内弟子制度 30



内弟子・質問解答だより2


Q11. 内弟子に課せられる罰則等はあるのでしょうか。

A11. まず率直に申しますが、罰則を徹底したところで、人間は成長しないと言う事です。
 罰則があると言う事は、規則に従わせようとする意図があるからであり、処罰で脅(おど)して、一定方向に導こうとするのが罰則主義です。したがって陵武学舎では、禁止事項はあるものの、罰則で、内弟子を縛ると言う事は行われていません。
 日常生活に於ては、ある程度の自由が認められているのです。更に、門限や強制的な稽古時間は設けておらず、自由に学ぶと云う事をモットーとしています。

 また、禁止事項の中心は、「他人に迷惑を掛けない」という事であり、これは、人間が人間である為の最低条件であると言えましょう。
 一方に於いて、世の中の平穏を維持する為に、厳罰主義で臨む意外はないと言う考え方もありますが、厳罰主義は社会運営上の手段であり、これが人間の行動律の主体で無い事は明白です。したがって厳罰主義をもって、わが流の運営を行って行く事は、甚だ不適当と思うのです。それは処罰によって、人間を恫喝(どうかつ)し、育て上げると言う事が不可能であるからです。

 厳罰を課して、人を脅せば、一時的には、言う事をきくようになるでしょうが、それは権威に屈する事を覚えさせる元凶を招くだけです。
 今日の私たちの社会を取り巻く、近代法の法体制は、違反者を収監状で収監(法令により監獄に収容すること。また習慣を命ずる権限は、検察官の令状行使の収監状による)したり、罰金を課せたりの、権威に屈服する姿勢を国民に強(し)いていますが、厳罰を課しているからと言って、違反者や犯罪者は減少すると言う傾向は見せていません。

 百年前、二百年前に比べれば、教育制度も発達し、知識階級が急増したと言う現実にありながら、違反や犯罪は減少する傾向は、全くないのです。
 現に、日本に於て、最高学閥は依然と東京大学であり、法学部を中心とした学部から、多くの高級官僚を輩出しますが、東大出の高級官僚のキャリアの中にも、贈収賄などの犯罪に手を染める人間がいます。人間が集団をなせば、その集団の中にも、一定の割り合いで人間のクズが存在しているのです。これはまた、人間の知的レベルとモラルが、必ずしも一致しないと言う事を顕わしています。
 罰則主義は法知識の中から生まれたのでしょうが、厳罰主義を以てしても、人間を正しく導き、育てる事は出来ないのです。何故ならば、それは罰による恫喝を強いるだけだからです。違反者や犯罪者が減少しないのはこの為です。

 尚道館・陵武学舎には、罰則は存在しませんが、「人として行ってはならない禁止事項」は多々あります。また、禁止事項に触れた時、「その場腕立て100回」(他にも素振り千回、スカワット百回、腹筋百回、背筋百回、跼み跳躍百回などがある)等の体罰を課せますが、これは違反者が、自ら、その間違いの禁に触れ、これを自覚した時、これまでの反省も予(かね)て、自発的に自ら進んで体罰に取り組んでいるのです。一切強制されるものではありません。

 ただ、残念な事はこうした体罰については、喜んでやる者が為、禁止事項が中々改まらないと言う欠点がありました。そこで、禁止事項を犯した時、一件につき、「一万円の罰金」を課したところ、それ以降、禁止事項の禁はぴたっと納まったのですから、実に不思議なものです。人間は、金銭を徴集されると、「痛み」を感じ、これには「全く弱いものだ」と言う事が分かります。人間の欲?と狡猾さ?の側面を見た思いです。

 さて巷間(こうかん)では、罰則と称して、掃除をやらしたり、その他の奉仕を命じる団体が少なくありません。しかし、こうした団体の指導者は、指導者として無能だから、罰則と言う名目で、団体員を恫喝しているという実情があります。
 こうした恫喝で、掃除等の罰則を課せると、「掃除を嫌悪する人間」ばかりを作り出してしまいます。そして修行者として、自発的にやらなければならない、掃除や跡片付け等の重要な要素が、「嫌悪の対象」に摺(す)り変わってしまうのです。

 わが流では、年齢に関係なく、あるいは過去の武道経歴に関係なく、総ての内弟子門人を同等・同格に扱います。弱年者だからといって粗末に扱わないし、逆に、某かの武道の有段者の経歴を持っているからと言って、そうした者を手厚く優遇したり、特別な評価は下しません。
 総ての門人は同等・同格であり、人を犯さず、また、人から犯されずをモットーに指導しております。つまり、人として行ってはならない諸々の禁止事項を設け、人として、全うしなければならない人格教育に力を注いでいるのです。
 厳罰主義には愛情が存在しませんが、禁止事項を設けた人格教育には、人間を尊重する愛情が伴っているのです。



Q12. 西郷派大東流の内弟子の中から、今まで誰一人としてここを修了した門人は居ないと言いますが、どうしてなのでしょうか。また、それほど厳しい修行をするのでしょうか。

A12. まず、修行の厳しさの有無から言って、わが流の修行は、決して厳しいものではありません。むしろ、日本中で行われている内弟子修行の中で、あるいは世界中と言ってもいいのですが、まず、わが流ほど「厳しくない修行」はないと思います。落語の内弟子、漫才の内弟子、芸能人を目指す内弟子、その他の格闘技の内弟子や、武道の内弟子の中で、肉体的には絶対に厳しくないと言えます。

 では、厳しくない修行で、なぜ多くの内弟子希望者が入門しながらも、最後まで続かないかと言うと、まず、「確固たる自己」という信念が非常に薄い事です。
 大東流は特異な武術であるだけに、ハードトレーニングをして、肉体を酷使し、虐(いじ)め抜き、筋力とスピードを養成して、打たれ強く、また打ち返すだけの腹筋等を養う外筋武道【註】スポーツは得てして「外筋」のみを鍛え、「内筋」は無視されがち。多くの武道や格闘技は総て「外筋」のみの養成で、「内在する力」の原点である内筋は殆ど遣われない。未開発の儘、年老うと晩年は外筋が贅肉化して弛む)とは異なります。肉体だけを酷使するのではなく、頭も遣い、ある程度のIQも必要になります。鋭い観察眼や洞察力も必要です。

 特にわが流は、こうした表面上、激しく動き回る武道と異なり、「静から動に移行する気」を養う武術ですから、見た目が羽手に見える「動」の動きをするものではなく、「静」の動きを中心に修行して行きます。その為に、過去に武道体験のある人は、「静」の動きが中々理解できないのです。

 「合気とは何か」と問われた場合、多くの人は“気合い”と“合気”を大きく誤解して考えているようです。
 “気合い”を出せば、それが“合気”だと思い込んでしまう人も少なくありません。事実、北海道系の大東流柔術を愛好している人達は、こうした間違いを冒し、“気合い”が“合気”と信じている人も少なくないようです。
 しかし実質上は違います。“合気”と“気合い”は同じように聞こえますが、それは「用途」に違いがあります。それは丁度、柳の枝は風に吹かれた場合、そよそと揺らぐばかりですが、海辺の松の枝は風に吹かれればヒューヒューと枝を風に鳴らすばかりです。この場合、前者が“合気”であり、後者が“気合い”ということになります。また、柳の枝は、強風に吹かれても枝を風に預けて耐える事が出来ますが、松の枝は強風には忽(たちま)ち枝を損傷してしまいます。つまり、“合気”は「無声」から発するのです。

 これを同じ現象は、重たい雪を載せた竹の枝と、松の枝に例える事が出来ます。
 竹の枝では笹之葉に積もった雪は、重さの限界が来ると、笹之葉を返して雪を振り落としてしまいます。ところが松の枝は、その儘(まま)雪の力を受けてしまいますから、限界が来ると重みに絶えられず、枝を折ったりして損傷してしまいます。この場合も、前者が“合気”であり、後者が“気合い”です。柔と剛の違いです。

 “合気”を総称すれば、強く来た敵には弱く応じ、弱く出(い)ずる敵には強く対し、敵が青眼(せいがん)にて構えれば吾(われ)は下段で対し、青眼の下を攻め、あるいは上を攻め、敵が下段にて出ずれば、上段の太刀でこれを押さえるのが“合気”であり、敵の“合気”に対し、吾は“合気”を外してこれと戦うと言うのが“合気”の真髄であり、剛の勢力を、柔で受け流すというのが“合気”なのです。つまり、剛を「剛」で対するのではなく、剛を「柔」で受け流して、敵の力をプラス・マイナス“ゼロ”にするというのが“合気”なのです。ここに「柔よく剛を制す」の原理があります。

 しかし昨今では、「柔よく剛を制す」の言葉は、既に死語になっています。「柔」を修練する人でも、「剛」を取り入れ、柔を剛に作り替えようとしている動きがあるからです。つまり、アクションを主体とする「動」の動きばかりに目を向け、本来の「柔」の主体であった「やわら」という、「静」の気勢があるのを見逃してしまっているからです。したがって、“合気”が、難解な稽古対象になってしまったのです。

 つまり“合気”の修行は、他の格闘技やスポーツ武道とは異なった稽古方法を取る為、躰(からだ)を酷使する「動」の動きよりは、「静」の姿勢を作る動作が多く、アクションばかりを武道だと信じて来た連中は、中々この事が理解出来ません。
 武術的に考えた場合、西郷派大東流では、「静」を“陰”とし、「動」を“陽”とします。
 肉体信奉のスポーツ武道や格闘技は、元々が「動」主体の競技ですから、常に動き回って、アクションだけを重要視します。

 ところが、「静」に準ずる合気武術は陰陽の割合配分が7:3の関係になっているので、“陰”の動きが中心となり、スピードとパワーの「動」よりは、「動」に転じる「静」の気勢を重んじるので、派手なアクションは少なくなり、相手の勢力を相殺する「来たらば則ち迎え、去らば則ち送る……」という相互作用を齎す“陰”を研究するのです。この“陰”の修行の意味が中々分からないのです。

 また、「呼吸法」についても、外筋を中心とする武道やスポーツや格闘技をやって来た人は、実は人間が無意識の中で丹田呼吸をしていると言う事を知らず、無知も甚だしい限りです。自分で静坐(せいざ)し、呼吸法を二時間も三時間も実践すると言う事を無意味に感じてしまうのです。動き廻っているのが練習で、こうした躰を動かす事だけが稽古と考え違いしてしまうのです。
 しかし、単に躰を動かす事は、力んだり、一時的に呼吸を停止させる場面が現れますので、心臓に負担を与え易く、然(しか)も、こういう思想で展開されているスポーツ武道の吐納法は、正しくありませんので、動かし過ぎれば心臓疾患等の病気を招きます。

 隨(したが)って尚道館・陵武学舎の内弟子の日々の稽古には、出来るだけからだを動かさず、「静」から「動」に移行する直前の儘の状態で、「静」の状態を維持し、「呼吸法を徹底せよ」と教えるのです。こうすれば、いつでも「動」に移る状態を保ちながら、心臓にも負担をかけないと言う、長時間の緊張に耐える事が出来ます。
 多くのスポーツ武道は、「力み」が中心の格技である為、呼吸法が正しくありません。また、呼吸法と言うものを無視したまま、練習が続けられています。こうした事を長年続けていますと、心臓に障害が現われ、特に心臓肥大症を煩います。今日で言う心筋梗塞です。苛酷な労働で、中高年のサラリーマン等が突然死するのは、こうした心筋梗塞によるものです。

 わが流はこうした愚を冒さない為に、腹筋や腕立て等を遣る以上に、「呼吸法」を徹底するのです。いわば「静」の拮抗(きっこう)を保ち、然も、いつでも「動」に転じれる境地を目指すのです。ところが、この意味を、外筋系の武道出身者は殆ど解す事が出来ません。稽古とは、突いたり、蹴ったり、飛び上がったりの、常に躰を酷使する事が、本当の稽古と思い込んでいるのです。あるいはスポーツ格闘技にコンビネーションに見られるような、派手なものを好みます。

 例えば、木刀を構えて、その同じ姿勢で、二時間も三時間も耐えるような、地道な稽古を嫌い、ただ蹴ったり、跳ねたりのアクションの伴うものばかりを、本当の修練と誤解したり、一度に数人を倒す秘訣だけを、教えてもらおうと待ち構えているばかりなのです。そして、そこに行き着く為の「過程」を一切無視しているのです。
 これでは、身に付く筈がありません。

 また例えば、合気手裏剣術を教わるにしても、ただ単に「打ち方」だけを教えてもらえば、これが出来ると考えるのは大間違いです。
 わが流では、基礎的な手裏剣術を教えるにも、ただ打ち方だけを研究させて、これを稽古させるのではありません。手裏剣の造り方から指導し、実際に「丸鋼」から一本の手裏剣を造り出させ、これに「研き」を掛けさせます。「研ぎ」が下手であれば、手裏剣は打っても中々刺さるものではありません。
 三稜(さんりょう)手裏剣(尖先から鰓部までの断面が三角)でも、四稜(よんりょう)手裏剣(尖先から鰓部までの断面が四角)でも稜(かど)の尖(とが)った部分が切れなければ、手裏剣は標的に当っても深く潜り込む事はなく、威力は半減します。肉を裂いて、骨を砕く為には、稜の「切れ」が大事で、「研ぎ」が悪いと、手裏剣の潜り込みは威力を失います。

 同時に手づくりで手裏剣を造る事は、手裏剣の形を研究する事になり、どうしたら飛距離が伸びるのか、どういう形だったら打ち易いのかという、手離れをよくする為にはどうしたらよいか等の、根本を研究させるのです。こうした研究の基礎を積み上げた者だけが、手裏剣術を「教えて貰う権利が生まれる」という事なのです。
 こうした下積みの過程を通らず、あるいはこの過程を嫌い、「手裏剣術だけを教えて欲しい」という者には、「まず、下地をしっかり造りなさい」とだけ諭(さと)すだけであり、これから先を絶対に教えないと言うのが、わが流の指導方針なのです。安易に教えてもらったものは中々身に着きませんが、苦労しながら、手探りの結果、漸(ようや)く辿り着くような教わり方をすれば、これは明らかに、確実に身となり骨となって行きます。

 これは丁度、数学等の難問に挑戦した場合、教師から解法を教えてもらい、安易に聞き出した答え探しは、中々身に付きません。ところが、自分一人で苦しみながら、何とか解法を導き出そうと懸命に励んだ後に、ここで教師の助けが入り、解法へ至る手順を教えてもらえば、もう、類似問題に出くわしても、絶対に類似問題でミスる事はありません。
 しかし安易に教えてもらった解法と答え探しでは、その時は分かったように思っていても、類似問題に出くわすと、忽(たちま)ちお手上げのような状態になってしまいます。
 ここで繰り返しておきたい事は、安易に教えて貰った解法と答は、その場限りで忘れてしまい、中々身に付くものではありませんが、とことん研究して、苦しみながら漸く導き出した解法は、決して生涯忘れる事はないと言う事です。
 だから「教えない」という事に徹しているのです。

 また、わが流は、諸先生や諸先輩の技を「盗んで覚える」と言う事を原則にしていますので、安易に教えてもらおうと待ち構えている人には、「盗んで覚える」と言う事が理解できません。その為、挫折へと転がり墜(お)ちて行きます。こうした稽古に嫌気がさすのも、「何も教えてくれないから」という理由のようです。しかし、「何も教えない」のではなく、下積みを拒否して自分から「教わるのを拒んでいる」というのが実情です。

 要するに、直接宗家先生から手取り足取りをして貰い、自分を大事に扱ってくれて、人の知らない高級技法を習って、「早く強くなりたい」と言う、甘くて、安易な考えが、結局は自分自身で墓穴を掘る結果を招いているのです。
 「教えない指導」は、習う側がはっきりとした信念がない場合、自分で疑心暗鬼(ぎしんあんき)に陥り、「いつまでも基本業(わざ)ばかり」という安易な考えで、自滅して行きます。そして、自分に非がある事に気付きません。
 自分が悪いのではなく、「教え方に問題がある」などと、横柄(おうへい)な口を叩き、陰口や悪口を言うようになります。精神的に人間性が浅く、過保護に育った世代は先入観や固定観念が強く、表面だけで人を選別する者に、こうした考えを持つ人間は多いようです。

 また過去に、格闘技や武道体験を持つ人は、先入観が強過ぎて、自己流の考え方に固執し、地味で孤独な稽古を嫌います。コーチのアドバイスを好み、自分が常に相手にされていないと落ち着きません。基礎固も充分でないのに、早く、先へ先へと進もう企てます。

 こういう者に限って、人が大勢いて、人が自分を見ている時は張り切って練習をしますが、観客としての眼が無くなると、忽(たちま)ち地味な稽古に厭気(いやけ)がさしてしまいます。
 また、「下積み」という苦労や、礼儀作法を覚えたり、「他人のメシを食う」という、他人行儀の徹底に馴染めないのが、今まで多く挫折して行った者の姿でした。派手な一面を期待し、人からちやほやされる事ばかりに憧(あこが)れて、内弟子になろうと押し寄せた形跡が見られます。
 そして挫折し、辞めて行った者の多くは、「技だけを知りたがる」ばかりで、肝心な人間としての人格教育などは二の次か、完全に無視した者も少なくありませんでした。

 礼儀や作法となると軽く見下し、食事の仕方など、今さら教えてもらわなくとも、ちゃんと出来るではないか、と思い込んでいる「思い込み人間」が如何に多いか、過去を振り返って、改めて気付かされるばかりです。
 諺(ことわざ)に「郷に入いっては郷に従え」というのがあります。つまりこれは、人は住んでいる土地の風俗や習慣に従うのが処世の法であると教えているのです。過去の自分の経験や体験は、以前は通じたかも知れませんが、場所が分かって、指導者が代われば、その場の指導に従わなければなりません。それを、「○○道では、このように教えて貰った」とか、「○○道の、こちらの方が優れている」などと、先入観や固定観念を持ち込まれると、その者の、わが流に於ての進歩は、それ止まりになってしまいます。

 また、ずぶの素人の初心者でも、目的意識や信念が欠けていれば、明日の数百万円より、今日の千円・二千円に眼が眩(くら)み、これで「よし」としてしまいます。人間の愚かさは、未来を語らず、今の苦行に不満や愚痴を洩らす事です。
 ここに人間の信念と、修行の関係が密接に関わっている事に思い当たります。
 わが流の門を叩くのであれば、過去の経歴等一切捨てて、白紙になり必要があり、素直で素朴な心で対処しないと、入門しても途端に激しい拒絶反応に遭ってしまいます。



Q13. 現在、「内弟子制度」の籍を置く、門人の方々はどのような稽古と研究をしているのでしょうか。

A13. 内弟子の日々のけ研究の一コマを紹介しましょう。
 さて、日本武術における《武芸十八般》と云われるものの中には、「弓術、馬術、槍術、剣術、抜刀術、短刀術、手裏剣術(飛礫術を含む)、薙刀術、砲術、柔術(江戸中期になって、斧術に代わり付け加えられる。拳法を含む)、捕手術、棒術(杖術を含む)、袖搦(「そでがらみ」の意味を持ち、「もじり」を顕わす)術、十手術、含針術(吹矢術を含む)、鎖鎌術、水泳術、隠形(「しのび」といい、隠形の、呪術によって、身を隠す事を指し、これを隠行法と言うが、真言の行者が、自己の姿を隠して身を守るとされる呪法で、この場合、摩利支天(まりしてん)の印を結ぶ)術」があり、これを武芸十八般と称しました。総べて、各々は武器と密接な関係を持っています。

 したがって武術を学ぼうとすれば、少なくとも以上の中から、最低「六種類以上」を選択しなければ武術の真髄は分かりません。この武術のうち、西郷派大東流が実戦に採用しているのは、剣術、柔術、拳法、棒術、杖術、手裏剣術、槍術、薙刀術、吹矢術、飛礫術(つぶてじゅつ)の十種類の術であり、これを総称して「合気武術」と呼んでいるのです。したがって古来より、日本に於ては“合気”を孤立した名称で呼ぶ武術儀法は存在していませんでした。

 例えば剣術を修行しようと思えば、木刀や日本刀を遣うだけではダメで、日本刀の「目利き」も必要になって来ます。刀の良し悪しが分からずして、剣術も何もありません。また、試し斬りをするには、日本刀の研究が必要です。どういう「反(そ)り」が適当で、「重(かさ)ね」や「身幅」はどういう物がいいか、自分の眼で見て、扱って、経験を積んで行かなければなりません。こうした観察眼を持たずして、試し斬りも、据物斬もないのです。

 腕(かいな)も、相当に鍛え直す必要があり、肩の筋肉を落とし、鎖骨部分は骨と皮だけにして、尺骨と橈骨(とうこつ)の腕部分は断面が縦長の楕円型で、側面から見れば「ヘラブナ形」の腕を創り上げねばなりません。剣道家のような、断面が真ん丸の腕では、日本刀を扱う事は出来ません。
 1.2kgの八角素振用木刀を、毎日朝晩五千回、一万回と振り続けねばならないのです。

 今まで、先入観と固定観念で汚染された、弛(ゆる)みぱなしの間違いだらけの体躯は、あらためて改造し直さなければならないのです。バーベルや鉄唖鈴で鍛えた、中年期以降は無駄になる外筋の弛んだ筋肉は、綺麗(きれい)さっぱり削ぎ落とし、あらたに内筋を鍛え直さなければならないのです。
 つまりこれまで、筋力やスピードだけを目当てに外筋武道を練習して来た人は、“合気”には不適当な、外筋のみの養成になっていて、これを一旦削ぎ落とし、総べて「0」にして、再び内筋修練の「1」から、基礎固しなければならないと云う事なのです。


1.2kgの八角形素振り木刀を、毎朝毎晩五千回、一万回と素振りをし、徹底的に基礎固をする事が、内弟子の日課である。しかし、素振りも、試し斬りや据物斬が出来るような次元に達すれば卒業であり、もうこれ以降、素振りをする必要は無くなる。完成するまで徹底的にと言うのが、わが流のモットーである。


 剣術の基本業を教わろうとすれば、根本的な、基礎の基礎から徹底的に研究し、自身の躰(からだ)を遣って、地道な稽古すると言うのが、わが流の指導方針であり、こうした基礎課程を飛ばして、いきなり日本刀を握って、試し斬りに及んだり、「太刀古式之型」や「真剣之申合」の西郷派大東流独特の剣技だけを教わると言うことはあり得ないのです。何故ならば、例えば剣道式の外筋競技武道で練習して来た人は、「茶巾絞り」が正確でなく、この状態で、いきなり試し斬りをすると、「剣筋」が不安定なので、刀を曲げてしまうと言う「みっともない現象」が起こります。

 刀は、映画やテレビの時代劇で見るような、「折れる」という事はまずあり得ず、飴の棒のように「曲る」という代物であり、だからこそ、曲げない為に剣筋を糺(ただ)し、素振りを五千回、一万回と正しく、正確に繰り返すのです。またこれば、実際に抜刀術を行う際に、技を掛ける時のイメージに繋がり、事前と動きを滑らかにするのです。
 したがって基礎固を軽く見たり、基礎の不充分な者に、わが流の儀法を、教わる資格はないのです。

 また手裏剣一つの、「打ち方」を教わるにしても、手裏剣の造り方から学んで行き、一切の基礎固と、その智慧(ちえ)を把握して、漸(ようや)く手裏剣術の稽古が許されるのです。下積みの苦労や基礎固の不充分な者は、技一つ教わるにしても、教わる資格が発生しないのです。
 「教えを乞う」には、教えを乞うだけの人格と品格を有し、素直で、謙虚で、素朴な心がなければ、儀法の吸収力も小さいし、また、段階を追って進んで行く過程に、無理が生じ、基礎固の不充分が災いして、挫折して行く事になります。

 わが流では、「極意の伝授」イコール「基礎固」と教えているのです。極意が知りたければ、徹底的に基礎固をし、あらゆる下積みの仕事も喜んで出来るようにならなければ、極意の修得には覚束(おぼつか)ないのです。物事や事象の根本を見直す考え方が必要なのです。


研ぎ上がった手裏剣。試し打ちを繰り返しながら、細部の微調整をして打ち易いようにして仕上げをする。


 また、柔術の儀法を教えて貰おうとすれば、まず受身一切(前受身・後受身・横受身・後回転受身・前方回転受身・前方回転飛び込み受身・横並び5人以上の「人垣飛び」による前方回転飛び込み受身)が出来なければなりません。次に、巧みな掛かり稽古を自他共に修練し、百回、二百回……千回と、これを連続できなければなりません。
 受身の出来ない者に、投げ技を指導するのは危険であり、基礎の基礎が十分にで来て、やっと教えて貰うというスタートラインに立てるのです。これには多少の体力と精神力が必要です。

 捌きが出来なければ、躰捌きをする事が出来ず、また「転身」の意味も分かりません。転身が理解できなければ、日本刀等の刃物で斬り付けられた際、これを躱(かわ)したり、あるいは相手と無手で対抗する基礎的な手段を失います。対抗する手段が失われれば、実戦では、ただ斬られるばかりの哀れな敗北者に成り下がります。

 更に、柔術の極め技や固め業、踏み技などの儀法を教えて貰うには、まず、宗家先生の入浴の際のマッサージで、人間の骨格を学ぶ必要があり、あるいは入浴後の「足揉み」などを通じて、ツボの捕り方を学んで行かなければなりません。マッサージの奉仕で得する事は、宗家先生が、「そこは、どういう効果のあるツボ」とか「そこを抑えられると息が出来なくなる」とかの、こうした次武術で最も重要な「必勝点」を、思わず洩らしてくれる事です。近侍者(きんじしゃ)の「役得」と云いましょうか……。
 そして、徹底して十四経絡や、人体の骨格の造りも把握しておかなければなりません。

 こうした事を毛嫌いし、「自分はマッサージが嫌いだから」とか、「整体術には興味がない」などと横着すれば、折角の、人体の骨格を知る上での絶好のチャンスを逃がす事になり、更には、宗家先生の骨格の構造を調べる好機を逃す事になってしまいます。上級者の特異な体躯は、徹底的に調べ、徹底して研究する必要があるのです。

 「先達」というその所以(ゆえん)は、凡夫には想像もつかない苦行と難行を積み上げ、それが「先達」と呼ばれる所以です。先達を理解する為には、先達の肉体的構造がどうなっているか、徹底的に調査する必要があります。この構造を調べ上げる絶好の機会が、浴槽内での上半身マッサージであり、また就寝してからの腰揉みや脚揉みなのです。しかし、マッサージが嫌いで、腰揉みや脚揉みが嫌いでは、「嫌いだらけ」の中から、一体なにを学ぼうとするのでしょうか。何の為の近侍者でしょうか。

 「マッサージが嫌い」あるいは「整体術は自分の趣味でない」という言い方をすれば、その人は本当の修行者の意味が全く理解していないばかりか、心の裡(うち)では意識的あるいは無意識に関わらず、「いいとこ取り」を企んでいると、疑われても仕方ありません。
 「下積みを経験する」とか「何とかして盗んでやる」といった執念や信念が欠けていたら、修行はそこで挫折します。「薪水(しんすい)の労を取る」という事も、理解できなくなってしまいます。

 また、不満や不平ばかりが先行して、入門金や月謝を取られた上に、「女中のような仕事をさせられている」とか「下男のような下働きをさせられている」と言うような、考え違いが激しくなり、本当の修行の目的を見失います。

 まず、修行者の態度は、「薪水の労を取る」という謙虚な気持ちに帰って、「内弟子を経験する」という人間の行為を顧みて下さい。また、「拝師(はいし)の礼」という意識も、思い返して見て下さい。謙虚さを忘れれば、内弟子修行もこれまでです。
 「師」在(あ)りて、「学びたい」という意識が起るのではないでしょうか。これが「入門」と言う行動律に繋がるのではないでしょうか。

 学徒が、身分の師を認め、師もまた学徒に、自分の膝許(ひざもと)に置いて、学ぶ事を許すのは、古伝に伝えられる「拝師の礼」が在るからに他なりません。「学ぶ側」と「教えるが側」の意思表示の疎通(そつう)が叶い、ここで初めて「拝師入門の礼」が結ばれるのです。
 自らの師匠に対し、古人の仕え片と言うのは、今日の現代人が想像する以上に緊張を要するものであったのです。しかし今日は、内弟子と言っても、その緊張の度合いは、全くの桁外(けたはず)れです。

 ここに、その時の拝聴(うかが)った、幾つかの例を示しておきましょう。
 陵武学舎の一日は、夏時間は午前五時半から、冬時間は午前六時から始まります。20分ほどの早朝ランニングを終えた後、直ちに道場内外の清掃に入ります。
 また宗家先生の朝の洗面には、手拭いや歯ブラシ一式の用意をして介助をし、陵武学舎では一日二度(朝食は湯呑み一杯の野菜ジュースのみで、昼食ならびに夕食のみの二食で、昼食を「斎」(とき)とする正食、夕食を薬石(やくせき)として軽い粥を取るのを副食とする)の調理を含む、食材の買物や、用意ならびに給仕を担当します。掃除の一切。その他、着替えの介助。外出の際の共。随伴時には原則として左後ろを歩く。道中の際の気配り。帰館してからの風呂沸かし。入浴の際のマッサージや、風呂上がりの介助。腰揉みや脚揉み。床の用意。日常行動に一切に亘り、気を配る事を日々の日課とするのです。

 このように、常に師匠に随伴(ずいはん)し、近侍(きんじ)して介助をするのですから、どんな頑張り屋でも、三日も勤めると、かなりの疲労を覚えます。何から何まで気配りをし、その上、今度は自分が食事をする段になると、冷えた粥(かゆ)に、冷めてしまった汁物を啜(すす)る事になります。冷めているからと言って、暖め直す事は許されません。まさに「冷や飯食い」とは、この事です。
 そして「内弟子とは何か」と言えば、師匠に近侍して、「薪水の労を取る」というのが、内弟子の役目であり、作法なのです。

 もっとも、こういう作法の存在を知り、初めて耳にする人は吃驚(びっくり)するようですが、本来の修行の意味は、こうした基礎の基礎を正しく確立させ、人間としての出発の基礎固をしてから、初めて「教えを乞う」ことが出来るのです。
 内弟子の日々は、教えを乞う為の、下積みの修行の連続であり、これを飛ばして経験や体験もする事なく、「いいとこ取り」は、わが流では絶対に許されないのです。したがって最初から「いいとこ取り」の魂胆のある者は、僅か三ヵ月間の仮入門の期間に挫折して行きます。また、下積みを嫌い、仮に在籍していても、ただ長く在籍しているだけで「一切教えてもらう」ことはないのです。

 これは何も、武術や武道の世界の作法と限ったものではありません。芸道の世界も、芸術の世界も、みな内弟子と名の付くものは、こうした下積みの体験を重ね、師匠から叱責を受けて、少しずる修行するに相応しい「真人間」に近付いて行くのです。
 また、師匠の叱責は一つ一つに理由があり、文句を付けて、内弟子の上に君臨する事を臨むものではない事は明らかでしょう。内弟子と言うのは、「教えて貰う資格」を得る為に、常に、自分の行いとその心が、師匠から試されているのです。自分の気付かない所や、見逃している所を、鋭く観察されているのです。

 地道に研究と努力を、苦労しながら励む者は、喩(たと)えその者に、過去に運動経験や武道経験がなかったとしても、そんな事は問題にならず、少しずつ進歩して行きます。逆に、過去に生半可な武道経験があり、それを自慢し、優越感の固定観念や先入観に振り回されている者は、苦労しながら、地道な下積み修行を嫌う為、それ迄止まりになってしまいます。

 「兎と亀の競争」からも分かるように、足の早さをひけらかす兎よりも、コツコツと日々の精進を積み上げる亀の方が、最後は怠けている兎の足を追い抜いてしまうのです。
 世の中の評価は「結果」のみです。結果の出方が、その人の評価になります。その過程において、如何に頑張ったかと言う事は、全く問題にされません。どんなに努力を重ね、苦労に苦労を重ねたとしても、結果に辿り着けなければ、その人の評価は全く問題にされないのです。