるのではないかと安易に思っていたが、本当に呉れるなどとは思っていなかった。こうした、辞めようとした時に、こちらの気持ちを見抜いて、こういう物を下さるのだと思い、ついに辞めます、と言えず終(じま)いだった。この後も、そうした物を、ちょこちょこ呉れたね。まるで幼子に飴玉か何かを呉れるようにね。こうしたペテンには随分引っかかったよ。
 そして気付いたら、自分がその宗家の後釜に座らされていた。全く不思議な因縁だよ」(以上録音テープの収録を編集)と笑われたが、現実は決して笑い話でなく、毎日毎日、口には語り尽くせない真剣勝負が繰り返されていたのであろう。

 曽川宗家はいつも冗談混じりで、
 「おれは凡夫だから、大したことはない。しかし山下先生は凄かった。おれは正直言って宗家の器なんかじゃないんだ。今のところ、おれに代わる者が居ないから仕方なくやっているが、誰か適当な者がいたら、この“道場ごと”やってもいいと思っているんだ」と言っておられたが、私はそうは思わない。

 私はこうした言葉をさえぎって、
 「でも、坊ちゃん達がおられるじゃありませんか」
 こう切り出すと、
 「あいつらは駄目だね。長男は仕事が忙しい忙しいの連発で、技といっても第一子供の頃、少しやっただけで、後はやらず終いだ。あれではどうにもならんね」
 「では、一番下の坊ちゃんはどうですか。毎日朝から晩まで、内弟子と同じことをしているじゃありませんか」
 「あいつも駄目だね。第一頭が悪い」
 「御冗談を……」
 「いや本当だ。おれ以上に宗家の器じゃない」(以上、録音テープを編集)

 こう言っておられたが、これが果たして我が息子(竜磨指導員補)に対して謙遜なのか、どうなのか、その真意は計り兼ねるが、御子息は確かに私以上に変なところで物知りだし、漢詩の朗読は驚くものがあり、一体あの記憶力の凄さは、どこからくるのか驚かされる。
 また小学校一年から極真会館滋賀支部長・河西泰宏先生(実は河西先生は、平成5年に曽川宗家が滋賀県在住の時に入門されている)の門に入門されて六年間、極真空手をやり、中学では柔道をやって、試合で黒帯を投げた経験も持っているという。

 中学を卒業されて、神奈川県の陸上自衛隊少年自衛官を目指し二度挑戦したが、結局願い叶わず、現在は道場で稽古一筋に打ち込んでいると聞く。今は、内弟子修行をしているということだった。【註】平成十七年十月現在、陸上自衛官として熊本第八連隊に勤務)

 御子息は随分と並の人間に比べ、脚も達者だし、握力も腕力も強い。既に、手首を抑えられれば、これを合気揚げで揚げる門人が、尚道館には居ないという。実は私も、抑えられて揚げることが出来なかった。
 毎日、コツコツと稽古を積み、チラシの宅配、ティッシュの街頭配り、それに道場の一切を賄(まかな)い、食事の買物と料理、お茶の入れ方や起居振る舞いなどの作法、炊事、掃除、洗濯、植木の水遣り、畑の水汲み、風呂の湯沸かし、マッサージ等までの一通りをしているという。
 「宗家(彼は自分の父親をこう呼ぶ)は『同じことを二度言わせるな』と言いますが、わしは頭が悪いから同じことを三度も四度もして、いつも罰で、腕立て千回ずつやらされています」と忌憚(きたん)なく答えた。【註】最年少で自衛隊入隊までの平成十七年一月二十九日まで、実家で内弟子修行)
 誰にでも挨拶を交し、礼儀が正しくて将来が楽しみである。
 まさに「薪水の労を取る」とは、この少年のやっていることを言うのであるまいか。

 私が一日内弟子体験入門をして、強い印象を受けたことは、尚道館という道場は、何か現代には既に失われてしまった、古き良き時代の武家の慣例(しきたり)が歴然と残り、未来への気宇壮大(きうそうだい)な夢を掲げているような雰囲気があるように思えた。
 それは明治維新を決行した幕末の志士達が、明日の日本を熱っぽく語り、その夢に向かって邁進した時のような、新しい旋風の、何かがあるように思われた。



●年中裸足で居る事の大事

 尚道館の内弟子に対して、厳格な掟(おきて)がある。それは年中裸足で過ごすと言う、厳格な掟である。

 寒さに対して、まず足を手のように強くする。次に手を顔のように強くする。
 人間が直接外気と触れるのは、顔・手・足の三箇所である。
 そして人間の躰の中で、寒さに接して一番強いのは顔である。また暑さに対しても、一番強いのは顔である。
 したがって全身を顔のように、強くできれば、それは至って健康であると言う事にもなるのである。

 どんなに寒くても、朝から晩まで手袋をして生活する人はいない筈だ。第一、食事の、箸をとる時に、手袋をしていては、上手に箸を動かす事は出来ない。
 また外出する時に、手袋はしても、顔に袋のような物で、覆(おお)いを掛ける人は居ないであろう。

 足を顔と同じ、寒さに対しての強度を養う事ができれば、歳をとっても躰はいたって丈夫であると言う事が出来るのである。つまり足を鍛えると言う事は、ただ単に長距離を歩いたり、あるいは走ったりするばかりではないのである。

 人間の退化年齢は、足からやってくる。足の弱い事が年齢を感じさせるのである。
 人間は、初老と言われる四十歳を過ぎると、躰(たからだ)の至る処に故障が生じてくる。そしてこうした躰の故障は、自分でも確認する事が出来る。
 ところがこうした故障が生じてくる年齢になると、同時に頭も鈍くなって、頭自体が弱くなっていると言う現象が起こっているのである。これは暗記力などに、直接顕(あら)われてくる。

 躰の故障は、自分でも何となく不調であると、気付く事はあるが、頭が鈍くなり、弱っている事は中々気付かないものである。
 ではこの、頭の鈍さや弱さが何処ならくるかと言えば、足からなのである。

 足が弱いと言う事は、同時に頭も鈍くなり、弱くなっている事を証明しているようなものなのである。
 現代人は、交通機関の発達やマイカーの普及によって、益々足が弱くなっている。足を直接的に鍛えるチャンスが失われているのである。そして寒ければ靴下を履き、寒さにたえると言う、足の役割を、多くの現代人は忘れてしまっているのである。

 現代の生存競争の社会で、「弱い人間」を挙げた場合、競争に負け、試合に負けて、こうした者を「弱い人間」と決めつけているようであるが、本当に弱いと言うのは、こうした社会の表面的なものではなく、ズバリ言って、躰の弱い人間を、実は「本当に弱い人間」というのである。
 
 では、その弱さは何処から来るのか。
 それは、足を鍛えない現代人の、自然に対する抵抗力のなさを、実は弱さの根源に求める事が出来るのである。
 つまり、足を鍛える事は、歩いたり、走ったりする以外に、寒さに対しても、夏の暑さに対しても、こうした自然温度の変化に対し、それに順応できると言うのが、本当に足を強くすると言う事であり、寒ければ防寒具でそれを補うと言うのは、二次的なものであり、二次的なものを最初から用いていたのでは、本当に鍛える事は出来ないのである。

 その意味で、尚道館では年から年中、裸足で過ごすという厳格な掟を定義付け、修行期間の内弟子に対して、これを厳しく課せているのである。
 こう言う、一般には殆ど目を向けない、箇所にも、尚道館では目を向け、宗家を中心として、本当に使い物になる、強い内弟子の養成にあたっているのである。



●食餌法の大事とその作法

 尚道館の内弟子制度の最大の課題は「食餌法」(しょくじほう)である。
 この食餌法は、軽快で丈夫で頑丈な躰を造る為に実践される。血液を酸毒化し、血を汚してしまう食肉や乳製品や卵類は一切口にしないのである。
 一般に錯覚されている事柄に、サーロインステーキや焼き肉などを食べると、スタミナアップされて、体力増強に繋がると思われている。しかしこれは大間違いである。

 また牛乳ガブ飲みは、カルシウム補給に大いに役立つと思われている。その為に骨は、骨太になり、丈夫な骨組織が出来上がると錯覚されているが、これも大間違いである。人間の飲む牛乳で、牛の仔は育たない。
 その上、滅菌する為にウルトラプロセスと言う高熱処理が施され、乳酸菌などが総て死滅してしまった人間の飲む牛乳が、果たしてどれだけ健康に寄与しているか、大いに疑わしいところである。卵類も然りである。とにかく動物性蛋白食品は血液を酸毒化させるのである。

 人間は歯型を見れば、何を食べたら容易に検討がつくはずである。人間の歯は食肉をする為には作られていない。総て穀物や野菜を擂り潰す為に作られている。
 人間の歯の構造は、門歯と言われる八本の歯(前歯)は、野菜を包丁のように噛み切る歯であり、残り四本は犬歯と言う尖った歯である。この犬歯をもって、これを食肉に適した牙と表現する現代栄養学者がいるが、これは違う。あくまで人間の犬歯は、木の実などの食物の固い殻を割る為に遣われるものなのである。
 つまり人間の歯の三十二本の総ては、穀物菜食をする為に造られているという事である。

 また人間の腸の長さを考えて見ても、この長さは穀物菜食の為に合わされた腸の長さである。肉食である犬や猫は、体長と腸の長さの関係が1:3〜1:5である。それに比べて穀物菜食の人間は1:10であり、草食の牛や羊は1:21〜1:24の比率になっている。肉食から菜食になるに従って、腸は次第に長くなるのである。
 その上、古来より肉食の習慣がなかった日本人は、欧米人に比べて2メートルも長いのである。これは日本人が農耕民族の先祖の血統を受け継ぎ、伝統的に穀物菜食主義を連綿と伝承してきた民族であると言う証(あかし)である。そして肉食に比べて、穀物菜食の方が、はるかに力が出るのである。

 またその作法については咀嚼法(そしゃくほう)という、よく噛むことに併せた、「一二三(ひふみ)の祝詞」を実践するのである。これは「一二三祝詞」を心で唱えながら、五十音のうちの重複音を除いた四十七音をとなえるのである。

  ひふみ よいむなや こともちろらね
  しさる ゆゐつわぬ そをたはくめか
  うおえ にさりへて のますあせゑほれけ

 と「一二三祝詞」を唱え、「ん」で食べ物を呑(の)み込むのである。
 またこれを唱える時は、口に含む度に、一回一回箸を膝に起き、約50回程唱えた後に食べ物を呑み込む。約50回程噛(か)めば、食べ物は無理に呑み込まなくても自然に胃袋へ落ちていくものなのである。よく噛むと言う事が食餌法の要である。
 こうした食餌法の作法は、丈夫な体躯を造るばかりでなく、もし躰に病気があれば、これも同時に直していく食餌法なのである。



 おわりに

 さて、こうして述べて来たものを読むと、読者諸氏には、何から何まで「良い事づくめ」であろうと、誤解を生み、途方もない錯覚を抱くかも知れない。しかし、内弟子の実際は、頭で考える程、わが流の内弟子修行は生易しいものではない。シビアーである事を認識して頂きたい。

 特に、注意しなければならない事は、西郷派大東流合気武術の「内弟子制度」を、何処かの、空手団体の内弟子寮に重ね、強化選手を養成する為の「選手寮」と思い違いする事である。
 わが流の内弟子制度は、決してこうした類(たぐい)ではなく、全く異なる次元の精神領域に重きを置き、自分の師匠となるべき、曽川宗家に心身共に、真摯(しんし)に仕える事であり、その基本は「薪水の労を取る」ということである。つまり宗家への、絶え間ない「奉仕」を通じて、これまで見逃して来た事柄を改めて「再認識」し、かつ「再発見」する事である。
 曽川宗家の、見逃しや、聞き逃しの、観察眼の疎いものに飛ぶ指摘は実に厳しい。指摘された事を謙虚に聞く耳を持つ者が良いが、指摘された事が、何が何やら、さっぱり分からぬ者は、挫折の坂道を真っ逆さまに転がり落ちる。

 人間の人生は、長い間の因習の「固定観念」と「先入観」に覆われている為、独自の歪(ゆが)んだ自己が出来上がっていて、その自己は、自分が思っている以上に頑固で、しかも頑迷である。この頑固で頑迷である自己に覆われた、外側の堅い表皮を脱ぎ捨てる事が尚道館・陵武学舎の中心課題とするべき、「修行」であり、この修行を通じて、人間性と品格を取り戻す事を、わが流ではこれこそ、修行者の生命と考えている次第である。

 したがって、何から何まで、命を賭けて、自分自身で行わねばならず、掃除全般に至る事から、買物や料理、床延べや洗濯、介助の世話やマッサージまで、一切自分で行い、技術的な内容よりは、日常生活の実践が、先ず当面の修行課題となる。これは日常が、非日常と変化した時に大いに役立つものである。

 一種の、「坐禅」と同じ様なもので、「自己を見つめる」ということに通じるのではないかと思う。人に教えて貰うのではなく、自分自身の精進で道を切り開き、基礎固の基本は「自分で、自力で、無から有を作り上げる」という事である。そして、これまで自分で稽古して来た、「一人稽古」の内容を、定期的に宗家から点検を受けると言う独特な稽古方法が、わが流の精進・努力の方法であり、これは決して人から教わるものではない。逸早く自立を目指すからだ。

 したがって、自分で修得して行く過程の中には、強化合宿の選手とは異なり、傍(そば)にはスポーツ医学を携えたトレーナーも居ず、またアドバイスを与えるコーチも居ない。総べて、自分一人で切り開かなければならない。
 自分で、自主的に、自力更生の精神をもって切り開く心意気の無い者は、はっきり言って、陵武学舎の内弟子は勤まらないであろう。
 わが流の内弟子制度を、「良い事づくめ」と取るのは個人の勝手であるが、ただ憧れのような、甘い妄想は抱かない事だ。

 これまで何人もの人間が前代未踏の、わが流の内弟子制度に挑戦し、誰一人として最後まで修行を遣(や)れた者が居ない事である。多くは誤解や錯覚の為に墓穴を掘って、自ら挫折していくのである。しかし、挫折した人間に、何故、自分が挫折したのか、その根本的な欠陥も分からぬまま、失意の内に去っていった者が、今まで何と多い事か。

 では、わが流の内弟子制度の修行に於いて、何故挫折するのか。
 それは、内弟子と聞くと、諸氏の多くは、どうも、某空手団体の内弟子寮に重ねて、強化トレーニング選手を重ね合わせるらしい。朝から晩までハードな猛練習をして、強くなりたい、高級なテクニック技法のみを学びたいと云った強弱論的に、その欲望の解決策を委ね、こうした目的で、詰め掛けて来る人間が少なくないようだ。

 しかし、わが流の内弟子制度は、これらと根本的に違う。
 では、何処が違うのか。強化選手を養成したり、試合に勝つ選手を目指して、強化トレーニングを目論んでいないからだ。

 では何の為に遣るのか。
 それは真摯になって、曽川宗家にお仕えし、「仕える」と云う事を通じて、「薪水の労を取る」ことを学ぶのである。これ以外に、わが流の内弟子の目的はない。
 したがって、強化合宿選手の養成所のように、快適な練習空間と云うトレーニング・ジムもないし、寮長と云われる栄養豊富な料理を作る賄婦もいるわけではなく、何から何まで自分自身で遣ると云う事なのである。此処を誤解すると、入門後の一年未満に挫折が待っているのである。

 この辺を取り違えず、また、仮入門後に「看板に偽りあり」等と云う前に、充分に繰り返し本ページを読んで頂き、不明な点は直ぐに質問し、灰色部分を無くしておく事である。そして無垢(むく)な気持ちで、真摯な態度で、雑念なく、内弟子として、その修行に励む事である。

 入門後、数カ月経って、「記載されている事と、実際に遣る事が違うのではないか」と言う者がいるが、これは認識不足であり、安易な考えで飛びついた場合、こうした間違いを冒し、また自分の最初に抱いたイメージと、内弟子の厳しい現実の、余りにも掛け離れた「差」に挫折するのである。

 また、入門を志す者は、多額のローンを抱えた儘(まま)や、他人から多額の借金を抱えた儘で入門する事は非礼であり、入門後は、朝から晩までのアルバイトが主体にならないように注意したいものである。こうした愚を冒せば、アルバイトに追い捲くられて、挫折する事は必定である。
 あるいは妻子のある者や、恋人が気掛かりである者は、わが流の内弟子制度には不適合である。こうした者は内弟子等ならずに、精々、妻子や、恋人を可愛がる事である。


【内弟子として不適合な人】
1.体形・体格的には中庸で、痩せ過ぎや肥満体の人は不適合である。適合者の体形は中庸で、体重は64kg以上75kg以下であること。糖尿病や脂肪肝を患っていないこと。

2.鬱病(うつびょう)や神経症の人、その他の精神障害を持っている人は不適合である。あるいは静止していても、体が揺れたり、一点に静止することが出来ない人も同じである。性格粗暴者や精神異常者、変質者も不適合である。

3.呼吸器系や耳鼻咽喉系に障害を持っている人は不適合である。わが流は呼吸法を重要視するため、呼吸における吐納は非常に大事なものである。蓄膿症などで鼻づまりをしていて、口でしか呼吸が出来ない人は、呼吸法の間違いが生じやすく、精神障害を起こしやすい為である。また、喫煙者も不適合である。更に、食事の際の咀嚼時に、口が開いたり、ぺちゃぺちゃと音を立てて食べるような、品格のない鼻づまり人間も不適合である。ただし、弱視や難聴は体感(第三の目や第三の耳)で克服できるので問題がない。

4.過去に格闘技やスポーツ、その他の事故や怪我で、肩・肘・腰・膝を負傷し、膝や腰を痛めて「静坐」が出来ない人、肩や肘を負傷していてこの部位を動かすと痛みを感じる人は不適合である。 特にわが流は、長時間静止する「静坐」を行ったり、剣術における剣の素振りを行い、あるいは棍法である腕節棍・五尺杖・六尺棒などを修練し、更には槍術などを修練するので、肩や肘に障害のある人は不適合である。

5.性格的に頑迷で頑固、思考的に先入観や固定観念が強く、優柔不断である人は不適合である。また、「修行をする」という認識がなく、掃除・洗濯・炊事・炊飯・買い物・料理などの日常の一切を、自分から進んでやろうとしない者は不適合である。下積み生活の苦労を自分から買って出ない者は不適合である。

6.出身地においてきた妻子や、恋人が気がかりな人は不適合である。また、恋慕の思いが激しい人も不適合である。

7.多額のクレジット・ローンを抱えていたり、他人から多額の金銭を借り、あるいはサラ金などの高利の債務を抱えていて、経済的に困窮している人は不適合である。

8.礼儀知らず、恥知らずは不適合である。恥辱に対して鈍感な者は不適合である。また、姿勢の悪い者、靴の踵を引きずって歩く者、「けじめ」をつけることを知らない態度の毅然としない者は不適合である。更に、負かされたことに責任を取らず、責任回避をする者は不適合である。

9.観察眼の疎いものは不適合である。慎重さに欠け、配慮に欠け、先を読もうとする心がなく、緊張感がなく、見逃しや聞き逃しのある粗忽者(そこつもの)は不適合である。

10.暗記能力に頼り、口先ばかりで、知識と実践を分けて別々に思考するような、不言実行が伴わない者のは不適合である。また、他人の話をよく聞かない、聞き上手でない者は不適合である。 更に、文武両道の精神に欠け、技だけを学んで強くなろうと思い、思想を学ぼうとしない者は不適合である。

 以上が、内弟子として不適合な人であり、内弟子修行には一点の曇りもなく、晴れ晴れとした気持ちと態度で臨まなければならない。また、内弟子とは厳正な審査によって、「選ばれたエリート」であることを忘れてはならない。
 つまり、内弟子とは「選ばれたエリート」である為、最初から統率力や指導力や運営力、更には無から有を造り出す創造力や企画力に富んだ基本的要素が必要であり、今は磨かれずにそそ儘になっているが、それを内弟子修行を通じて磨き上げていくというものでなければならず、技術的な才能や素質の有無は別にしても、既に品位を備え「エリートたる要素」が最初から備わっている人でなければならない。
 したがって、誰にでも出来るというものではなく、リーダーシップのある、ごく限られた人になってくる。

 内弟子とは、稽古に通ってくる外の弟子とは異なり、「宗家先生にお仕えして、薪水の労をとる」と言うことが基本となるので、日常の一切のことを任され、これを日々の仕事とする。つまり武士道で掲げる「奉仕の精神」が必要になる。この事が分からなくなると、「内弟子」イコール「強化合宿の強化選手」と勘違いしてしまう。そして、この勘違いは、自分の日を棚に上げて、やがて挫折に繋がる事は必定である。
 また、修行途中でアルバイトが主体になったり、病気や怪我などで帰宅日数が多くなると、「破門」あるいは永久追放の「絶縁」 を申し付けることがあるのでご注意頂きたい。


 最後に、もう一度繰り返えすが、尚道館・陵武学舎は、強化トレーニングをする、強化選手の為の強化合宿所ではない。また、技だけを教える、高級技法の為の教伝も行っていない。憂国の情と思想が中心課題である。
 あくまで指導の目的は、「薪水の労を取る」ことだけであり、師匠に仕えながら、人情に機微を学び、そこから物事を観察する「観察眼」を養い、自己を深く掘り下げると言う事が、その目的である。そして、その根底には「思想」と言うものが存在する。

 呉々も、甘い憧れや、希望的観測を抱いて、情緒的かつ、空想的な感情に流される事なく、繰り返し本ページを熟読下さい。そしたら今まで、あなたが安易に見逃して来たものが、「ああ……、そうだったのか」と思い当たるかも知れません。

(以上、内弟子制度について 宮川修明)