内弟子制度 16



【内弟子入門に関する掲出書類と準備要項】

●内弟子人門の体重と身長の資格および対象年齢
 入門審査時の身体検査の体重制限は、『58kg以上〜80kg以下』(ただし女子は43kg〜63kg以下)で、身長には『160cm以上〜188cm以下』(ただし女子は152cm〜175cm以下)である。入門後は体重を56kg〜75kg(ただし女子は45kg〜58kg)までに制限して頂く。
 したがって入門審査時、基準体重に満たない未熟者や、肥満体質者は、入門を固くお断りする。また、制限する以上に身長が低かったり、高過ぎる場合は、これも固くお断りする。肥り過ぎたり、高すぎれば、「合気」に繋がる「潜る」という動作が出来ないからだ。

 募集対象者は、満16歳以上で義務教育を終えた健康な男女。年齢の上限は制限なし。老若男女問わず。健康体の人であれば誰でも入門は可能。
 但し、若くして「神経痛」や「糖尿病」、「高血圧」や「脂肪肝」、更には「肥満症」や「拒食症」および「神経症」や「鬱(うつ)病」などの持病を持っている者は、入門を固くお断りする。こうした者は、途中で挫折する事は明白である。


●入門志願者の提出する書類は、次の通りである
1.履歴書(必ず手書きし、写真の添付されたもの。手書きの文字は、本人の性格を顕わすもので、字は体を顕わすという。ワープロで作成されたものは不可)
2.現在棲(す)んでいる市町村の住民票(個人のモノでよく、戸籍が記載されているもの)
3.入門願書(身許保証人の捺印のあるもの)
 以上は、入門審査時に提出する。既に、書類提出の時点で審査が始まっていると心得るべし。


●入門審査合格後の掲出書類および各種免許の住所移動
1.「誓約念書」を提出する。
 念書内容は次の通り。
 「私はこの度、尚道館の内弟子としてその修行に努力する事を誓います。
 また、この任を仰せつかった以降、西郷派大東流合気武術の門人として、その名誉を穢す事なく、日々精進を重ね、修行に努力する事を慎んで誓約致します」(以上、日本法令の用紙に正書し、収入印紙を貼る)
 以上に署名・捺印(捨て印を含む)をする事。
 【註】念書を交わしたと言う事は、それを最後まで挫折せずに、実行する義務が生まれる事を忘れてはならない。

2.市町村が発行する転出証明證
 転出証明は速やかに一週間以内に、尚道館管轄の小倉南区役所に届け出なければならない。また社会保険から「国民健康保険」に変わる者はその届出をし、保険料を支払わねばならない。

3.年金切替の手続き
 年金を支払っている場合は、社会保険庁の年金手帳とその切り替える。これは尚道館に在籍し始めてからでよい。

4.運転免許
 運転免許を所持する者は、小倉南警察署に住所移動の届けを出し、免許証に記載願いを出す。

5.その他の資格や免許の更新
 (これまで開業していた鍼灸師や柔道整復師、医師、歯科医師、看護士など資格者は休院届を保健所やその他の関係機関に提出する)の住所移動をする場合は、入館後、自分で行う。また、古物商免許や露店商などの資格は、住所移動後、都道府県単位の公安委員会管轄なので無効になり、改めて最寄りの管轄警察署において、同免許は取得しなければならない。
 また、会社などを退職した者は、失業保険の申請などをハロー・ワークに速やかに提出し、その手続きを取ると同時に、失業保険を貰いつつ、職業訓練所で職業指導を行ける者はその手続きを速やかに行う。


●入門迄に用意する事
1.内弟子は本来剃髪(丸坊主。あるいは剃刀で剃る)をする事になっているが、アルバイトやその他の仕事で、丸刈りが相応しくない職種に就く者は、特別にスポーツ刈りを許可する。長髪や茶髪などの今風の流行を追うものは不許可。

2.道衣は着替え用を含めて最低二着を揃え、交互に選択して常に清潔な道衣で修行に精進する事。西郷派大東流の正規の武術道衣を着用する事。

3.普段着は作務衣を着用し、これの最低二着揃える事。作務衣は中に、絽の襟の半襦袢(最低二枚程度必要)を着用し、清潔感を旨とする。

4.山稽古や馬術の稽古には野袴兼馬術袴(乗馬袴で、色は焦茶色のウールで出来た袴で筒幅が一般の袴より細い。腰板部は西郷派大東流の馬印が金色で刺繍されている)を着用し、実戦稽古に動きやすいものを着用する。馬術袴は一着3万5千円から4万円程度である。

5.館内では素足であるが、外出時や祝事、儀式には白足袋を着用する為に、これを最低二枚用意する事。白足袋は破れ易いので最高級品のものが長もちし、一足7千円から1万円程度。黒足袋は武門のものでないので禁止。

6.履物は雪駄(せった)であり、雨降りは下駄を履く事。白緒の雪駄またはそれに準ずる印伝物の雪駄、および下駄を用意する事。黒の鼻緒は武門のものでないので禁止。ただし高級品の色物の蛇皮、みの虫皮、鹿皮などの飾り物は構わない。

7.作業外の室内に居る時は、茶羽織を作務衣の上に着用し、礼儀作法を旨とする。また茶道の作法を稽古の場合に用いられ、茶羽織は通常2万円程度。

8.居合術や居掛之術を稽古するのは、紋付き用の正絹角帯(表面が黒、裏が山吹色)が必要であり、これを用意する事。

9.木刀二本、五尺杖二本、腕節棍(一般にヌンチャクと言われるもの)、白扇(わが流の制定の一尺二寸もの。定価12,000円)、八角形素振用木刀1.2キロ(定価は1万〜一万2千円程度)のものが必要である。

10.内弟子は褌(ふんどし)を着用する事。できればパンツはやめる。「ノーパン健康法」からも窺えるように、腰回りをゴムで締めない、自然な形で生活するのが一番であるが、男子は動きを伴う行動をする場合、睾丸が振動するので、これを防ぐ為に褌を用いる。また褌は通気性も優れている。

11.礼儀作法の一貫として、茶道ならびに香道やその他の礼法の修得を希望する者は、それを修得するに当り、基礎稽古に掛かる袱紗や紙挟みなどの個人で所持しなければならない道具類は、自分で購入しなければならない。約2万円から3万円程度。

 以上を全部揃えれば、10万円を超えてしまうが、本来内弟子に入る場合はこれを全て自前で揃えたものである。また、こうしたものを揃えて、内弟子として入館する事が礼儀である。
 なお、我が流の内弟子は、一般に着用する洋服やその他の衣類は認めないので、常に作務衣を着用し修行に当る事。運動着やジャージやTシャツなども禁止。

 また、以上の道衣や武道具、着物類、履物類は、武術家にとっては商売道具なので、一度に揃わなかったとしても入門後自前で、徐々に経済状態をみながら、揃えるように努力するように心掛けたい。


●入館後の服装
1.常時作務衣を着用する。私服は一切認めない。作務衣の持たない者は一時期、貸し与えする。
2.作務衣はその下に半襦袢を着用する。
3.外出時は白足袋を着用する。
4.同時に茶羽織を着用する。
5.稽古時は、西郷派大東流規定の武術衣と合気袴を着用する。
6.下着は褌を着用する。インキンタムシや疥癬(かいせん)などの伝染病的な皮膚病を持つ者は、入館時迄に治療しておく事。感染性の性病に罹(かか)っている者は入門を禁ずる。
7.以上が揃ってない者は、徐々に購入し揃える事。
 なお、道衣や乗馬袴などは、当館に出入の武道具店の武術衣などを使用することとする。


●入館の為に用意するもの
1.洗面具一式やバスタオルなど。
2.和手拭い、二枚以上。
3.コンピュータを使用する者は、インサーネットを組むので、事前に使用許可願いを願い出る事。またハブなども自前で持参する事。


●内弟子としての言葉遣い
1.内弟子は、道場の電話応対に出る。その際の言葉使いは丁寧語を遣い、親切に説明或は、要件を適格に承る事。
2.道場の見学者の応対に対しても同じである。
3.一般稽古の時には30分前に道衣を着替え、事前の掃除を完了しておく事。但し掃除は、稽古はじめと終わりに掃除をするも、これとは関係なく掃除をする事。
4.館長室並びに食事をする度に出入りする時は、入室する場合は「入ります」と声をかけ、退出する場合は「失礼しました」と、きびきびとして言葉使いをする事。
5.宗家に対しては「宗家」(目下が階級で呼ぶのは無礼に当る)などと呼び捨てにせず、わが館では「宗家先生」と呼ぶのが習わしである。
6.宗家は道場には最初から臨席しないので、宗家が道場に入場する場合は、指導員や内弟子が宗家の入場にいち早く気付き、稽古をしている場合は、「稽古やめ!」と大声で声をかけ、全員稽古をしているその場に座らせて、「宗家先生に対して礼!」と声をかけること。
7.内弟子の先輩・後輩の関係は非常に厳格であり、一時間でも先に入った者が先輩となる。言葉使いは、先輩は普通言葉で構わず、後輩は先輩に対して敬語または丁寧語を遣う。この際、年齢や、その人のこれ迄の肩書や地位や経歴等は一切関係ない。


●態度
1.きびきびとした態度を取る。
2.礼法を心得ること。これは入門後、追って指導する。
3.作法を重んじる。言葉使いもそうであるが、態度も常に他人行儀で、緊張した態度を取り、決して息を抜かない事。
4.休みは二年間、全く無い。毎日が修行の連続である。自分で計画と立て、自分自身が「求道する」と言う気持ちを前向きにさせることが大事である。安易に「教えて貰う」と言う気持ちは抱かない事である。


●その他
1.アルバイトなどをして生活費を稼ぐ者は、事前に申し出る事。
2.毎月、月初め五日までにその月の月謝を支払うこと。月謝の中には一切の指導料ならびに生活費なども含まれる。
3.コンピュータを使う場合、当館は光ケーブルを引いているので、これを利用し、またメールもドメインを取得しているので、「大東流ドットコム」のメールを貸し与える。ただしネットワークを組む時は、ハブを持参する事。
4.馬術を稽古する場合は、その乗馬料は実費で、一回につき12,000円(乗馬倶楽部のコーチ料を含む)を支払う事。
5.支部道場や大学指導について、助手を行う場合があるので、出来るだけ車で移動できるようにする。車やバイクは、道場専用車を使用する。整備や点検は事故防止の為に、怠ってはならない。
6.近所の移動や買物、食養野菜の採取には、自転車を遣い、あるいはバイクを遣う。これ等は当館が貸し与える。
 車やバイクを使う場合は、注意を怠らず、呉々も事故がないように。また、車を使った場合、ガソリンは使った分だけ、自腹でもつのが礼儀である。


●アルバイトについて
 内弟子生活を続けながら、「アルバイトをする」「失業保険を貰いながら、一時期、職業訓練所に行く」という事は、基本的に認められている。
 しかし、内弟子として修行すると言うのが「主」であり、アルバイトをすると言う事は、あくまで「従」である事を忘れてはならない。内弟子修行に支障が出るアルバイトは禁止であり、もし、アルバイトが主体であるならば、内弟子を辞めて、アルバイトを専業にすれば宜しかろう。

 尚道館・陵武学舎では、資金不足の為にアルバイトをしなければ内弟子修行が続けられないと感じている内弟子に対しては、これを認めている。ただしアルバイトの修業時間は通勤時間を合わせて「8時間以内」である。しかし、一日のうちのアルバイトの時間配分が大きくなり、アルバイトが主体になっていると思われる者は、これに注意を促し、それでも改まらない場合は、「即刻破門」を命じている。
 また、アルバイトに出かけて、その日のうちに帰らず、24時間以上、内弟子寮を空けた場合は、「謹慎一週間」が命ぜられる。
 朝早くからアルバイトに出かけ、夜遅くしか帰らないアルバイトでは、初期の目的が成就できないはずである。目的を見失い、アルバイトが大事と観ずるならば、アルバイトを徹底的にすれば良いのであって、内弟子修行など、する必要はない。

 陵武学舎は、内弟子が寝起きをし、宗家先生やその御家族、あるいは内弟子仲間と寝食を共にしてこそ、西郷派大東流への愛着が生まれ、全員に連帯意識が生まれる。連帯意識の無いところに、「人の道」はない。「和」を乱す者に「人の道」を観ずる事は出来ない。内弟子寮に住み着いてこそ「人の道」の何んたるかが分かり、我が師より尊い教えを享(う)ける事が出来るのであり、内弟子寮はアルバイトの為の寝場所ではないのである。
 自分の謙虚な入門動機であった「青雲の志」に燃えた、初心当時の目的を見失ってはならない。

 アルバイトに従事できる時間は、長くても一日、通勤時間を含めて「8時間」と定めている。もし、これを超えた場合は「破門」となるので注意されたい。そしてアルバイトをする場合は、その従事する時間帯と就業時間の説明をアルバイト先にもして、その時間帯からはみ出る事のないように修行中心で考え、道場からは「アルバイト許可書」を発行してもらわねばならない。

 また、アルバイトに従事する者は、修了期間が半年から一年延長される事があり、二年以上を超えても、修了できない場合があり、その事を含んでアルバイトを選ぶ必要があり、内弟子修行の目的を見失わず、修行に励まなければならない。

 更に、どのような肉体的あるいは知能的アルバイトに従事し、疲れたからと言って、「薪水の労をとる」という、「下積み修行」で最も大事な修行は省略する事が出来ない。アルバイトに出かければ、それだけ宗家先生や御家族や内弟子仲間に迷惑をかけ、その分だけ残された者の仕事が増えるのであるから、こうした事も承知の上で、自分の都合で「他人に迷惑をかけている」「他人の世話になっている」という気持ちを忘れてはならない。
 したがって買物、畑の水遣り(主に茄子の水遣りで、川から水を汲んで来る)、野菜の世話、師匠の足揉み、風呂番の世話、炊事・洗濯、便所掃除、風呂掃除、玄関掃除や草抜き、窓拭き、バイクや自転車の手入れ、屋外の壁や手摺などのペンキ塗、各種備品の修理、あるいは『尚道館だより』の発行(一ヵ月に一回・内弟子の手によって発行)、会報作成(一ヵ月に一回発行の『志友会報』と『大東新報』)の手伝い、「内弟子日誌」の記載(毎日)などを、自分の睡眠時間を割(さ)いて行う覚悟がなくてはならない。

 とにかく、アルバイトに出る者は、多かれ少なかれ、その分だけ、宗家先生や御家族、内弟子の仲間の仕事の負担が逆に大きくなり、迷惑をかけているのであるから、些少なりとも、内弟子仲間に対しては、不満を鎮める意味からも、日頃の迷惑をかけている事に対し、感謝の念をもって、言葉あるいは金銭などの、自分の気持ちを顕わす「心付け」が必要である。これを忘れれば、恥知らずであり、礼儀知らずとなる。いやしくも武士道実践者は、恥辱に対する意識に、もっと敏感になってもらいたいものである。

 「二兎追う者は一兎も得ず」の諺通り、凡夫が同時に二頭追えば、その両方とも取り逃がしてしまう。したがって「目的は何か」を考え、内弟子修行を「主」に、アルバイト(職業訓練所の職業指導を受ける等を含む)は「従」として、「ほどほどの範囲」で止めておかなければならない。
 内弟子に課せられた日々の仕事は、決して省略できるものではなく、毎日規則正しく履行する事が内弟子の日課である。したがって履行できない者は、内弟子としての資格を失い、去る以外にないのでる。

 【註】入門して三ヵ月間は「見習い期間」であり、この間が修了するまではアルバイト禁止である。失業保険を貰いながら職業訓練校に通う場合は、事前に許可を貰う。



【内弟子入門対象年齢】

 募集対象者は、満16歳以上で義務教育を終えた健康な男女。年齢の上限は制限なし。老若男女問わず。健康体の人であれば誰でも入門は可能。ただし優柔不断な性格は、武術家としての性格を欠ぐ。

 また、過去における武道経験・スポーツ経験の有無は一切問わず。むしろ、全くなくても良い。こうした段位(この手の紙切れは、何の役にも立たない)や練習歴、過去の経験や経歴は、尚道館では一切問題にされないのである。華々しかった、過去の輝かしい記録など、何の価値もないと心得るべし。
 人間は、過去の栄光に縋(すが)る生き物である。過去の栄光と言う、幻の影を追い掛け、こうした物を後生大事にしようとする。しかし、幻想もいいとこだ。

 過去を想い、過去の幻影にいつまでも縋ろうとする者は、人間としての進歩など、あろうはずがない。墓場に、片脚を突っ込んだ生きる屍(しかばね)である。大事なのは「今」だ。今、必死に修行することだ。
 また、陵武学舎では、その人間が如何に高学歴で、よい学閥に属した出身大学や大学院の経歴を持っていても、こうした学歴は一切問題にしない。

 また陵武学舎は屍(しかばね)を養成する教育機関でないので、修行の主人公は自分自身である。この辺を理解頂き、厳粛な気持ちで、厳格な審査を受検されることを期待する。
 また、未成年(特に18歳未満)の場合は、父母同伴の上、親子共々厳格な面接を行う。入門許可の判定は、書類審査と面接の上、厳格に判定・決定する。



【内弟子として適当と思う人柄】

●優柔不断お断りの鉄則

 尚道館・陵武学舎で内弟子として適当と思う人柄は、次の通りである。
 まず性格的に優柔不断ではなく、樸(すなお)で猜疑心(さいぎしん)の少ない人。

 中国の故事に、「外寛内忌、好謀無決」(がいかんないき、こうぼうむけつ)と云う言葉がある。
 これは、外側は寛容に見えながら、内側は疑い深い上に、嫉妬心が強い。謀(はかりごと)を好む癖(くせ)に、決断力が欠ける。こうした人物は何不自由なく、我が儘(まま)に育った良家育ちの坊ちゃんタイプの人間に多い。つまり武術家不適当の「優柔不断」という事である。
 優柔不断は武術指導者としては、極めて危険な人物なのだ。

 また、表面的には思慮深くて、人当たりが良く、好人物のように見えるが、その内心は、八方美人であり、思慮はそれ程でもなく、注意深いように見えて、慎重に判断する事が出来ず、こうした人間を近付けたり、あるいは近くにいると思わぬ災いを受ける恐れがあるのである。その上、猜疑心が強い為に、迅速な行動をとったり、決断力に欠けるので、やがては「患(うれ)い」をもたらすのである。

 『三国志』では、こうした人間を指して、その人間評価は「表向きの外貌(がいぼう/外面)は儒雅(じゅが/儒学を修め、文にすぐれていること)なりと雖(いえど)も、心に疑忌(ぎき)多し」と言われている。こうした人間は、運勢的には「凶」だ。一生涯、直ることはない。
 また、状況が複雑になると、疑い深い人間は、最終的な決断が出来なくなって、最後には墓穴を掘るのである。「凶」たる所以(ゆえん)は、実に此処(ここ)にある。

 内弟子として入門するに当たり、運動神経や技量的な才能や素質は一切問題にしない。才能や素質に恵まれていても、それが通用するのはスポーツや格闘技の狭い世界に於てだけである。
 尚道館では、才能や素質はそれほど重要視しない。重要視するのは、その人間の持つ人間性だ。また、持って生まれた品位と品格だ。これに欠ける者は、一時期有名を馳せたとしても、その栄光に有頂天になって、気付いた時には過去の人となり、やがて寂しい晩年を過ごすことになる。

 かつての有名を馳せた、往年のオリンピック選手が、晩年どのような人生を送っているだろうか。また、横綱を張った相撲力士が、プロレスの選手が、プロボクサーが、キックボクサーが、プロ野球選手が、Jリーグ選手が、是非一度こうした人達が、その後どうなったか追跡調査すれば、彼等が晩年どのように暮らしているか、一目瞭然である。
 当時の選手で、果たして、今なお、英雄として尊敬を集めている人間が何人いるだろうか。
 彼等を視るがよい。過去の栄光に縋(すが)り付き、忘れ去られたまま、寂しい晩年を送っている人間が殆どではないか。

 試合できる間は、タレント有名人として持て囃(はや)され、また、本人も有頂天になって、強(こわ)持てで、取り巻から傅(かしず)かれるが、歳をとり、試合が出来なくなると、途端に人々の記憶から忘れ去られてしまう。所詮、スポーツ・タレントの世界とはこのようなものだ。
 選手は使い捨てであり、弱くなれば、次々に新しい予備軍がこれに代わり、まるで地から湧いて来るように次々に浮上して来る。そしてその背後では、組織が潰れない限り、永久に旨い汁にありつける連中がいる。それは興行を仕掛け、組織を牛耳る主宰者と取り巻き幹部のみである。選手ではない。

 では、人々の印象から何故消滅するのか。
 それは、興行が娯楽であるからだ。更に、金や物や色を含まない、無形の財産目録が彼等にはないからだ。
 日本人の多くは、彼等同様、金や物や色を外せば、忽(たちま)ちのうちに無形の財産目録は消滅する。若い頃、喧嘩で慣らした晩年の喧嘩師程、その後の人生は惨めなものはない。
 過去の経歴や栄光は、このように脆(もろ)いものであることが、読者諸氏にはお解り頂けると思う。

 尚道館・陵武学舎では、過去を相手にするのではなく、常に、幾つになっても「今」を相手にするのだ。
 したがって優柔不断(方災を暗示)は「凶」(「災い」の意味を持ち、間接的に人を傷つける。《八門遁甲》では邪言(よこしま)の意)と定義する。また、陵武学舎で求める人物像は、潔(いさぎよ)いところがあり、心の迷いが少ない、優柔不断でない人に限られる。

 優柔不断は、我が尚道館・陵武学舎の長い歴史の中で、武術家に不適当であると言う、苦い経験の上から導き出された結論であり、こうした性格の持ち主は最終的に「災いを齎(もたら)す最悪の人間」であると断定する。


●飽食に明け暮れた肥り過ぎ人間のお断りの鉄則

 尚道館・陵武学舎では「優柔不断」と同時に、飽食に明け暮れた肥り過ぎの人間もお断りしている。また、痩せ過ぎ人間も固くお断りしている。
 体躯は中肉中背の「中庸」をよしとし、体重制限に於ては痩せ過ぎと肥り過ぎも我が流では不適当を判定している。痩せ過ぎ並びに肥り過ぎは、自分自身で食事のコントロールが出来ないだらしない人間であり、食養道ではこの種の人間を「どんぶり腹」と言って蔑(さげす)み、こうした自分を制御出来ない人間は、わが流ではお断りである。

 ちなみに入門時の身体検査の体重制限は、『58kg以上〜80kg以下』(ただし女子は43kg〜63kg以下)で、身長には『160cm以上〜188cm以下』(ただし女子は152cm〜175cm以下)である。入門後は体重を56kg〜75kg(ただし女子は45kg〜58kg)までに体躯調整を行い、この制限を厳守して頂く。
 また内弟子修行中に、体重が55kg(女子は44kg)を切った場合および、78kg(女子は59kg)を超えた場合は、強制的に破門・絶縁となる。押されて跳ね返るような貧弱な体躯、ならびに小廻りの出来ない鈍重な体躯の持ち主に、我が流は教える術(すべ)を知らない。

 修行半ばに「痩せる」あるいは「肥る」という事は、隠れて間食している為か、偏食している為であり、自分の躰をコントロール出来ない人間は、口先だけで精進努力を唱えていても、実際には鈍重な体躯に振り回されて、走る事すら出来ないのである。武術家にとって「身軽である」という事は非常に大事である。しかし痩せ過ぎで身軽であると言うのは「胃下垂症」や「胃拡張症」であり、こうした体躯は健康とは言えない。

 一方、体重の重い人間は、鈍重で長距離を走る事が出来ず、走れない人間は、戦場でも一番先に死ぬ人間である。自分の命を護ろうとするならば、まず、躰を身軽にして、走れることが大事であり、常在戦場の中で、走れなくなれば、後は死ぬだけである。

 ちなみに今日の自衛隊では、体重が75kgを超えた者は、身体検査の段階で不合格になる。また仮合格して、入隊時まで2〜3ヵ月から半年間ぐらいの自宅待機期間があるが、本採用の時に、再び身体検査があり、この時に75kgを超えた者は、入隊が取り消され、その後、再び応募する事が出来なくなる。

 昨今は、警察(体重制限は下が、男子の場合は55kg以上で、上限はないが)も自衛隊(一般自衛官の場合、中学卒業時迄の学力と云っているが、学科試験が難しくなった。曹候補士や幹部候補生はそれ以上)も様変わりし、一昔前のようには簡単で無くなって来ている。特に自衛隊は、その変貌が激しく、自衛官になる為の、私設の予備校までが登場する始末である。
 学力検査も去る事ながら、体力制限や体重制限もあり、特に体重制限は厳格を帰し、これは「走る」という事を最初から意識しているものと思われる。また、学力が必要とされるのは、その場その時の情況判断が、一兵卒の判断によって戦闘が展開される、近代戦に対応したものと思われる。

 戦争で、走れない兵士は一番先に死ぬ。走る事が出来てこそ、兵士の役目が勤まる。したがって、我が尚道館・陵武学舎も、走れない、体重のある者は、初めから不合格となる。
 これまでを見ても、いつも問題を起こすのは、骨格が細く、筋肉がなく、大食漢で水太りの、鈍重で、鈍麻な人間だった。
 自分の肉体をスマートにコントロールできない、意志薄弱者は、わが流の修行には不向きである。


●凡夫は凡夫なりに、諦めずに努力する「今」の姿に大きな価値がある!

 凡夫は、凡夫であるが故に、それに諦めを感じ、凡夫で焉(おわ)るか、あるいは凡夫でありながら、凡夫の域から脱出を図り、少しでも我が心身を向上させようと願うかで、その人は、人としての、生まれた真価が試される。

 出来が悪いからと言って、嘆くことはない。出来の悪さは、日々の努力で改善して行く事が出来る。しかしこの努力を、人間が諦めた時、その人は、人生の敗北者に成り下がるのである。
 凡夫は凡夫なりに、凡夫の域から脱出しようとして、努力を怠らない限り、その人の生涯は、決して凡夫で終わる事はない。努力を試みる人間は、寝ていても、起きていても、休んでいても、今もなお、努力の作戦は続行中であり、これを忘れない限り、成就の可能性は常にあると言える。

 尚道館・陵武学舎では、努力によって愚(ぐ)から脱出し、人生に通用する人間を育成する機関である。ただ技が優れだけをよしとする、喧嘩上手を養成する格闘ジムではない。人から、中身の真価が評価され、老人になっても、若者から「道を請われる武人」を養成するのである。

 宮本武蔵が何故、後世に至っても武神と崇(あが)められるか。
 それは単に武技の遣(や)り取り上手ではなく、彼の裡側(うちがわ)から滲(にじ)み出る、人としての教養が、今なお人々の尊敬を集めているからだ。

中央の力士は横綱・双葉山。また太刀持・名寄岩らを従える。木鶏と言われて広く勇名を馳せ、努力の人だったが……(昭和13年5月の写真)

 かつて名横綱としてならした、晩年の双葉山の嘆きを思い出して頂きたい。
 彼は晩年、新興宗教に嵌(はま)り、現人神(あらひとがみ)と名乗る平凡な中年女性(この人は誇大妄想的な精神分裂病だった)の教団に馳(は)せ参じ、この教団に、手入れの入った警察官と大乱闘を演じている。

 そして、ひと晩留置所に留め置かれ、釈放された時に語った言葉は、
 「自分は悲しいかな、学問がなかった。あの中(女性教祖が璽光尊と名乗る新興宗教)に、己を導くものがあるのではないかと探究するうちに、ああ言う結果になってしまった」と、ぽつりと吐いたと言う。

 武蔵は13歳から28歳まで、60回以上の試合に及び、悉々(ことごと)く勝利したが、この勝利に溺れることなく、30歳過ぎると試合をぷっつり止め、剣を筆に持ち変えて、書家となり、水墨画家となった。老いて熊本細川領に定住した時は、禅僧を師として、瞑想に耽る傍(かたわ)ら、『五輪書』を綴ったことは有名である。

 今にして思えば、横綱・双葉山も、もし教育があり、教養と言うものを身に着けていたら、武蔵のような方向に転進する事が出来、名横綱の伝説は永久不滅のものになり得たであろう。
 更には、武蔵の説く、空・風・火・水・地という、宇宙構成の根元であるエレメントを、彼の才能や素質とともに探究し、もし、これと一体となる秘訣を掴んでいたら、双葉山こそ、「無心の強さ」について、もっと現代的な言葉で、明確に語ることが出来たのではあるまいか。
 そして人生の機微を知る、若者から道を請われる幸運を手にしたのではあるまいか。

 しかし、惜しいかな、双葉山には、過去の栄光以外に、「今」を光らせる道標は、後世の人間に示唆することは出来なかった。ここに双葉山の悲劇があり、他にもスポーツや格闘技で慣らした多くの選手達の晩年の悲劇がある。双葉山こそ、何とも惜しい人物である。

 尚道館?陵武学舎の合い言葉は、「過去を振り返らず、《今》を見詰めて、未来の為の先駆けとして、その先駆者になろう」というのが、指導者となるべき内弟子に課せられたテーマであり、内弟子は、一切の過去に縋(すが)ること無く、今を真摯(しんし)に見据え、将来の見通しを、修行を通じて掴み取ろうとするものである。


●尚道館・陵武学舎が求める人間像は、次の通りである

1.慎み深く、驕(おご)らず、自惚れずの無垢(むく)な人間。
2.礼儀正しさを自分の取柄としている人間。
3.何事も集中力を以て、全力投球できる人間。
4.素直な心で、短期速習の決意の成就を秘めた人間。
5.ある程度の品格を持ち、毅然(きぜん)とした態度のとれる人間。こうした人間は、実に謝り方や、詫び方が見事で、決して責任転換をしたり、言い訳をしない、清々しい人である。しかし、実際には非常に少ない人のタイプだ。
6.いま自分が貧乏であると言う事を恥じないが、しかし、金持ちを羨(うらや)ましいとも思わない人間。生まれや、貧困の環境に目下ず、力強く邁進し、努力を惜しまない人間に対しては、尚道館の内弟子制度に於いて、これを「特待生」と認め、優遇措置を施し、今後も、出来るだけ経済的な負担が掛からないように配慮するつもりである。但し、特待生希望者は経済的困窮を示す、前年度の「納税証明書」か「非課税証明書」を必要とする。
7.過去のこだわらず、形振(なりふ)り構わず、頑張れる人間。ファッションや形にこだわる人間は心が薄っぺらで、実に中身の無い人間である。中身のない、可愛い人間は、一時的にはセックス・フレンドくらいにはなれるであろうが、こうした人間と、生涯を共にするのは大変に苦痛である。
8.強弱論を捨て、肉体にこだわらず、筋力やスピードを信奉せず、本当の兵法を学ぼうとする人間。
9.頑固でなく、頑迷でなく、本能的に先の事を直観等で感知する人間。また、自分の将来を想像出来、それを見通せる人間。

 以上の項目の一つでも、自分の性格が掛かれば、それは充分に内弟子制度に合格するチャンスがあると言えるだろう。