ストーカー対策 1






ストーカー事件は何故起こるのか

 狂気の「いびつな愛情の形」として、ストーカーが上げられます。

 まさにストーカーは狂気に駆り立てられた人物像が浮び上がります。ストーカーの背後には満たされる事の無い支配欲、異常な執着心と、依怙地
(いこじ)な「こだわり」による逆恨み、あるいは現実と幻夢を取り違えた現代社会の恥部に襲い掛かる表現型がストーカーなのです。

 そして彼等に一旦目をつけられた瞬間から、震え上がるような
「サイコ・ホラー」があなたの日常生活を無慙(むざん)に侵触し始めます。

 いま狂った愛情が、妄想と言う感情に載せて、世界中を覆い始めました。愛情とか、妄想とか、感情には国境がありません。
 日本は、急速な勢いでアメリカ追従を行ない、その生活様式は極めてアメリカ的なものが持て囃
(はや)されています。
 したがってアメリカで起こっている事は、やがて日本に反映されて、アメリカ並の恐ろしいストーキングの幻夢が、既に日本でも表面化され始めました。

 私たちの周りには、いろいろな危険が取り巻いています。
 もし、自分の生命が危機に直面した場合、あなたはそこから脱出する
「術」を心得ているでしょうか。
この
「術」をマスターしておくのと、そうでないのとは、結果的に雲泥の差が出ます。常日頃から、こうした非日常に対し、「備え」が必要なのです。自分だけは特別であり、こうした不慮の事故や事件に遭遇しないと安易に考えない事です。

 しかし多くの人は、こうした備えもなく、心構えもなく、自分だけは特別であり、こうした
「危険な局面には遭遇しない」といった安易な考えを抱いています。
悲劇とは、実はこうした安易な考え方から派生するのです。
 備えて下さい。非日常が、あなた自身に起こるかも知れないと……。




●秩序が崩壊しつつある現代社会をどう捕えるか

 1980年12月8日、突然世界を震撼(しんかん)させる事件が起こりました。元ビートルズのメンバーの一人だったジョン・レノンが、ニューヨークの自宅のアパート前で、熱狂的なファンのマーク・デビット・チャップマンの兇弾(きょうだん)によって斃(たお)れるという事件が起こったからです。
 この衝撃的な記憶は、私達の脳裏に、まだ生々しく残っています。

 また、1996年1月、アメリカのスーパー・スターのマドンナが、かねてから殺すと脅(おど)かされ、付き纏(まと)っていた男が、ハリウッドの邸宅で不法侵入として警察に逮捕されました。このように偏執的に付き纏う、ストーカーによる犯罪は増加の一途にあります。これは日本とて、これは例外ではないのです。

 こうした不慮の事故に対する防衛策や防禦策も、普段から予期して、自分が特別な人間ではなく、いつでも事件や事故に巻き込まれる可能性があるのだという、認識しておく必要があることを忘れてはならないのです。
 不慮の事件や事故に対して、「備え」は常に万全でなければならず、これを怠ってはならないのです。自分だけは特別だと安易に考えない事です。

 「護身」とは、不法な暴力から身を護るだけではなく、その他の危険に対しても、「生命の安全」をはかる事を意味します。そして、私達の身の周りには、いろいろな危険が取り巻いています。

 特に昨今の、世の中の混沌(こんとん)とした状況と、そこから発生する不穏な動きは、既に日本という国が、徐々に秩序を失いかけているという現実を雄弁に物語っています。
 もし、自分自身の生命に危険が及ぼうとした場合、直ちにそれを回避し、あるいは制して、そこから脱出する「術」を身につけていなければなりません。

 この「術」を習得しているのと、そうでないのとは、その結果として雲泥の差が生じます。
 しかし多くに人達は、自分は特別であり、こうした「危険な局面」には遭遇しない!と安易に考えています。
 悲劇とは、こうした安易の考えが招いた結果だと言えましょう。

 そして現在の警察庁の防犯白書によりますと、ストーカー被害は年々増え続け、日々悪質化の傾向にあり、急増するこうした犯罪に、警察の防犯対策や、具体的なキメ手は皆無であると報告し、現実問題として、今日の司法や行政機構では、具体的な防衛対策を持っていないと言うが現実のようです。

 今日のマスメディアの発達は、それまで手が届かなかった人達を、ごく身近に感じさせ、一方において、これを巧みに利用した犯罪が急増しています。交通機関の発達で、世界は短時間で、簡単に行き来できるようになり、自他の距離感が益々縮まり、かつて遠かった外国という意識は消滅し始めています。暴力もこれに伴い、外国からの勢力が忍び寄り、私達を柔躙(じゅりん)し始めました。そしてこれらの犯罪を包含した魔の手は、私達を征服し、家畜化して、支配しようと、限りない暴走を繰り返し始めました。

 街には不穏な動きの暴力と共に、精神異常者や覚醒剤患者が、開かれた精神病院と言う名目と人権擁護の立場から、野放しにされて溢れ返り、武器を使った凶悪犯罪が多発するようになりました。また、そうした犯罪に関与する年齢層も、年々低年齢化し、青少年犯罪がウナギ上りの勢いで増え続けています。
 そして昨今の特長は、青少年の性格粗暴者が急増していると言う事です。昨今、凶悪犯罪が急増している背景には、こうした青少年の性格粗暴者が関与していて、それが年々低年齢化していると言う事なのです。



●プライバシーに侵入する現代社会の構造

腕を逆に穫れば、相手を簡単に吊り上げる事が出来る。

 現代社会は情報過多といわれる時代で、情報が大量に氾濫しています。したがって個人情報などは、簡単に入手することができますし、相手の電話番号を調べるにも、労なく調べる事が出来ます。

 また住民票閲覧にしても、役所が豪語するほど厳重なものではなく、簡単に、情報業者に頼めば、幾らでも入手する事が出来ます。
 その上、住民台帳のコンピュータ登録化もあって、こうした情報は、お金を出せば幾らでも買えるという、巧妙な闇体制が出来上がっています。知らぬは大衆という無知な庶民ばかりであり、こうした裏社会が現実に存在することを安易に否定してしまいます。聾桟敷(つんぼさじき)と言いますか、世論操作と言いますか、こう言うのを衆愚政治というのです。

 こうした衆愚政治で世相がコントロールされる中、陰湿なストーカーが新たな個人情報を入手して、獲物になる被害者を物色しています。情報化という現実の中で、「寄生愛」という現象が起こるのも至極当然であり、そう考えると、人倫が乱れ、世相が混沌とする現代、老若男女に限らず、多くの人がストーカー的な要素を持っていることが浮き彫りになってきます。

 上は内閣調査室や内部警察機構という国家権力が、下は寄生愛に生き甲斐を感じるストーカーや、ストーカー予備軍が、常に虎視眈々(こしたんたん)の、個人を監視し、隙(すき)あらば、根こそぎその息の根を止めようとしているのです。
 私達は、こうした情報化社会の歯車の一員であって、不都合が起これば抹殺される運命にあります。
 そして今、世の中はアメリカの持ち込んだ欧米主義の真っ只中にあり、男女の愛の形も、欧米を模倣したものに成り下がってしまいました。

 ストーカーとは、欧米を模倣した民主主義の申し子であり、民主主義の基本的人権は、ハッキリ言えば悪しき個人主義であり、個人のエゴイズムが自己本位の人間を作り上げ、作られてしまった陰湿な人間像が、すなわちストーカーだったといえるのです。戦後のアメリカ追従の経済政策と、誤れる民主主義の模倣が、今日の青少年を畸形化(きけいか)した改造人間に仕立て上げてしまったのです。

 さて、そもそも男女間に存在する「恋愛」とは何でしょうか。
 日本には古来より、「忍ぶ恋」という、『葉隠』はがくれ/山本常朝の口述書)に書かれた美しい人情の機微がありました。ところが戦後アメリカから、求愛型の恋愛術が日本に上陸しますと、その「愛」の形が総てが、恋愛至上主義に傾き、恋愛こそ、人生において最高の人生のテーマと考えるような畸形(きけい)が発生したのです。
 そしてその畸形は、肉食主義と共に、性腺(せいせん)を異常刺激して、早熟なる青少年男女を培養してしまったのです。過剰な動蛋白摂取は、人間の性腺まで狂わせ、異常性欲者を急速な勢いで製造しているのです。

 その結果、一方的な自己本位の「寄生愛」なる奇妙なものが登場に及ぶという事態を招きました。
 ストーカーの実態とは、こうした社会背景と、食生活の欧米型が招いた結果でした。

 また「寄生愛」は、最初は相手を思い慕う「思慕の念」から始まった現象ですが、いつの間にか、受け入れを拒否されることによって、「憎しみ」に転化し、「あいつが不幸にならないと、自分は幸福になれない」というような、畸形から生ずる、逆恨みから精神分裂状態を起こした結果だと言えます。

 そして多くの現代人は、戦後の民主主義の中で、デモクラシーを満喫し、個人主義を謳歌(おうか)し、一方で平等を論(あげつら)っているのですから、この両者は真っ向から対立し、その板挟みとなって、「自己本位」という今日の青少年像が誕生したのでした。そして大半の青少年は、自己本位で短絡的な、弱い精神状態で育てられていますから、自制心がありません。

 そのため、ストーカーの畸形な意識は、貪欲であり残忍で、「逆恨み」から、一方的に付け狙われて、付きまとわれた挙句、一種の思い込みから、殺されるという事態に発展することもあります。

 ストーカー(stalker)とは、「特定の個人に、異常なほど関心を持ち、その人の意思に反して、跡を追い続ける者」という意味で、敵や獲物にそっと忍び寄るという、英語のstalkから来た言葉です。
 この一風変わった社会現象は、肉食主義のアメリカで発生し、1990年代後半頃から社会問題化し、その行為は「ストーキング(stalking)」として、アメリカでは年間20万人もの人が被害にあっているそうです。

 これは一種の性犯罪として、日本でも急速に増加する傾向にあり、しかし警察の、ストーキングに対する捜査技術は非常に未熟であり、ストーカーが惹(ひ)き起した傷害事件や殺人事件でも、今日の警察資料では一般の傷害・殺人事件として同じように扱われ、ストーカーが齎したストーキングという背景は、殆どマスコミの報道機関で報じられることもなく、闇から闇へ葬られるというのが今日の司法当局の実情です。

 そして被害者に若い女性が多いというのは、とりもなおさずストーカーは男であり、男の一種の「寄生愛」が、いつの間にかバーチャル恋愛に変化した結果、そこで繰り広げられるのが男側の自己本位の独占愛が、憎悪となって表面化したものなのです。

 そもそも、「街である時、あの娘を見掛けた。いい感じの娘だ……」「何となく可愛い……」「可愛らしくて、好きになってしまった」「ああいう娘が僕のお嫁さんになったらいいな……」などの一目惚れは、最も純粋な愛の形でした。こう言う意識と感想を持つことに、これは誰にも止められないし、またそれを止めさせる権利もありません。また好きになった相手のことを、出来るだけ多く知りたいという考え方も、人情であり、最も自然な感情の一つです。

 ところが問題は、ここから先にあります。
 個人主義を謳歌し、自己本位で短絡的な考え方しか持ちえない現代の青少年にとって、社会常識に照らし合わせて、遠くから好きな相手をそっと見つめているだけという、日本古来からある日本流の「忍ぶ恋」的な恋愛術に満足できないために、最も手っ取り早いアメリカ流の恋愛術(愛イコール性交遊戯)を展開して、ついには独占愛が旺盛になって、「あいつは誰にも渡さない」という意識が芽生えて、ストーキングという行動に駆り立ててしますのです。
手根骨には8個の骨が並んでいる。
 この骨を動かす事によって、暴力を封じる事が出来る。


 欧米人と日本人はその思考において、本来は根本的に異なっていました。

 欧米の歴史は、「自分の欲しいものは力ずくで奪う」したがって「力は正義」という思想が、彼等の歴史の中であります。その最たるものが植民地主義や帝国主義でした。
 彼等、欧米の民族の歴史を変化させた原動力は、人間の持つ欲望にままに生きることでした。支配者は、その地位を永遠に保ち続けることにより、誰よりも満足感を覚えるものです。したがって意識の深層部に、何者にも侵されたくないという観念があり、これを守るために武装するという考え方が、やがて拳銃を誰もが所持するという結果を招いたのです。今でも、この考え方は根強く残っています。

 国家や民族間の闘争も、その動機は欲望です。近代における富の形成は、資源・食糧・宝石や貴金属・工業製品・労働力.領土、そして異性間のセックスの対象である美男美女です。支配者の潜在的欲望が、これまでの既存の支配領域で満足しているうちはいいのですが、これに満足を覚えなくなると、最も手っ取り早い方法として、自国の軍事力を駆使して、近隣の国家や他民族に攻め入り、征服して、富の独占を効率的に行うというのが、そもそもの植民地主義や帝国主義の始まりであり、欧米人はこうした考えか方に基づいて、歴史を動かして来ました。これが弱肉強食主義です。

 古代から現代に至るまでの欧米人の歴史を見てみますと、その歴史は侵略戦争の歴史であり、国家群の浮沈はこの戦争という、強奪の中にその残忍性が克明に記されています。十九世紀にかけて、こうした思想がアメリカの砲艦外交(ペリーの黒船外交)によって展開されます。
 明治維新以降、日本に入って来た欧米の植民地主義思想は、これに習って、大日本帝国と言われた頃の日本政府の考え方が、中国大陸侵略や、東南アジア進出に反映されます。日本も侵略によって近隣諸国の富を、政治力と武力で奪い、自国の軍事力を駆使して、手っ取り早く奪い取る方法を、実は欧米から学びました。

 こうした延長線上に、現代の日本人の個人意識と自己本位の思考が働き、バーチャル恋愛の「愛欲の個人的独占」という、欧米指向型の寄生愛が発生したのです。

 本来、恋愛というのは、双方の心と心が惹(ひ)き合って、互いに反応しあい、これが恋愛に結びついて行くのですが、近年は、最も手っ取り早い方法として、自己本位に、好きになった異性は、相手の気持ちの有無を聞かず、いきなり独占してしまうという方法が遣われます。
 まさにこれこそが、恋愛の植民地主義であり、帝国主義なのです。日本人は、恋愛においても、いつの間にか、こうした欧米型の植民地主義的かつ、帝国主義的な思考法を選択し始めたと言えるのではないでしょうか。

 力ずくで、強引に、何が何でも奪ってしまうという遣り方は、まさに「愛欲の個人的独占」という思考法であり、自己本位という発想法から出ています。
 そして陰湿な男の場合、こうした強引な遣り方を、相手側の女性から、何らかの形で、拒絶された段階から、ストーキングが始まります。
 こうして陰湿な寄生愛が発生し、その行動は、手段を選ばないものになっていきます。

 嫌がらせ電子メール、嫌がらせの手紙、電話での脅迫、深夜の無言電話、盗聴、覗き、盗み撮り、待ち伏せ、深夜ドア・ノック、執拗にインターホンを鳴らす、窓ガラスを割る、家宅侵入での暴力、雨戸付近で小さな声で囁く、果ては、これがこうじて殺人にまで及ぶこともあります。