内弟子制度 28



内弟子近況だより3


平成17年8月6日に来日した、韓国ソウル総支部道場の門下生達と、当時在籍した陵武学舎の内弟子。中央は呉東善先生(西郷派大東流合気武術正師範・六段、韓国ソウル総支部長、韓国合氣道連盟九段)


●年齢を超え、世代を超えた友愛を学ぶ

 陵武学舎では、過去の経歴や経験は一切問題にされません。その人が、自分の過去において、そんな武術や武道経歴を持とうと、裟婆の社会でどんな資格を持とうと、そんなものは一切相手にされません。
 先入観と固定観念で塗固められた、人間の思い込みによる経歴等、実に頼り無いものであるからです。

 例えば、有段者を見た場合、それは競技武道の種目や、自分の所属する団体によって、その審査基準も異なれば競技展開も異なり、ルールすら異なります。ある団体は非常に厳格な審査をしているのに対し、ある団体は、金で段位を売るような、「甘い」「緩慢」とした、素人のような旦那芸を専売している流派や団体も少なくありません。また、後者の団体は、人間の傲慢や思い込みが先行していますから、自分の取得した技術や伎倆が殆ど役に立ちません。

 さて、陵武学舎内弟子寮の特徴は、年齢や世代に関係なく、また、その人が、どんな経歴の持ち主であっても、こうしたものは一切評価いたしません。評価の対象は、その人が、どんな目的で我が陵武学舎の門を叩き、その発心(ほっしん)の一念において、何を求めようとしているのかと言う目的意識のみを、客観的に淡々と評価するものなのです。

 目的意識は明確で、信念が、一本の条(すじ)のように貫かれている人は、裡側(うちがわ)に激しい熱情を所有し、それに向かって頑張る姿が、周囲の人々を感動させるからです。この感動の一念において、陵武学舎は、その人を高く評価するのです。そこに年齢や世代の違いと言ったものは存在せず、共通の信念と理念の元に、同一性を一致させるからです。そして同一意識から学ぶ者は、「同じ釜」の飯を食った者同士の「友愛」です。友愛を学び、互いに助け合う心を学んで行くのです。



●人間の命は再び繰り返さない

 自分の人生において、自分の命は一回限りのものであり、命は「自分の人生」という次元で、再び繰り返すものではありません。これと同じように、一度訪れたチャンスは、もう再び巡る事はありません。命が二つないように、自分の人生に与えられたチャンスは一回限りのものなのです。
 しかし、自分を大事にしない人は、この事が理解できず、また、分かりません。愚かなキリギリスが、夏の季節を満喫し、夏の謳歌(おうか)に浸り、季節が移り変わる事を知りません。そして、やがて秋が来て、冬が来る事を知りません。
 人間の中にも、こうした夏のキリギリス的な人がいます。こうした人は、自分に甘く、自分を大事にしていない人なのです。

 《予定説》によって選ばれた人間の魂は、永遠ですが、この永遠の命を得る為には、人間に課せられた「四期」というものを知らねばなりません。四期は、大自然の四季に通じますが、人間の四期は、大自然のように再び巡って来る事はありません。一回限りであり、四期は有効に遣わなければならないのです。

 大自然は四季である、春・夏・秋・冬を繰り返し、再び巡って来ますが、人間の四期は生・老・病・死であり、一人の人間をして、この一人を体験できるのは、たった一度限りの生・老・病・死の段階に於ての体験だけであり、死の後の、同じ自分で、同じ人間を体験する事は出来ないのです。だからこそ、一生懸命に精一杯、「死ぬまで戦う」と言う、自分自身への闘魂精神が大事になって来るのです。

 私たちは、自分の魂の弱さを、もっともっと知らねばなりません。そして、その弱い自分の魂に喝(かつ)を入れ、自分自身と自分の命を大事に扱わねばなりません。
 自分の命を大事に扱うとは、決して自分を甘やかせる事ではありません。何処までも、自分の弱い心と戦い、これと「死ぬまで戦う」事です。古人は、これを「闘魂」と名付けました。

 「闘魂」と言う呼び名は、猛々しい格闘技だけの専売特許ではありません。私たちは一様に、己(おの)が霊魂(たましい)と戦う場面に迫られます。猛々しい、傲慢な競技スポーツだけが闘魂の名を恣(ほしいまま)にする時代は終わりました。
 人間が人生を経験すると言う事自体、大変な苦しみが伴いますので、やはりそこで問題になるのは「闘魂」であり、弱い自分と何処まで戦ったかが、自分の死に際の臨終で評価され、ある人は満足を得て安らかに眠るような死の床に就きましょうし、またある人は悔いの残る不満だらけの人生を送り、しかも、死生観すら解決できず、苦しみなら死んで行かなければなりません。
 こうした両者の差は、自分に与えられた四期を、どう遣ったかにかかります。



●意図的に他人の同情を得たり、哀れみを得ようとするのは人間のクズのする事だ

 人間には様々な先入観や固定観念があり、それらは妄想となり、自分自身を固い殻(から)の中に閉じ込めてしまいます。特に、他人から同情を得ようとして、病人を装(よそお)ったり、怪我人を装って他人の哀れみを、我が身一身に浴びて、自己満足を得ようとする人が居ますが、これは人間として非常に恥ずかしい行為です。

 そもそも武士道の実践とは、自分自身の全人格を表面に打ち出し、それを表現する行為なのです。そこには、言い訳もなく、弁明も存在しません。
 喩え、自分が病人であっても、健康人のように振る舞う事が武士道実践者に課せられる行動原理であり、したがって、決して真からの健康人でなくても構わないのです。この場合、病人であっても、寝込んだり、あるいは身体障害者のように、足に障害等があり、歩く時に、わざわざ跛(びっこ)を曳(ひ)くのではなく、健康人のように毅然(きぜん)と歩く事に努めればよいのです。

 しかし、多くの障害者は、自分が障害者である事を堂々と主張し、他人に同情を求める傾向にあります。障害者だから、自分はもっともっと親切にされれもいいというような、驕りがあります。あるいは、哀れみを受けると言う事が当たり前のように考えている人が少なくありません。したがって、こうした気持ちが周囲の者を煩(わずら)わせ、迷惑を懸(か)け、こうした事に何ら疑いを持ちません。有事の場合、障害者である事を売り物にする人達は、自分で、一体どうやって逃げ、避難をすると言うのでしょうか。
 あるいは自分の棲む家が、火事になり、足許(あしもと)まで火が迫った場合、誰かが助けに来るまで、その場にじっと蹲(うずく)まって待っているのでしょうか。

 更に、卑怯な行為をする者は、本当は自分が健康なのに障害者を装ったり、他人の同情や哀れみを買うことを仕掛け、障害者の真似をする者が居ます。これは人間として、最も恥ずかしい行為であり、まさに「卑怯者」のする事と言えましょう。

 毅然とした態度をとることこそ、武士道実践者の行動原理であり、ここには「潔さ」と「男気」と「侠気」が存在します。武士道実践者がこうした意識に欠けた場合、もはや武士道実践者とは言えなくなります。また、恥辱に対する敏感な反応こそ、武士道実践者の持つべき意識であり、この恥辱を維持する事によってのみ、人間は、辛うじてその品位を保つ事が出来ます。

 品位や品格と言うものは、「潔さ」と「男気」と「侠気」が存在してこそ、はじめて備わるものであり、他人の同情を買ったり、哀れみを買うような人間には、品位や品格は生涯身に着きません。
 恥に対する意識が薄いと、自分の人生は、人に誤解される損だらけの人生であり、こうした損を自ら招き寄せている人も少なくありません。自分を大事にすると言う事は、「自分を甘やかせる」という事ではなく、もっと自分自身を厳格に、厳しく律して行く中に、本当の自分を大事にする品位と品格が生まれるのです。



●他人を当てにする他力本願より、自分の力で生き抜く人生の選択

 世の中には、自分を大事にしない人が多く見受けられます。自分を粗末に扱い、金や物に執着する現代社会は、自己探究をするよりは、自分の表皮を物財で着飾り、自分に甘く、他人に厳しい世の中とも言えます。そして多くの人は、「自分を大事にする」と言う事を、「自分に甘くする」という事と勘違いしているようです。

 かくして、多くの現代人に見られるような、資本主義社会の競争原理の中で、自分だけよければ他人はどうなってもよいと言う考え方が生まれました。基本的人権と言えば、実に聞こえがいいのですが、これは裏を返せば、まさにエゴイズムであり、民主主義の説く基本的人権の実体は、紛れもないエゴイズムだったのです。
 自己主張ばかりを強め、言論の自由を口にして、他を誹謗中傷するのは、実は民主主義の基本をなす、基本的人権に由来し、この基本的人権は、度が過ぎれば、悪しき個人主義へと発展するのです。ここに、自由平等を掲げる、民主主義の基本的人権に落とし穴があったのです。果たして、人間は、この落とし穴を克服する事が出来るでしょうか。

 私たちは、何事も他人のせいにし、自分は正しいのだと主張し続け、自分の小さな正義だけをアピールして来ました。ところが、自分で正しいと思っていた正義は、大局的に見れば、コップの中の嵐であり、国際的には全く通用しないものでした。他力本願の成れの果が、蓋(ふた)を開ければ、このザマだったのです。

 自分の人生は独力で、自分の力で、一つ一つを解決して行かなければなりません。一つ一つを、丁寧(ていねい)に、まるで糸を紡ぐように、解き解(ほぐ)して行かなければなりません。そして難局を避けたり、窮地(きゅうち)や逆行を、人生の一つの試煉(しれん)と理解し、これに恐れずに挑まなければなりません。ここに、人間の勇気は高く評価され、次の誕生に備えて、新しき命が約束されるのです。



●人に教えられるだけの技術と、人を惹き付けるだけの話術を養う

 私たち陵武学舎の内弟子寮生は、単に武技を錬るだけに終始しません。武術修行と言うものは、武技を錬るだけでは、人格や品格の養成になりません。厳しい武術修行を通じて、根本的には、「人間の品格を高めていく」と言う事を目指さなければ、人に教えられるだけの技術も身に着きませんし、人を惹(ひ)き付けるだけの話術も養えるものではありません。

 多くの武道は、礼儀を軽んじ、謙虚であることを蔑ろにし、慎みを忘れた中で、猛々しい格闘のみに執着して、勝敗を競う事に、何の疑いも感じていません。その為、ただ勝てばいいといった強弱論に終始します。しかし、そんな強弱論の明け暮れは、傲慢で好戦的な人間を作るだけで、武術全体の兵法の見地から見た場合、世の中の、人民に奉仕するものにはなり得ません。

 武術修行の真の目的は、観察眼を養成する事にあります。観察眼を養い、深い洞察力を身に付けなければなりません。また、大自然と共にあり、天候を読み、地形を読み、あるいは風(ふう)を読むと言った、運命の働きにも目を向けねばなりません。太陽と共に寝て、太陽と共に起きる事こそ、人間に課せられたリズムであり、このリズムを狂わせてはなりません。

 人間は他の動物のように、単なる水冷式哺乳動物ではありません。水冷式哺乳動物の形態を所有し、肉体を有していますが、その根本は、霊的な働きをする万物の長であり、霊的な働きの中には、常に運命と謂(い)った、眼に見えない力によって、誘導され、運ばれていると言う現実があります。
 したがって「見通し」の利(き)く目を持ち、勘(かん)を養い、未来を正確に読む霊的意識が必要になって来ます。人に教授し、人を惹き付けるのは、宇宙と直結したインスピレーション(創作・思索などの過程において、ひらめいた新しい考え、あるいは霊的神性)なのです。



●霊肉ともに畏敬を払う心の意識

 人間の霊的意識は、健康な肉体の上に宿ります。不健康な肉体の上に、正常な霊的意識は構築されません。肉体が健康であるからこそ、霊的意識も健康であり、不摂生を繰り返して、自分の肉体を甘やかした者に、健全な霊的意識など宿るはずがありません。

 私たち内弟子は、有事に備えて戦闘できる体躯、長距離を走れる体躯を普段から目指しています。その為、体重制限があり、戦える体躯や走れる体躯として、70kg前後を最良としています。体重制限は、仮入門の三ヵ月を過ぎた時期に、体重測定が行われ、75kg未満65kg以上に定められ、有事に役立つ体躯を養います。

 75kg以上で、肥っていては、長距離の行軍をしたり、走ることができないばかりか、白兵戦で逆関節を取られたりすると、関節が直ぐに外れてしまいます。また、64kg以下の貧弱な体躯では、霊的に憑衣され易い体質となり、精神障害を冒(おか)してしまいます。
 戦える体躯とは、中肉中背の体躯を維持し、背は高からず低からず、172cm前後が適当であり、体重は70?前後が、最も戦闘し易い体躯なのです。
 そして、霊肉共に培って行かなければなりません。



●潔さと男気を養う

 人間は本来、源初人間に於ては、自分の所有物が、物質的なものより、精神的なものに価値観を感じる生き物なのでしたが、近代において、物質文明の西欧が入り込み、物に執着する考え方が生まれ、人間の思考意識は、金や物に魅了され、それ以前に持ち合わせていた健全な価値観は破壊されてしまいました。

 潔く、清々しく、涼(すず)やかな人は、「決断力」がある為、多くの人から慕われます。この事は、政治家の体型で判断すると一目瞭然となります。国民を騙(だま)し、大法螺(おおぼら)を吹き、口約を守らないのは、大方がバルーンのような肥満体型の政治家です。
 特に、自民党や公明党、民主党の政治家に多く見る事が出来、彼等は一貫して口約違反を繰り返し、票取りだけに長(た)けた狡猾な政治家です。しかし、国民も脂肪肝(しぼうかん)如きの体質に変化している為、狡猾(こうかつ)な政治家の嘘を見抜く事は中々出来ません。

 結局、民主主義は愚弄(ぐろう)され、狡猾な政治家達によって、民主主義の名を借りた、愚衆政治が展開されるのです。これではいつまでたっても、国民は騙(だま)され、国民不在の行政が行われてしまうのです。

宗家先生が若い頃修行された、熊本県南阿蘇垂玉渓谷での滝行。宗家先生は「人間とは何か?男子とは如何にあるべきか?」という疑念を念頭に置き精進を重ねた結果、そこから得た答えは「潔さ」と「男気」だった。そしてまず、強持(こわも)ての猛々しい武術家である前に、武術家である事より、人間である事だと気付きました。
 底辺の位置する多くの人達は、「政治が悪い」と安易な言葉を口走ります。
 しかしこれは政治が悪いのではなく、国民の多くが知的レベルの水準が一定基準値に欠け、狡猾な政治家に騙されて、こうした者へ国民が、安易に一票を投ずるからです。あるいは投票を棄権(きけん)し、娯楽や旅行や風俗に現(うつつ)をぬかすからです。
 民主主義は、国民の一人一人が今以上に勉強し、学力を付け、知性を養い、正しい判断能力を持っていないと、正しく機能しない政治システムです。
 ところが肝心の国民の関心が、娯楽や旅行や風俗に向かっていては、このシステムは正しく機能しません。
 日本と言う国が、諸外国の政治に比べて貧困なのは、国民の不勉強と学力や知性のなさに元凶があるのです。

 人間の不勉強は、潔さや清々しさ、あるいは清廉潔白で涼やかな「決断力」までもを根こそぎ奪い取ってしまいます。
 決断力が不在になれば、進む進路を決める事が出来ません。進路不在の儘(まま)、その日暮らしの、自分達だけが、面白(おもしろ)可笑しく、へらへらとした安易な人生を選択してしまいます。悪しき個人主義は、こうした所にも病床を持っています。
 もし、この病床が日本中に蔓延した時、日本は最早(もはや)亡国と言っても過言ではない状態に陥ります。

 敵に付け入れられ、足許(あしもと)を見られてしまうのは、結局こうした状態に陥って、悪しき個人主義の病床が、エゴイズムとなって表面化した時に襲って来るのです。

 「男気」(おとこぎ)という言葉は、遠い昔から使い古された言葉ですが、今の現代日本人に一番欠けているのは、この男気ではないでしょうか。
 侠気(きょうき)に燃え、強きを挫(くじ)き、弱きを助ける心だては、何もヤクザ映画や仁侠映画の専売特許ではなかったはずです。勇気をもって、今こそ男気に燃える時期が到来していると言えます。

 男気や侠気が養われれば、雪辱(せつじょく)や恥辱(ちじょく)に対する感覚も敏感になり、喩(たと)え、自身は小さな魂であっても、「一寸の虫にも五分の魂」と言われるように、また屈辱にも跳ね返す力が生まれます。



●食事当番とその他の罰則

 陵武学舎では、食事当番は指名された者だけが行います。
 わが流ではこの食事当番を、禅流で言うと「典座」(てんぞう)と言う事になります。食事の準備や買い出しは、先輩格の門人が当り、これに続く後輩連は、先輩達の動きや働きを見てそれに習います。
 食事当番に当る先輩格は、大東流食養道を研究し、普段から粗食・少食の理論に通じた者が当り、陵武学舎で出される食事は、非日常を想定した「戦闘食」です。

 これは宗家先生が日頃から云われる「日々戦場」の言葉から発生したもので、いつ如何なる時でも、万一、敵が攻めて来たら、これに対応できると言う心構えを顕(あら)わしたものです。
 現代人は、平和ボケの中に安穏とした、自分だけの幸せを求め、自分とその家族だけが良ければ、他人はどうなっても構わないと言う意識が働いています。その為、今迄の日常生活が、突如非日常に変化した時、全く為(な)す術(すべ)がないのです。

 平和ボケに酔い痴(し)れ、その温床にいつまでも浸っていると、肝腎な時機(とき)に役には立たないのは明白であり、自分の躰(からだ)一つすら、最後まで護り抜く事が出来ません。この為に陵武学舎では、いつ非日常に変化してもいいように、生き抜く為の智慧(ちえ)を指導しているのです。

 また、食事の基本は、食肉や乳製品を除いた、穀物菜食主義を徹底し、動蛋白の摂取は許されません。私たちが厚生労働省の指導によって、安易に信じてしまっている、現代栄養学の推奬は間違いだらけであり、この間違いを多くの日本人が信じて生活し、結局こうした食品摂取で、昨今の現代病と云われる、ガンをはじめとする、その他の病気の災いを招き寄せているのです。

 今日では機能障害として、神経症を煩っている人が増え続けています。神経症は、最初は機能障害ですが、やがて精神病へと移行したり、神経内科の病気に移行して、肝臓ガンで終焉(しゅうえん)を迎える、脂肪肝(食肉や高級魚肉やチーズなどの乳製品の大食漢から始まり、肝臓に多量の脂肪が蓄積する状態をいう。アルコール性・栄養性・糖尿病性・薬剤性などがあり、薬を飲み続ける薬剤性は肝硬変に移行し易く、肝臓癌で死ぬ者も少なくない)などの回復し難い病気へと転移して行きます。

 現代と言う世の中は、情報過多で、情報が氾濫(はんらん)している為に様々な偽情報が錯綜して飛び交い、その情報を鵜呑(うの)みにして、生活すると言う現実に迫られています。特に、信念の欠如している人は、偽情報の嘘に騙され易く、それを安易に信じてしまって、無意味なその日暮らしをしています。不幸の元凶は、こうした所にも巣喰っていて、私たちの心と身体を蝕んでいます。

 最近は母親の過保護から、若くして脂肪肝と言う病気を煩(わずら)い、この泥沼の中で藻掻いている青少年が殖(ふ)え始めています。まさにこれこそ、生きる屍(しかばね)と言わねばなりません。また、そのようになった肝臓に、自分の責任で変化し、悪化してしまった事に何の責任を感じない無自覚者も少なくありません。特に怖いのは、医者の口車に乗って、大量に薬を投与している若者がいることです。薬害が問題にっている今日、日本の医療は旧態依然の薬漬け医療であり、「医商」が罷(まか)り通る医療現場が至る所で展開されています。

 ドラック症状の末期と言う薬剤性脂肪肝は、早急に薬の使用を止め、一日も早く薬から解放されねばなりません。そして薬物性脂肪肝の一部は、肝硬変に移行し、確実に寿命を縮めて行きます。行き着く先は肝臓癌です。脂肝と云われるこの病気は、薬剤性から肝硬変に移行した時が最も厄介で、やがて肥り過ぎて、ふやけた肉体だけでなく、心までもをふやけさせ、意志薄弱へと破壊して行く事になります。そして行き着く先は、悪夢のごとき肝硬変、あるいは治療の難しい肝臓ガンです。

 肝硬変は、慢性の肝障害の結果、肝細胞が壊され結合組織が増加して、肝臓が硬化縮小する病気です。症状が進行すると、腹水の貯留、脾腫・食道静脈瘤・貧血・黄疸・全身衰弱を来します。更に、精神的には意志薄弱となり、何事にも長続きしない無気力な人間になって行きます。そして最後は、肝硬変の多くが肝臓ガンを伴い、若くして無残に死んで行きます。

 健康だと思っていても、肥って、脂肪を引き摺っている事だけで病気であり、ふやけて、肥り過ぎた肉体は、一度非日常に変化すれば、生き残る確率は限り無くゼロに近付きます。まず、肥満体質の人は、生存本能である「走って退避する」という能力がありません。
 喩えば火事の時でも、足許(あしもと)に火が押し寄せて来ても、のろまな動きしか出来ません。結局、煙りや焔(ほのお)に巻かれて焼け死ぬ事になります。また、戦闘の際には、走れない為に、まっ先に敵の餌食(えじき)になります。

 尚道館・陵武学舎では、我が身の護身を考えた場合、まずまっ先に「逃げろ」と教えます。
 護身とは、敵と対峙(たいじ)して闘う事ではありません。逃げて、逃げおおせれば、それに越した事はなく、万一、包囲され、闘わねばならなくなった時、我が命を賭(と)して、激しく戦うのです。
 護身術とは、刃物や拳銃を所持している相手と安易に戦う事ではありません。戦うのは、最後の最後であり、極力逃げる事が基本となります。その為に、走れる体躯を、先ず第一に養成し、次に戦える丈夫な体躯を育成します。そして更には、よき体質を作り上げて行くのです。

 よき体質とは、喩えば伝染病下でも、これに罹(かか)る人と罹からない人がいます。頑強な肉体を持っていても、伝染病下では伝染し伝染病で斃(たお)れてしまう人がいます。幾ら肉体や体格が立派でも、伝染病下で伝染病に罹る人は、実は体質が悪いのであって、ズバリ言えば、食に問題を抱えているのです。
 特に、乳製品を浴びるように飲み、食肉をこよなく愛し、美食料理に舌鼓を打つようなグルメは、まず日常が、非日常に変化した場合、生き抜く事が出来ません。見かけ倒しの肉体や体格は、こうした体質の悪さに脆(もろ)くも崩れ去ります。

 さて、今日水面下で静かに蔓延している食事法の誤りは、まず「白砂糖中毒」が挙げられます。白砂糖の中毒は意志を薄弱にし、信念が持てない人間に変貌させてしまいます。意志薄弱な人程、甘い物が好きであり、安易に「野菜を食べれば、甘い物を食べても糖尿病にはならない」と、嘘の情報を信じている人です。
 こうした、甘い物を食べる人は、肥満や痩身(そうしん)に関わらず、その人の意志は薄弱です。そして何事も長く続ける根気がありません。気力も持続性がありません。心身ともに、直ぐに息切れがして弱音(よわね)を吐きます。激しく抵抗する事が出来ず、戦意も継続できず、脅(おど)されるままにギブアップしてしまいます。

 こうした、これまでの事実から、陵武学舎では、穀物菜食を徹底するばかりでなく、万一、寮を抜け出し、間食や買い食いに趨(はし)った場合、反省を促す為に、壁に向かって坐禅を組んだり、静坐をすると言う罰則が課せられます。
 坐禅や静坐を実行して、「自分とは何か」という探究に目覚めてもらうのが目的です。多くの人は「自分とは何か」という探究に疎(うと)く、また、こうした探究すらしないで、世の中を安穏と生きています。そして安易に、「自分」という実体を見逃しているのです。

 陵武学舎の規則では、自分の食べ物を他人に遣っても罰則が課せられます。好き嫌いをし、好きなものだけを食べ、嫌いなものは残して他人に遣る行為は、自分の命を軽く扱っている証拠です。自分を自分で粗末にしている証拠です。その為に、陵武学舎では禁止事項に触れてしまうのです。また自分の与えられた食べ物は、自分に与えられたものであり、嫌いな物を他人に与え、自分は美味しい物だけを食べると言うのは、愚かしい偏見であり、これが度を過ぎますと、自らの躰を滅ぼしてしまう事になるからです。

 また、好き嫌いをしたりする者は、短命であると言う事が立証されています。
 これは食べ物を無闇(むやみ)に粗末にするのだけでなく、偏食に趨(はし)ることは自分で自分の命を縮め、体躯に有効な食べ物を捨て、有害なものばかりを取り込んでいると言う事になります。食べ物はグルメを気取り、舌鼓を打ち、舌先三寸のみを喜ばせる美食に趨るのでは、長く生きる事が出来ません。喩え、長く生きても、その人の人生は病気と背中合わせの人生になってしまいます。
 食とは、自分の精神と肉体を支える、大事な命の糧(かて)であると言う事を、正しく理解しなければならないのです。



●山岡鉄舟に学ぶ

 陵武学舎での食事の作法は、禅の作法に則(のっと)り、これを実践します。一方、剣聖として知られ、禅の大家として知られる山岡鉄舟から教えられる事が実に多いのです。特に、山岡鉄舟の説いた「浄穢不二」は、まさに現象人間界を現した言葉であり、食の原点も此処にあります。

無刀流の達人として知られるだけではなく禅の大家としての山岡鉄舟。
 山岡鉄舟(1836〜1888)は、幕末・明治の政治家で、また無刀流を編み出した剣の達人として、剣聖と謳(うた)われた人物です。幼少より、鉄太郎と言う名で、江戸庶民にも慕われていました。
 鉄太郎は江戸の生まれで、幕臣の子として生まれ、侠気に燃え、強きを挫(くじ)き、弱きを助ける心だてを持ち、江戸庶民からも大変に尊敬を受けていた人物です。

 また、「禅」と「書」に通じた人でもあります。
 戊辰戦争の際、西郷隆盛を説き、勝海舟との会談を成立させた影の功労者であり、のち明治天皇の侍従などをつとめています。

 曽川和翁先生の著わした『合気口伝書』第七巻には、山岡鉄舟先生の事が揚げられています。それによりますと、鉄舟先生は、禅の活殺自在の「喝」(かつ)によって、絶対的な悟りの気勢を放つ事が出来た名人に、鉄舟先生を揚げているのです。
 この気勢は禅の「気合法」であり、既に戦う前から敵を呑(の)んでしまう方法なのです。
 武術には、「気合い負け」と云う言葉があります。相手に気合いを呑み込まれてしまい、動作が萎縮(いしゅく)して、出る事も、退(さが)る事も出来ないのです。そして自らの弱点を曝(さら)け出し、敗北するという結果を招くのです。

 気をもって、気を制するのであれば、必ずそこに、気と気がぶつかり合う、局面が出来上がります。その局面を相手から制せられてしまうと、自分は前に出る事も、あるいは後ろに退る事も出来なくなってしまうのです。

 無刀流を創始した山岡鉄舟先生は、その師匠であった浅利又七郎先生と、ある時、木刀試合に臨んだ事がありました。
 下段に構えた浅利先生に、鉄舟先生は正眼に構えて押し返そうとした時、浅利先生は下段に構えたまま、ジリジリと鉄舟先生を羽目板まで追い込んでいました。鉄舟先生はこれに焦(あせ)り、何とか押し返そうとしますが、浅利先生の気魄(きはく)に押されて、一向に攻め返す事が出来ませんでした。何度か隙(すき)を窺(うかが)い、攻め返そうと模索しますが、結果は何度遣(や)っても同じでした。そして無慙(むざん)に敗北したのです。
 その後も、鉄舟先生は精進に精進を重ね、努力を繰り返しますが、師匠の浅利先生に勝つ事は出来ませんでした。

 鉄舟先生が最後に行き着いたところは禅であり、禅寺で参禅して、黙々と禅に打ち込みます。そして一生懸命に工夫を凝(こ)らしている裡(うち)に、一つの閃(ひらめ)いたものがありました。
 それは剣を交(まじ)えている時、眼の前の敵ではなく、遥(はる)か遠くの天をも貫く、己(おのれ)が一人進み出るような気魄で、敵に迫ると言う事だったのです。これにより、気合法を会得したのです。

 そこで再び浅利先生に試合を申し込み、浅利先生はこの試合を心良く引き受け、対戦に至りました。しかし、今度は浅利先生が、鉄舟先生の気合いに圧倒されて、手も足も出ず、苦戦を重ねた後、「参った」と、素直に自分の負けを認めました。そして浅利先生は、鉄舟先生が以前の鉄舟先生で無い事を知ります。もう、この時、鉄舟先生は自分の師匠の浅利先生の域を遥かに超えていたのです。

 「気合い」というものは、必ずしも有声であるとは限りません。むしろ無声の気合いの方が多いのです。敵の心を呑み、敵を動けぬように釘付けにするのは、大声を張り上げての有声の気合いではありません。鉄舟先生が、自分の師匠である浅利先生を負かした事は、無声の気合法の方が、優れていると言う事を現しています。
 この境地は、臨済宗(りんざいしゅう)の祖の臨済禅師が、「縦横自在」「活殺自在」の働きをもって、禅機(禅者の自在なはたらき)としたのと同じものでした。

 禅と武術は、極めて深い関係にあります。
 宮本武蔵は晩年、熊本細川家に仕え、春山和尚(しゅんざんおしょう)の禅寺に参じたと言います。やがて武蔵は大悟(たいご)して、以後、丸腰であったと言います。
 また、柳生宗矩(むねのり)は、沢庵(たくあん)和尚に参じ、剣禅一如を追求したと言われます。そして幕末から明治に掛けての剣豪・山岡鉄舟先生は「剣禅一如」の大居士でもありました。



●咄嗟に出た「技」だけが極まる

 人間は、追い込まれれば、どんなに弱い人間でも、窮鼠(きゅうそ)になり、必死に戦おうとします。戦意が失われない限り、これは戦いの、最初から最後まで一貫しているものです。ところが、意志薄弱者は、戦意を長い時間維持する事が出来ません。直ぐに、軍門に下ってしまいます。

 戦意の継続は、脂肪の付き具合の有無にあります。
 喩えば、男性と女性を比較した場合、脂肪の付着率は女性の方が多いと言えます。喩えば、女性が強姦される場合、力ずくでねじ伏せられてしまうような結末は、脂肪が意志を弱めている事に関係があります。激しく抵抗し、激しく拒めば、強姦の難(なん)は逃れる事が出来るのですが、ケーキやスナック菓子などの甘い物を摂(と)り過ぎて、意志薄弱状態になっている女性は、最後まで抵抗せず、簡単に、強姦者に肉体を開いて言い成りになります。

 これは暴力に屈する男性でも同じです。
 肥満体質の脂肪肝などの人は、最初の第一打を浴びただけで、ギブアップしてしまいます。逆に襲う側からすれば、筋肉質で、武術や武道の心得のある人よりも、脂肪肝のように、丸々と膨らみ、バルーンのような体型をした人間の方が、非常に襲い易く、簡単に目的を達成する事が出来ます。襲っても、あまり抵抗しない為に、襲い易く、襲った側の被害は殆どありません。脅(おど)せば幾らでも金品を巻き上げる事が出来、最後に土下座(どげざ)して、泣いて許しを請うようなタイプは、おおよそが、こうした脂肪肝体質の人間です。

 また、以前によく流行(はや)った、「オヤジ狩り」と称した「ノックアウト強盗」も、その多くの被害者は、脂肪肝さながらの肥満体型のオヤジが多く、最初の第一打で簡単にのびてしまうか、恐怖から進んで金品を差し出す、情けないオヤジ達でした。その上、肥満体型ですから、俊足に、思う存分に走る事が出来ず、その場から逃げる事も出来ません。また逆に襲った側は、取りたいだけの金品を奪ったら、捕まる事もなく、悠々(ゆうゆう)と逃げる事が出来ます。襲った側の心理から、こんなに簡単に、目的を達成できる、カモが葱(ねぎ)をしょったような、襲い易い獲物(えもの)はありません。

 こうして考えていくと、既に護身の面からすれば、バルーンの肥満体は、襲う側の最も狙い易いカモであり、その上、身に金品の装飾品を付け、金でも持っているような身装りであれば、まさにカモが葱をしょっている光景に映る事は請け合いです。そして人間の体躯と言う、「ひとがた」が、護身の面に、大きく関与している事が分かります。

 常日頃から非日常に備えて、精進・努力を怠らず、肉体を絞り込んで行く事は、非常に大事なことですが、単にこれだけでは役に立ちません。
 最終的に極難から逃れることの出来るのは、「敵の暴力に屈しない堅固な信念」が必要です。その為には精神構造が健全でなければなりません。
 甘い物や、乳製品や食肉や卵ばかりを食べていて、体質を「陽体質」に傾けますと、激しく戦う精神構造は造れません。「陽体質」は、肉体を緩慢にする事になり、また最悪の「陰体質」は、肉体を虚弱体質や栄養失調へと誘います。

 人間は、陽体質にも、陰体質にも偏(かたよ)る事なく、戦闘体型(走って危険な場所から逃げる事が出来、かつ、一旦戦わねばならなくなった時、戦意を失わず最後まで戦う事の出来る体躯)の中庸(ちゅうよう)を保ち、これを長く維持する事が出来て、はじめて戦う体躯を作り上げる事が出来るのです。
 そして「技」というものは、自分で掛けようと思っても、意識して掛かるものではなく、恐怖にさらされている時機(とき)は、咄嗟(とっさ)の判断と、敵の暴力に屈しない戦意がものを言います。
 最後の最後で、自分を護る術として飛び出した技こそが真物(ほんもの)であり、これによって危険を回避する事が出来るのです。



●多くの人は身近にある宝に気付かない

 人間の肉眼は、自分の周囲や遠くを見渡すようには出来ていますが、最も接近した部分や、内側を見るようには出来ていません。あるいは「モノ」に心が囚われている間は、身近にある本当の宝を軽視し、その本当の値打が分からないものです。ここに「肉の目」の皮肉があります。
 得難い推進軸としての「身近な宝」は、この肉の目には中々捉えられないのです。

 あるいは、人は、自分以外の者を敵、自分に反対意見と唱える者を敵と考え、こうした思考下で派閥を生じさせます。そして自分の意に沿う者だけを味方として考えます。しかしこの敵、味方の思考は、多くは感情から発したもので、感情で人間を見ていると言う事になります。感情で人間を見ていると、視野も判断力も狭隘(きょうあい)になり、非常に小さな自我の宇宙論しか展開できなくなります。

 その為、身近にいる知者を単なる「爺さん」と捉えたり、あるいは軽く見下して、その程度の存在にしか映らなくなります。
 人間は、年齢と共に「衰え」や「老い」が顕われるのは必然的な要素として、最初から組み込まれた、人間の宿命的な要素ですが、これは人の目にそう映るだけのことであって、固定観念から来る妄想に過ぎません。年齢から来る様々な限界は、決して否定出来ませんが、一方、人間の脳力ほどその個人差はないのです。ここに、人が平等でつくられていない事の証拠があります。

 敵、味方を評する場合、その基準は様々ですが、敵と味方を認識しておきながらも、一方に於いて、「派閥は相手を認めない」という感情論があります。そして、これが感情論から来る愚行だと分かっていても、対立する先方を認めていては、集結した自派の者達に「手厚く利益を配分する」という事が出来なくなってしまう現実があり、だからこそ、自派の自分達で、あるものを独占しようと言う行動が起ります。そこに伴って対立や抗争が激化し、先鋭化して行く実情があります。
 しかしこうした実情も、「肉の目」で見ている幻覚であり、肉から離れて、静かに現実を眺(なが)めますと、そこには敵も味方もない、穏やかな世界が見えて来るのです。

 身近に存在する宝は、自分で気付き、認識出来てこそ、これを知る喜びがあり、自分の「気付き」が疎ければ、身近な宝を永遠に見逃してしまう事になってしまうのです。そして、「気付く者」と、そうでない者の明暗が、此処で分かれてしまいます。

 人間の影は、また個人の葛藤(かっとう)を反映させています。その影の分だけ、悶着(もんちゃく)があり、いざこざがあります。個性の葛藤と云われる現代社会は、自分の思う通りに、あるいは理想通りに、期待が充たされ、進行すると言う事は滅多とありません。人間の描く理想的な姿と言うのは、あくまでも「期待」であり、一種の願望に過ぎません。これは、「神棚に手を合わせ、拜む」という行為と何等違いがありません。

 しかし、期待しなければいいという、このような一言で一蹴するほど、人間の感情は単純ではありません。人間の持つ複雑な感情や打算を、簡単に始末できるほど、人間の心は単純明解に出来ていないのです。人間と言うものは、実に手に負えないものであり、人間の抱える、煩悩(ぼんのう)の淵(ふち)と言うものは実に深いものなのです。
 だからこそ、「修行する」というアクションが必要であり、このアクションを起こし、その結果、身近に存在する宝を見つけるか、そうでないかがその人の明暗を分けるのです。
 悟道歌では「よく整え、よく備えし、己こそ、まこと」と言うではありませんか。これこそが、最も身近な宝ではなかったのでしょうか。

馬術を通じて、日本武術の根本を探る。陵武学舎の内弟子は、総合的に馬術にも通じていなければならない。



●人間は猛々しいだけでは何もならない

 陵武学舎では、単に、武技の稽古に明け暮れると言った修行ばかりでなく、人間として進むべき道を示唆しております。また、礼儀や作法を学ぶ事も大事であり、単に自分の体得した猛々(たけだけ)しい武技を人前で披露して、強持(こわも)ての輩(やから)に成り下がるのではなく、「人間としての道」を学ぶのです。
 猛々しく、乱暴な振る舞いは、多くの人の尊敬を得る事が出来ません。若い頃に勇名を馳(は)せ、強持てとして、多くにファンを惹(ひ)き付けたとしても、その人の晩年は、非常に寂しい老後に違いありません。人間、齢には叶いません。やがては時代から忘れ去られ、老人の、かつての有名選手など、人は、鼻も引っ掛けては呉れません。

 青年から晩年に至り、体力は衰えても、現役として肉体を使って戦える間はいいのですが、四十歳を超え、初老に入り、やがて五十路(いそじ)を超えて、老年期に入る頃から肉体的には若者に叶わなくなって来ます。

 その人が、若い頃強持ての格闘技家であったとしても、六十・七十の老人になってまで、肉体を張って練習すると言う事は、非常に過酷なものです。また、若者と対戦して、勝てなくなれば、相手にもされず、「唯の人」に成り下がります。こんな晩年は、何とも惨めではありませんか。
 齢と共に、肉体は衰えて行きますが、酷使し過ぎた肉体は、運動やスポーツ経験のない普通の人よりも、更に故障だらけの肉体となってしまいます。
 膝を傷め、腰を痛め、肘や肩を傷め、あるいは股関節を傷め、前立腺肥大症を煩(わずら)い、至る所が故障だらけになります。その上、肉食の害が出れば、眼も当てられなくなります。

茶の湯を学び、また香を嗜(たしな)む。これこそが武人に必要不可欠な、人間としての教養である。陵武学舎では、猛々しい武人である前に、人間としての道と礼儀・作法を学ぶ。ただし、「学ぶ」という行為は、小・中学校のように、教師側から一方的に押し付けられる教育ではなく、「自分が自らの意志で求める」という立場をとらなければ、この学ぶと言う行為は成立しない事になる。つまり、自らが「求道の士」となり、これを求め、捜す事である。この向学心が無い者に進歩はあり得ない。

 猛々しい荒霊(あらたま)は、肉体が若い時にだけしか、功を奏しません。荒(あら)ふる神の仕種(すぎさ)は、一時的なものであり、荒霊は、やがて穩やかな幸霊(さちたま)へと移行しなければなりません。
 その為にも、陵武学舎では、修行の一環として、茶道を学んだり、香道を学んだりします。これは人間として生きると言う事を意味します。

 武人であっても、一個の人間であるのには間違いなく、人間として生きる中に、真の武人の姿があります。また、その中に、「文武両道」の教養があるのです。
 「闘魂」をもって生きると言う事は、猛々しく外の敵ばかりと戦うのではなく、「自分」という裡側(うちがわ)に居る敵とも戦わねばならないのです。心を修め、道を求めてこそ、本当の武人の姿はあるのです。
 そして、「習う」とか「教えて貰う」という意識は一切取り払い、茶道においても、行動においても、自らが愚堂して、探究すると言う気持ちが大切です。待っているだけでは、何もならないのです。