内弟子制度 17



入門するに当たって必要な書類と所持品


1. 住民票(本人を含む家族全員のもの)一通。履歴書(必ず手書きし、写真の添付されたもの。手書きの文字は、本人の性格を顕わすもので、字は体を顕わすという。ワープロで作成されたものは不可)一通。以上の各々は、入門審査日に持参の事。

2.
内弟子入門審査書。(願書の様式)
内弟子を志望する人は上記の「内弟子入門審査書」をプリンターで印刷して、本書を総本部尚道館まで「速達郵便」で郵送して下さい。後日、入門審査日を連絡します。また入門審査の予約希望日があれば、前もって記入の事。出来るだけ希望日に合わせるように配慮します。

3. 身許保証人一名。(身許を保証する保証人で、連体保証人ではないので注意)
以上は、入門審査日に「身許保証」をする文書を持参の事。

4. 未成年の場合、保護者の承諾書並びに父母面談。
保証人の身分を示す種類の写し。(住民票・本人を示す運転免許証あるいは健康保険証)
未成年者は入門審査日に父母の孰れかを同伴の事。来館が不可能な場合は、「委任状」を持参する事。

5. 持参するものは、刺子の柔道衣か合気道衣を三着。(空手衣は破れやすいために不可)作業衣として、運動用ジャージと作務衣を各々三着くらい。褌三着および、その他の下衣や衣類。茶羽織一着。白足袋二足、雪駄(畳のものがよい)・下駄それぞれ二足くらい。地下足袋二足。その他、木刀ならびに素振り用木刀それぞれ二振り、杖(五尺)二本。
5月1日から10月31日まで着用する西郷派大東流合気武術のオリジナルTシャツ二枚。
(尚道館にて発売)

 洗面用具一式、自分の使用する御飯茶碗や汁茶椀
(プラスチック製かアルマイト製がよい)などの食器類や箸、衣類ならびに自身の最低限度の携帯品(ウエストバックなど)蒲団などの寝具、自分の坐る座布団(夏用と冬用)、自分の衣類を洗う洗濯洗剤(箱には自分の名前を記名)、館内で履く室内用のスリッパ、髯剃り、爪切り、石鹸・シャンプー、歯ブラシ、櫛・ブラシ、パソコン机、雨傘、バイクを使用する者は雨合羽など。以上こうした物には、自分の名前をフルネームで記載する事。
 寒さに慣れていない者に限り、暖房器具の持ち込みが認められる。温風ヒーターや電気炬燵、あるいは簡易式ベットを使用する場合は、使用者本人が同器具やコタツ布団などを持参し、その使用許可を事前に受ける事。
(ただし石油ストーブは不完全燃焼になる恐れがあるので不可)
 車やバイクなどを持ち込む場合も同じであり、これらの駐車場使用
(無料)や車輌使用も事前に許可を得る事。


西郷派大東流合気武術・総本部尚道館が、国内や海外の門人に向けて制定した刺子の武術衣(上衣)

西郷派大東流合気武術のオリジナルTシャツ。

6. 講義や指導事項を受講するにあたって、パソコンを持参の事。金銭出納帳や基礎経理、バランスシートの見方や経営学、税務処理、効果のあるホームページの作り方なども指導する。尚道館・陵武学舎に於てのネット使用料などは、一切無料で利用できる。また、入門許可後は、自分固有のメールアドレスを無料で所有する事が出来る。

 尚道館・陵武学舎では、机上の学問を遣るのではなく、実戦に則した実学や、刑事民事訴訟法
(日本はアメリカ並に訴訟国家になりつつある)等を研究し、それを実学として指導するのである。幾ら最強の格闘家と云われても、訴えられ、敗訴すれば、損害賠償に追われて、それで人生は終りである。訴訟後の余生を、牢獄で終わるのは是非とも避けたいものである。

 
25年程前になるが、某大学の合気道部は、未経験の新入部員を「四方投げ」で投げ、この新入部員は頭から顛倒(てんとう)し、怯懦の為、以後、植物人間となり、現在も寝たままだと言う。この新入部員の父母は学校側を相手取り直ちに告訴。これに対し、裁判所(第一審)は加害者である大学側に「損害賠償として1億円を支払え」という判決を下した。最高裁まで争ったが、結局、「前途ある少年を廃人にしたのであるから」と言う理由で、最高裁すらも被害者の父母に対し、「大学側は1億円を支払え」という判決は、数十年争った最後まで変わらなかった。
 この判決に、道場経営者は謙虚に受け入れ、「よき教訓」とすべきである。

 昨今は、親の過保護と、牛乳等の動蛋白の摂取過剰で、青少年の骨は非常に弱くなっている。
 よく見かける事であるが、各武道の道場の入門願書等を見てみると、誓約事項の箇所に、「骨折やその他の怪我は、自己責任であり、道場に対しては一切の責任を求めません。云々……」等という一節を入れて、これに署名捺印させているようであるが、こうした誓約は、法的には何の効力も持たない。父母側が有能な弁護士を付けて訴訟を起こせば、簡単に完全敗訴してしまうのである。

 しかし、法律に疎い武道指導者は、この一筆で、何が起こっても大丈夫と思っている節が少なくなく、これは非常に愚かな、甘い判断である。こんなものは、裁判になれば、全く効力等ないのである。
 しかし、こうした実学を教えてくれる武術指導者は、日本では余りにも少ない。起こりうる確率を計算して、その過去の貴重な「教訓」から指導してくれるのは、恐らく、日本広といえども、尚道館・陵武学舎ぐらいであろう。


 その他、詳細については直接 メールか、電話093(962)7710(代表)で 総本部・尚道館まで問い合わせ下さい。

【註】提出書類は、入門不許可の場合も一切返却しないので注意の事。また、礼儀として、「尚道館の内弟子制度」の全箇所は、繰り返して、三回以上読むようにお願いしたい。
 更に内弟子入門後も、定期的に更新するので、繰り返し、暗唱できるくらいまでに徹底的に読むことが好ましい。
 そして願わくば、今後の、後学の参考にし、自分の世界観や、物の見方を広げて行って欲しいと希望する次第である。此処は、儀法のみを教えるのではなく、「人生を教える」のだ。
 普通内弟子と言えば、毎日ハードトレーニングの猛稽古を想像するようであるが、尚道館・陵武学舎の内弟子はこうした類のものとは違う。

 自分で進んで「求道の道」を踏み進み、自らが、自身の精神的領域を開拓して、更には、「自己を深く掘り下げる」ことを目的にした「道場」なのである。カリキュラムに従い、一方的に詰め込む稽古などしないのである。自らが、求め、時によっては、師匠や先輩の技を盗むと言った、「研究する事」が、中心の課題であり、人から教えられるのではなく、自らが掴み取ろうとする事が要求されるのである。呉々も、この点を誤解ないようにして頂きたい。



●合格後の手続き

 入門審査に合格した者は、入門に当り、速やかに入門手続きを終了しなければならない。
 その際は、入門金50万円と、第一ヵ月目分の10万円の月謝を、入門審査合格の一週間以内に、銀行振込か、封筒に入れての手渡しで納入しなければならない。

 期限の日時迄に入金がなかった場合は、入門する意志がないと看做し、合格は取り消される。
 但し、何等かの事情があり、期限迄に入金は不可能な場合は、その事情を速やかに説明し、入門金並びに第一ヵ月分月謝の「延納願」を提出する。
 また、入金終了後は、内弟子としての入門を認めるが、入館期日迄に出頭しなかったり、その後、気が変わって辞退した場合も含め、一旦入金した金額は、如何なる理由があっても返金しないのでご注意願いたい。あるいは入門の契約を交わす念書を記載した場合、支払義務が発生する。

 毎月の月謝は、礼儀として月初5日迄に、銀行振込か、封筒に入れての手渡しで直接尚道館の方に納金する。
 経済的な事情があり、「特待生」を希望する者は、減額後の料金を、同じく月初5日迄に、銀行振込か、手渡しで直接尚道館の方に納金する。
 但し、特待生に限り、この期間の減額された計算を行い、無事卒業出来、道場開業に成功して、収入を得るようになった場合、内弟子期間の減額された料金は、月割り計算して尚道館に納めるものとする。

 「世話になった」「恩を受けた」と、口先だけで唱えるのは「人間のクズ」であり、真当(ほんとう)の武人たらんとすれば、この世話になった時期、恩を受けた時期の減額相当分の総計算をして、それを忘れず、成功の暁(あかつき)には、これを総て返済すると言う心構えがあってこそ、誠の武士道の実践者である。この時期の世話になり、恩を受けた事に、本当に感謝するならば、当然、金銭で返す事のできるものは返すべきである。

 もし、こうした事を怠ったり、「世話になった」「恩を受けた」と、口先だけで唱えるならば、その人間の人格と品格はそれ止まりの、低いものであり、この程度の考えしか持たない人間の処には、人が集まるわけがなく、また例え集まったとしても、そこに集まった人間は、道場主と同じ、その程度の中身の人間なのである。経営もうまく行くはずはない。
 経済的困窮から、特待生を希望する者は、特にこの事を肝に銘じて頂きたい。

 武術の道に精進し、武士道を実践する武人は、「何だ、あいつはその程度の低俗な人間か……」と思われる恥辱(ちじょく)に対し、特に敏感であって欲しいと願う次第である。
 自分が、常に他人から「見られている」「試されている」という第三者の立場で、自分を見詰め直し、自分自身を他人の目で、客観的に観(み)る事に心掛けてもらいたいものである。



●入門開始日

 入門については、入門審査の合格者に限り、随時受け付けているが、入門開始日時は奇数月(1月・3月・5月・7月・9月・11月のみ、偶数月は受付けない)の第一日目が入門第一日で、その時間帯は午前5時30分(但し、9月23日の「秋分の日」を境に、翌年の3月21日の「春分の日」までは冬場は「冬期稽古」あつかいで、起床時間は午前6時からとなる)からとなる。
 審査に合格し、入門を許された者は、奇数月の最終日の午後六時までに入館し、夏場は早朝5時30分に入門許可式が行われ、冬場は午前6時に入門許可式が行われる。

 これは《八門遁甲》「軍立」(いくだて)に基づいて、「卦」を立て、天地間の変化を表し吉凶の判断をする算木(さんぎ)の儀式を形象した秘伝に則(のっと)っている為である。
 「軍立」は戦場に出発する事と同じであり、軍門出(いくさかどで)ともいわれるが、軍神の守護を願うのであって、武運は軍神によって守護される。

 八門遁甲では、経津主(ふつぬし)と武甕槌(たけみかずち)の二神に成就を祈願し、または八幡神なども武運守護神になるが、兵家では、北斗七星、また、摩利支天(まりしてん)・勝軍地蔵(しょうぐんじぞう)・不動明王などを祭る事から考えて、軍立は重要な儀式であり、これにちなみ尚道館では厳粛に早朝「入門許可式」が行われるのである。

 戦場に赴く事を、「軍門出」(いくさかどで)という。
 武運長久を守るのは先に述べた二神であり、あるいは八幡神である。兵家では、北斗七星に武運を賭け、その時刻が早朝であり、日時は奇数月の第一日目がこれに当る。そして戦場に向けて出発するのである。
 また、戦場で勝つには、武運が伴わなければ絶対に勝てないのである。武術修行も、日常を非日常に変えた「戦」と考えるのが尚道館・陵武学舎の思想である。



●入門して三ヵ月間は入門見習いとして扱われる

尚道館では日曜日と祝日には国旗の掲揚が行われる。

 尚道館・陵武学舎では、入門して三ヵ月間は「入門見習い」として扱われる。この間に内弟子の為来(しきた)りの一切が指導される。

 朝は道場内外の清掃から始まり、「内弟子四カ条」の斉唱ならびに、その後の道場周辺の早朝ランニングや基本稽古(剣の素振りが中心)などが行われる。
 また日曜日や祝日は、内弟子や道場生全員が道場玄関前に出て整列し、国旗掲揚の朝礼(午前七時)や終礼(午後五時)が行われ、日本人として、国旗と国民意識を持つ事を教育している。

 昨今の中国大陸や東南アジアなどで日本人がバカにされ、抗日運動や日本人排撃運動が起っている現象の裏には、日本人自身に、日本国民としての意識がないからであり、ある華僑雑誌の評には、次のように記載された。
 「日本人は強者に媚(こ)びを売り、弱者を見くびり、外見で人を判断し、あるいは日本国民の多くは、北京政府の独裁者に金を貢ぐだけの三流・四流政治家(共産党を除く与野党の政治家を指すのであろう)しか選ぶ能しか持たず、国旗への意識も忠誠心もなく、国家百年の計よりはマイホーム主義に入れ上げ、自分だけのこじんまりとした小人数家族を構成して、悪しき個人主義を謳歌し、金銭に抜け目のない世界最低の経済動物」と、華僑雑誌が評した事があった。

 この評は、「中(あた)らずと雖(いえど)も遠からず」であり、心底から求めれば、華僑の評した言は、目的にぴたりと合致しないまでも、大きな見当違いにはなっていない。また、 推測や予想が的中していないとはいえ、たいして間違ってはいないのは明白であり、大体、正しい推量である事は疑う余地がない。
 そして日本人は、一方で世界から軽蔑される目を背中で感じつつも、これを意識しない悪しき個人主義に邁進しているようだ。ここに世界はもとより、中国大陸や朝鮮半島、東南アジアから「経済動物」と蔑まれる現実がある。

 拝金主義、金銭至上主義と言う金銭貪欲思想に振り回される日本人が、エコノミック・アニマル(economic animal)と評されて随分と久しい。 世界は経済動物である日本人に対し、経済的な利益のみを追求する日本人をエコノミック・アニマルと皮肉った。そして今日も、その延長上にある。

 多くの企業は、かつての戦前の大陸侵略を思わせる無規範(anomie)を以て、世界の至る所に進出し、多国籍企業や工場を建設し、経済効果の我田引水を展開している。しかしこれは、自分で自分の頸(くび)を絞める事であり、中国などでは、次々に日本企業が大陸侵略のごとく、多国籍企業として利潤追求を行っているが、中国大陸での企業展開は、まさに「砂上の楼閣」を築くに等しい行為であると、日本の経営者達は気付いていないのが実情のようだ。
 やがて、律儀で約束を履行する日本人は、狡猾(こうかつ)な中国人から、してやられる時期が、近い将来やって来るであろう。

 さて、尚道館・陵武学舎では、世界経済や世界動向と言った学術的な現状を指導しつつ、同時に日本国民としての意識と、その確たる認識を養う為に、民主主義の基礎(日本人的解釈ではなく、欧米に対抗できる欧米式民族主義)である民族教育をも合わせて展開しているのである。
 民主主義は、世界の大半の国家が採用している政治システムであり、民主主義の基本理念は、アメリカ等からも見て解る通り、民主主義国家では徹底した国民教育と民族教育を行うのは周知の通りである。
 もし、民主主義が社会に規範として、機能を及ぼそうつするならば、日本も民主主義を標榜する以上、民族教育と国旗に対する感覚は重要な課題となる。国旗を意識できない国の国民は、民主主義に参加できない事は、アメリカの国歌『星条旗よ永遠なれ』の音楽に起立して、その民族の誇りに畏敬を感じる事こそ、真の民主主義国家の国民であり、日本が民族として国家を形成していないと世界が看做すのは、敗戦以降、日本人が国旗を意識できない国民に成り下がった事が災いとなっている。だから、日本人は世界で最も蔑まれている人種に成り下がっている。その侮蔑の最たるものが、エコノミック・アニマルと皮肉った言葉にあるのではあるまいか。

 多くの日本人は、民主主義が徹底した民族教育から出発する事を知らない。安易に民主主義を口にしているが、民主主義を尊厳し、これを実践するならば、民主主義の理念は、民族教育に回帰される事を知らなければならない。これが近代市民社会を構築する、最低限度の意識となる。近代市民社会の形成が未熟では、民主主義を標榜する資格がない事は明白である。
 その意味で、陵武学舎では国旗と民族教育に重きを置き、内弟子がその修行期間を終了し、その後、世界の至る国に道場活動を展開したとしても、外国人から侮(あなど)られない日本人の毅然(きぜん)とした姿と、日本武術の真髄(しんずい)を伝授・養成しているのである。そして武士道の根本は、ここにあると言ってよい。

 武士道実践の第一歩は、武道や武術の形式的な高級技法?と云われる、こうした骨董品に触れる事ではない。江戸時代や、それ以前に存在した伝承としての骨董品を後生大事に保護することではない。こうした骨董品の中に、本当の武術の真髄や武士道は存在しない。
 武士道の第一歩は「発心」(ほっしん)であり、自分自身が目覚める事である。そして発進順の序列によって、修行の厳格さを知る事である。

 入門見習いは、館長である宗家に対してはもとより、諸先輩に対しての言葉遣いも徹底的に教え込まれる。先輩とは、その道の発心に於ては「先達」であり、後輩はその道に於ては、先達に準ずる意識を持ち、過去の経歴や経験は一切問題にされない。したがって序列も発心順に扱われ、これは席順やその他の序列に一切が適用される。

 見習いの仕事は、風呂掃除・便所掃除ならびに館内や宿舎の掃除は勿論の事、畑の水遣りや、農作物の手入れ、食事の買物やその用意、更には先輩達の寝床の用意、道衣や衣類の洗濯までが含まれる。宗家の足揉み(上手にならなければ許されない)や整体指圧ばかりでなく、先輩達の肩揉みや整体術の施術もあり、追い回され、気ぜわしく仕事をするのである。こうした厳格な為来りの中で、人間の上下関係の大事を知り、人として鍛われ、人としての序列を知り、人として生きる道を真摯に学ぶのである。
 そして三ヵ月間の見習いを終了した後、はじめて西郷派大東流合気武術の基本業(きほんわざ)に触れる事が出来る。

 見習い期間は、もっぱら掃除や買物を中心にした「下積み稽古」に重点が置かれ、これに耐えて、はじめて西郷派大東流の業に触れる事が出来る資格を得るのである。そして人間関係の円滑な順応性を、こうした「下積み稽古」から学ぶのである。

 世間では、「下積み」といえば、人の下に使われていて出世のできない事、あるいは才能・能力があってもそれが認められず、人の目につく活躍のできない事を、「下積み生活」とか、「下積み人生」などと評するようであるが、この解釈は誤りである。
 むしろ「下積み」を経験するから、人はそれがバネになって飛躍する事が出来るのであり、永遠に下積み生活を強(し)いられたり、下積み人生を押し付けられると言うのは、その人自身の無能に責任があり、下積みを経験する結果から生まれたものではない。

 かつて蜀の宰相・諸葛亮孔明は「臥竜」(がりょう/三国志蜀志には、諸葛亮伝の項目に「諸葛孔明者臥竜也」とあり、野やに隠れて世に知られていない大人物をこのように呼称した)と呼ばれた異名を持つ。
 臥竜とは、したたかに天に昇る時機(とき)を待つ、野に臥(ふ)した竜の事であり、あの、天才・孔明にして、臥竜と称し、下積みを経験しつつ、野に臥す時期があった。
 陵武学者の下積み稽古も、この臥竜に準(なぞら)えた稽古の一種であり、修行とは、こうした「下積み」から始まると言う意識を認識する事から出発するのである。
 内弟子見習いとして、三ヵ月間の見習い期間は、その後の、見習い者の人生を決定する大切な時期なのである。

 しかしこれまでの過去の結果から見ると、この時期に、挫折して行く者が多数であり、もし、この三ヵ月間の「下積み稽古」をクリアーできれば、その後の修行は、円滑に流れるのは明白であり、ここに「第一の関門」が待ち構えているのである。
 挫折者の多くは、この「三ヵ月未満にリタイヤする」と言う事だ。



●しっかりとした観察力と観察眼を養う

 現世に於いての事象や物事を、しっかりと見極める事は、人生を生きて行く上において、重要な事柄の一つである。その為には、しっかりとした「観察力」と「観察眼」が必要である。

 人間の見識や、人を見抜く眼識というものは、人生の経験を重ねるごとに養われて行くものであると信じられているが、これは自ら進んで、こうした修行をした一部の者に限られる。
 入門が許された後の、内弟子三ヵ月間の見習い期間は、観察力と観察眼を養う期間であり、宗家の指導は勿論の事、諸先輩の言動や行動にも、その観察眼をフルに発揮し、「よく見る」ことである。

 武術家にとって、「見逃し」は許されない。「見逃す」と言う事は、自分自身の敗北を意味するからである。
 実戦ならば、「見逃し」は、自分の命を失う事である。武術家にとって「見逃し」「聞き逃し」「無知」は絶対に許される事ではない。まして、「内弟子修行」は将来の指導者を目指して精進・努力するのであるから、しっかりとした観察力を持ち、相手の心の底までを鋭く見抜く観察眼を、正確に確立させる事が、最も重要なのだ。

 人間の人生には、幾つかの「落とし穴」がある。「見逃し」「聞き逃し」「無知」によって、人はその穴の中に落ち込み、大変な苦労をする。
 したがって、人生、順風満帆(じゅんぷうまんぱん)とは決して限らない。順風満帆こそ、最も警戒しなければならない事であり、「好事魔多し」の喩(たと)えから、「よいこと、うまくいきそうなことには、とかく邪魔がはいりやすいものである」という現実が隠れている事を多くの人は知らない。物事がトントン拍子に運び、何事もうまくいき、順風満帆に事が運ばれている時こそ、充分な警戒が必要であり、この警戒を怠れば、後は無慙(むざん)に敗北するしかないのである。この事実は経営者の失敗に見る事ができる。

 さて、平成の初期、世の中はバブル経済に湧(わ)いていた。
 この時、日本を覆(おお)ったものは、高度成長経済と共に、折からの建設ブームに乗り、不動産産業などを巻き込んだ、土地の売買における土地転が流行した。倍々ゲームの売上を誇る、住宅や土地に関係した企業は大儲けし、それに準じたものが、機械産業や家電などを含む電子機器産業であった。
 日本国中は、何をしてもマネーが大量に稼げる、倍々ゲームの真っ只中にあったのである。
 しかし、バブル崩壊の猛威が襲いはじめると、これまで順風満帆に利益を伸ばして来た創業社長のワンマン経営は、やがて奈落の底を思わせる闇の中へと没して行く。

 バブルに伴う急激な悪化は、これまでのワンマン経営では対処しきれなくなる。株式市場一部上場にまでなっていた優良企業が、相次いで破綻(はたん)し、倒産して、適者生存の生存競争の中で空しく費えて行った。その頃、若干体力のあった企業は、その起死回生の道を模索し、その鉾先(ほこさき)を中国大陸進出に向けた。

 天安門広場事件(第一回目は1976年4月5日、天安門広場で民衆による周恩来首相追悼をめぐって起きた騒乱事件であり、第二回目は1989年6月4日、天安門広場を中心に起きた、民主化運動の武力弾圧事件。同年4月の胡耀邦の追悼式をきっかけに広がった学生らの運動が、「反革命暴乱」として鎮圧された事件)以降、中国共産党政府は民衆の民主化を要求する思想を封じるべき、「歴史教育の再教育運動」を展開し始めた。それは過去に振り返り、かつて大陸に進出した戦前・戦中の日本と、日本鬼子(リーベングイズ)といわれた当時の日本軍を徹底的に叩くことであった。今日に至る、中国や韓国や、それに便乗した北朝鮮や東南アジアで起っている「日本人排撃運動」は、日本の歴史教科書に国内干渉した、中国共産党政府の公安当局が仕掛けた巧妙な政治政策の結果によるものである。
 したがって日本人や日本企業は、中国や、その他の地域に分布する日本への激しい排他・排撃運動によって、非難され、攻撃されると言う現実を招いている。

 こうした地域に進出した日本人と日本企業は、中国の政治と、社会風土に翻弄(ほんろう)され、資本主義の利潤追求を逆手に取られて、中国の警察国家と公安当局の賄賂政治に加担され、無惨に、これまでの儲けを、総て召し上げられると言う現実に直面している。バブル期を境に、日本は経済の「成長と崩壊」と言う、同時の現象を一度に味わったのである。

 バブル期を境にして、日本を襲った青天の霹靂(へきれき)であったバブル崩壊は、これまで自分一代で、創業して来た企業のオーナー社長を震憾(しんかん)させた。そして次に打ち出された企業展開は、運に頼って、「一(いち)か八(ばち)か」の、うまくいけば今の苦境から脱出できるかも知れないと言う、希望的観測であった。希望的観測は、危険な計算をもって、自分に都合のいいような観測をして、安易な考えで「中央突破」を図ると言うものである。

 その為には、日本企業は労働賃金の安い、中国か東南アジアなどに進出して行かなければならなかった。そして多くのオーナー社長の錯誤の目を捕らえたのは、圧倒的に中国だった。中国十二億と言う人口の多さに目が眩(くら)んだのである。
 某証券会社のオーナー社長に対して、アンケート調査をしたところ、第一位は圧倒的に中国だった。理由は人口の多さである。

 かつてイギリスが産業革命を完了し、国内販売に止まらず、外国向けに輸出しようと考えた鉾先(ほこさき)はやはり中国だった。しかし中国での販売は思うように行かず、その代わりに、イギリス商人達は東南アジアで栽培したアヘンを中国国内に持ち込んで、膨大な利益を手にした。
 これに危機感を感じた中国・清朝政府は、阿片禁輸措置をとった。これを受けてイギリスは、女王陛下を侮辱(ぶじゅく)したと、大艦隊を差し向けた。これが阿片戦争である。
 この戦争は1840から42年まで続き、結局、清国が敗北し、列強との不平等条約締結して、中国は半植民地化の起点となる材料を欧米列強に与えたのである。その時に結ばれたのが「南京条約」だった。

 南京条約は、阿片戦争の清国の敗北から生まれたもので、1842年、南京でイギリスと清国の間に締結された条約である。その内容は、香港の割譲、広東(カントン)・廈門(アモイ)・福州・寧波(ニンポー)・上海の開港、賠償金の支払いなどを約したものだった。
 しかし狡猾(こうかつ)で、したたかな中国人民は、こうした欧米列強の圧力に、歴史的には一時的に屈しながらも、百年単位で挽回(ばんかい)すると言う、日本人には想像もつかない逞(たくま)しい根性を持っている。

 多くの日本人は、こうした中国人の、したたかで逞しい根性を知らない。それを知らずに接近し、第一位を中国に挙げている。まさに、ライオンにエサを差し出すウサギの如きである。決してライオンはウサギの差し出したエサだけを喰らう事はない。ウサギを丸ごと、喰ってしまう魂胆が隠れているのである。
 ちなみに第二位がベトナム、第三位がシンガポール、第四位がインドネシア、第五位がタイとなり、すっかり労働賃金が日本並みに高騰してしまった、韓国やフィリピンなどでは、日本のオーナー社長からは敬遠されて人気がない。

 バブル崩壊を前後として、日本のオーナー社長達は一斉に中国に目を付けた。その人気の第一の理由は、十二億と言う人口や、膨大な未開地が残されていて、安い労働力が簡単に手に入る事だった。更にも増して、香港返還と、小平(とうしょうへい)の資本主義自由経済と合体した、自由主義路線の開放政策への期待からであった。

 そして何よりもオーナー社長達を魅了したのは、豊富な労働人口と共に、中国人民十二億よいう消費人口であり、また、中国で生産した商品を日本へ逆輸入して大きく儲ける事であった。
 こうした勝算を脳裡(のうり)に空回りさせた時、事業意欲の旺盛なオーナー経営者は、かつて儲かっていた頃の、順風満帆の経営状況を独断と偏見の中で夢に見る。

 オーナー経営の会社の特徴は、経営者の独断によって、これまで多くの利益を得て来た。オーナー経営者の殆どは、日本の高度経済成長期、幸運にも順調な延びにラッキーを手にした人達であり、順風満帆の安定経営を経験した人達だった。
 独断専行によって、ワンマンに振る舞った経営者は、これまでを振り返れば、そうした状況下でも、某かの利益を生み、それで経営が成り立つ時代があった。しかし時代が変化し、商売が国際規模になると、こうしたワンマン経営は時代遅れのものになった。
 こうした時代錯誤の遺物のような存在が、実は架空の儲けを夢見て、オーナー社長達を中国に駆り立てる現実が、今も存在する。中国に限らず、海外投資論はオーナー社長達を魅了している。大陸には、夢とロマンが潜んでいるように錯覚するからだ。

 その一方に於いて、海外の投資話が出て来ると、ろくに現地視察や調査もせず、日本人相手のバブル感覚で、誘致に調印するオーナー経営者も少なくない。仕掛ける側の中国共産党政府や、その意向を受けた中国公安当局は、これほど扱い易く、簡単に騙せ、金を貢ぐカモは他に居ないからである。要するに日本人は絶好のカモであり、せっせと砂上の楼閣を中国大陸に築き上げ、やがては根こそぎ奪い取られるのである。
 中国の風習や風土から考えれば、契約書や文書なども、あってもなくても同じようなものである。今日でも中国に進出して、酷い目にあった日本のオーナー経営者は五万と居り、合弁で工場を建設する場合など、完成した暁(あかつき)に、多くは根こそぎもっ行くというのが狡猾な中国人の実体であり、約束不履行は日常茶飯事であり、また油断のならない人種なのだ。

 更に共産主義だけに、「袖(そで)の下の効能」は、資本主義国家の常識を超え、金を握らせなければ何一つ事が運ばない現実がある。日本人から巧妙に金を騙し取る為、中国では諜報機関が中心になって、様々な仕掛けが作られ、日本財界人や政治家や、あるいは有識者や高額所得層に、その鉾先が向けられている。
 交通機関の発達により、世界が狭くなったと言うが、多く日本人は何処まで突き詰めても「島国根性」の脱けきれぬ人種であり、こうした狭き世界観は、簡単に外国人からしてやられる現実が跡を絶たない。

 狡猾な中国人は、自分の名刺に「中国共産党○○地区会議書記長」とか、「同共産党○○会議書記」あるいは「○○市役所調査員主事」「○○中国医学学術会議・医学博士」の肩書きをもって、あるいは美人通訳として政財界人や有識者達に接触して来る。そこでまんまと嵌められて、中国に多額の無償援助をする政治家や、簡単に誘致依頼で騙されるオーナー経営者が跡を絶たなくなる。多くは、中国人のこれまでの三千年の歴史を持つ、彼等の風習や因習の実体を知らないからだ。
 要するに、こうした所にも日本人の見識の無さがあり、日本人の多くが、表面や表皮からのみ、人間を判断すると言う、愚かな一面が浮き彫りになっていると言えよう。
 見識になさは、実はこうした所にも働いており、観察眼の無さは、やがては自分の命取りになると言えよう。

 以上は日本近隣の諸国を対象にした、現実であるが、日本を除く近隣諸国は、血縁姻戚(いんせき)が社会構造に大きな働きを持っているという因習を語った次第である。近隣諸国は社会システムの変化よりは、因習に従う習性があり、これは時代と共に変化する日本人の感覚とは、大いに異なっている。したがって近隣諸国の多くは、共産主義になっても、因習は変わらないと言う事であり、本来、かつて中国大陸に吹き荒れた文化大革命は、全ての因習を破壊し、孔子批判までをやってのけたが、それでも現実問題の因習は一向に変わっていない。

 中国で言うならば、政府共産党の上級幹部の子弟は、100%将来においても上級幹部の椅子が約束されているのである。ここには、人間の、古い習慣を永遠に守っていくと言うような宿痾(しゅくあ)のようなものが存在している。
 こうした人間の担う、「宿痾」の現実も把握する事が、後々にとって、多くの観察力を育てる要因となる。
 戦わずして勝つ為には、「敵を知り、己を知れば百戦して殆(あや)うからず」とは、中国の孫子の兵法ではなかったか。また、中国の兵法では「兵は詭道(きどう)なり」と教えているではないか。卑怯な手も、戦いとなれば武略のうちなのだ。
 したがって日本人の感傷民主主義では敗れるのである。人間を知らずして「兵法」はないのである。その第一歩は、「人間をよく観察する」ことだ。

 さて、尚道館・陵武学舎では、こうした世界の人間観を踏まえながら、観察力や観察眼の大事を説いているが、その基本は、日常茶飯事に起っている人間の小さな行動を観察する事から始める事にしている。
 西郷派大東流合気武術の稽古には、「見(み)取り稽古」なるものがある。
 見取り稽古は、諸先輩や他の有段者達の稽古風景を、道場の片隅に端座(たんざ)して、これをじっくり観察する事を言う。見る事によって、その型を研究するのでは無く、「動き」を研究するのである。「動き」とは、人間のリズムであり、拍子であり、息遣いであり、一挙手一投足であり、人間行動の規則性を発見する事である。武術の奥儀は、型以外の、肉の目には映る事の無い、規則性と言うものを、自らが発見する事なのである。

 こうした観察力の養成は、稽古の中ばかりではない。日常生活の中にも、ありふれた現象として起っている。
 入門を許されて三ヵ月間は「入門見習い」として扱われる。これは陵武学舎の鉄則である。
 この鉄則の厳守し、見習い期間に内弟子は、諸先輩から多くの事を学んで行く。初心者の内弟子は、先輩格の内弟子の行動や様式などを学び、また先輩格の内弟子も、初心者の内弟子からじっくりと観察され、その非が、時として指弾(しだん/見逃しや聞き逃しを指摘され、非難される)される事もある。
 『油断あれば、達人でも素人に敗れる』喩(たと)えが、ここにあるのである。
 したがって、先輩も、後輩も同じ修行の場では真剣勝負であり、お互いに緊張して、観察され、少しのミスも、隙(すき)も、油断も作ることができないのである。

 例えば、買物に出され、その時に先輩格が付き添い、買い方や選別法を指導する。その時に先輩が、どういう食材を選び、どういう理由で買い求めるのか、これをじっくりと観察しなければならない。
 例えば、イワシやアジなどの背中の青い魚を買ったとしよう。
 この時に当然、買った魚が新鮮か否か、魚の目を見て判断するのは、武術や武道を知らない、内弟子の経験もない、その辺の普通の主婦でも知っていることである。
 本来ならば、目が赤かったり、目の周りに白い脂(あぶら)が浮いていないものを選ぶはずだが、鮮魚食材の買物の習慣のない人間は、こうした目の赤い魚や、脂の浮いた魚を、安易に選んで買ってしまう事がある。

 こうした場合、先輩達の買物で、何を選び、何を選ばないか、日頃から鋭い観察力でこれを見ている者は、目の赤い魚や脂肪が浮いて脂の廻(まわ)った魚は絶対に選ばないが、これを安易に見落としている、観察力の疎い無能者は、こうした腐敗した食材を何の疑う事もなく平気で買って来る。
 見逃しとは、実はこうした日常の、生活の中に現れるのである。注意力や観察眼の有無も大きく左右しよう。そして見逃した者の責任は大きい。
 だからこそ、こうした無能な人間は、表面的にしか物事を考える事が出来ず、突然の非日常に対処できず、焦ったり、動揺したりで、墓穴を掘って自爆するとも言える。要するに能力の有無は、日頃から養われた観察眼で決まるとも言える。観察眼の疎い者は、自分の短所を同僚にも見せ付け、先輩にも、また指導者にも見せ付けて、自ら自分の急所を曝(さら)け出しているとも言える。そしてこの愚かさに気付かない。

 あるいは内弟子が、何かの物品を買う為に商店に遣わされ、代金を支払って領収書を貰ったとしよう。
 商法では、三万円以上の買物をした場合は収入印紙を貼る事が義務付けられ、また税務処理上も、収入印紙の貼ってない領収書は、公益領収書としての資格がない事になっている。【註】信頼関係で成り立っている商店同士の領収の遣り取りや、各地域の財務局に届けを出した大きな金額を扱う会社では、印紙の貼り付けを省略する事も出来る。この場合、利息の受け取りとか、高額な金額を扱う特許事務所や会計事務所などに限られる)
 収入印紙とは、国庫の収入となる特定の租税・手数料その他の収納金の収納手段として、政府が発行する証票であり、誓約や念書にも用いられ、収入印紙は商法上、領収書は勿論の事、契約の場合の履行を約束する為の契約書にも貼る事が義務付けられている。逆に、こうした印紙を手抜きしているものは、正式文書として認められていない。

 しかし姑息(こそく)な商売人は、200円の印紙代を惜(お)しんで、収入印紙を貼らない商店主や店長もいる。ここには、受け取る側が無知で、注意不足で気付かなけらば、「金200円也の儲け」という姑息な計算がある。生き馬の目を抜く現代、姑息な商売人が悪いのではなく、これに気付かない、見逃した者の自己責任なのである。昨今は、無能で、無知な人間が自己責任の対象者として厳しく処罰される時代なのである。

 無能な者は、こうした商法上の無知も伴い、姑息な人間が誤魔化した領収書に、何の疑いもなく持ち帰る事がある。公益領収書として通用するか、その有無すら考える事がないのである。一種の、これも観察眼がない事から起る愚かさの現れであろう。
 こうした事に疎い者は、一生のうちに二度か三度は、必ず、姑息な人間から煮え湯を飲まされる事がある。他人の連帯保証人を義理で引き受けるのも、おおかたは無知な人間である。

 連帯保証債務は、日本の場合には非常に厳しいものがある。保証人が主たる債務者と連帯して、履行する義務を負う保証債務を「連帯保証債務」と言う。
 連帯保証債務は、普通の保証人と異なって、連帯保証人は催告・検索の抗弁権を持たない。こうした事も、知ると知らないとでは、その後の人生を大きく左右する。
 したがって一生を棒に振ったりの、人間の没落も、ここに潜む。

 陵武学舎では、如何なるミスも厳しく指摘し、罰則を科している。自分自身の敗北に陥らない為である。もし、自分が将来道場経営をする事になり、こうした場合の経営や、運営についても、役に立つように指導しているのである。無知こそ、最大の敵と教える。

 武術家と言えども、人間である事を忘れてはならず、社会構造の中の一人間であると言う存在も知っていなければならない。強(こわ)持ての喧嘩師も、傍若無人な格闘家も、商法を知らず、金銭哲学に疎ければ、餓死する事は知っておくべきである。
 体力のある若いうちは、その肉体力や腕力にちやほやされ、飯を恵んでくれる奇特な人間もいるであろうが、歳をとり、体力も衰え、見窄(みすぼ)らしくなると、新旧交替で、名前すら人々の記憶から忘れ去られる。金銭哲学に疎かった人間は、餓死する以外道はない。あるいはヤクザの用心棒として、アウトローな生き方しか残されていない。かつての芸能人やスポーツ・タレントが、恐喝などで告訴され、刑事事件を引き起こすのは、これまでの無知が祟(たた)ったものと言える。

 陵武学舎の鉄の掟は実に厳しい。
 掟の鉄則は、先輩後輩の上下に関係なく、等しく科せられる。自分を護(まも)る為に、厳しくしているのだ。人命に関わる場合、「知らなかった」「見逃しました」「聞き逃しました」では、決して済まされないからである。

 勿論、見落としをした者は、世間的に見て、どんな小さな事でも、鉄則の掟(おきて)に従って、「拳でのその場・腕立て伏せ」(コンクリートか石の床などで拳を握り、人指し指と中指の拳の骨の部分を床に接着させ、二本のみで、その他の部分は接着させない腕立てを、一回のミスごとに百回)を命じている。そしてこの腕立て伏せを通じて、自分のミスを真摯に反省させ、身を以て自覚させられる事は言う間でもない。
 人間は、何等かの体罰が加わって、はじめて自覚意識を抱く。体罰を通じて己の無知を知り、観察眼のなさを知り、人間とは、そうした構造になっているからだ。そして体罰の分だけ、その人間は、後に偉くなる。
 内弟子に入門した全ての人間を偉くしたいと願うのが、尚道館・陵武学舎の人間教育である。