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西郷派大東流と武士道

武の道は、“道に頼って生きていこう、栄えていこう”というものではない。こうした依頼心が旺盛な気持ちでは、到底、本当の道が分からない。また、「道に行(ぎょうじ)じて行く」意味が本当に分からない。

 武門の教えは「道」である。「死を致す道」である。
 この道は、道と一緒に死ぬのだ、道と倶(とも)に滅びようと決意するとき、まじめて道は、人を生き返らせる。武門の「礼」と、その根本をなす「食」は、実は力ある生活をいうのである。

 「力ある生活」は、本当の努力と言うものを示唆してくれる。真実の奮闘と言うのは、この中にある。それが武門の「礼」であり「食」である。


■武門の礼法と食事法■
(ぶもんのれいほうとしょくじほう)

●武家の食事と、その作法

 人が食事をする時、その姿には、その人の育った家庭環境や、父母の躾(しつけ)が如実に顕(あら)われるものである。
 食事をする時の作法においても、あるいは食思想に関しても、これまでの一切の環境が克明に顕(あら)われるものである。その育ちまでが顕れる。そしてその背後を司る、教養面までもが顕われるのである。「食」一つで、その人間の全人格が表出する。

 武術の修行と「食事」とは、何の関連性もないと考える人が多い。「食」と「武」の共通点を、探しかねてしまう。無関係だと思ってしまう。そして「食」を蔑(ないがし)ろにする。

  しかし、人が食事をする時の「姿」は、その人の育った環境や、家庭での親の躾(しつけ)の程度が克明に顕(あら)われるものである。いわゆる「お里が知れる」と言う事だ。「礼儀」の知らない、親から家庭教育を施されなかった人間ほど、この現象は顕著に現れる。特に武門では、礼儀知らずを嫌った。
 そして武門の家では、食事の作法を一種の武術修行に結び付け、食事こそ、人格や品格の顕われる最たるものと考え、これを疎(おろそ)かにしなかった。コメの一粒までも、大切に扱った。食べ物は、「命の化身(けしん)であったからだ。

静坐。これは武門の礼法の基本動作である。「坐する」ことは、行儀作法の面のみでなく、健康法としても極めてその高臥が大きいのである。それは腰骨の上に、脊柱を垂直に立てる為である。
 また、静坐は単に坐るという「静」の状態を表すのでなく、「動」に転じる、その、まさに移行を示す動作でもあるのだ。日々戦場という思想が、こうした静と動の行動律をもたらしたのである。したがって食事に当たっても、それは日々戦場の心構えから生まれた、部門の礼法であった。

 食事は単なる栄養補給ではない。したがって武門の家では、質素(しっそ)を旨とした食事の字を「食餌(しょくじ)」という字に当てた。
 つまりこれは、食餌を単なるエサの補給ではなく、謹んで自分の天地を結び付ける「むすび」の行事と考えたのである。天地の間には、人間がいて、人間は天地の恵みによって生かされているのである。この生かされる「他力一乗(たりき‐いちじょう)に天命を観(か)じ取っていたのである。ここに学ぶべき、多くの事が存在することを識(し)っていたのである。
 したがって武門では、食事をすることすら、修行の一貫と考え、これを厳しく稽古したのである。

 多くの人が考える食事と言うのは、三度三度の食事の中で、日常やっているのであるから、改めてこれを稽古する必要がないように思われるかも知れない。しかし、昨今の実情を見ると、既に若者を中心にして、「正しく箸(はし)が遣えない男女」が多くなり、その不正確さは、日本贔屓(びいき)の外国人より酷いものになっている。

 現に、箸をスプーンのようにしか使えない日本の成人女性は幾らでもいる。教養のほどが疑われても仕方がない若い女性は、昨今では、実に多いのだ。
 食事の作法の中には、これまでの“自分の教養”が顕われるので、よくよく注意したいものである。“物”ばかりにこだわらず、物質至上主義に振り回されて、一点豪華主義の高級ブランドで身を包むよりは、こうした教養面を高めるべきであろう。

一杯の玄米ご飯。それは日本人の「食」の集約である。

 さて、食餌法は四季折々の旬(しゅん)の物を摂り、この食事こそ、味覚的にも、感覚的にも、それを正しく頂くことが世界に冠たる健康食と言えるのである。薄味にし、添加物や化学調味料の入らない、出来るだけ自然食に近いものを目指し、正しい食餌法を学ぶべきである。こうすれば体質の悪さからの脱出が出来、伝染病下でも感染せず、健康な体躯(たいく)を取り戻し、優れた体質として、これを死ぬまで維持する事が出来る。

 人が、どういう育ち方をし、また、どの程度の文化的内容を持っているか、健康か、不健康か、偏食の有無や、間食の習慣の有無が有るか無いかは、一度食事をさせてみれば分かる事である。そして、その人の思考や、頭の中の程度まで一挙に分かってしまうものである。そして食事は教養と表裏一体の関係にある。

 食事の仕方など、習わないでも分かっていると豪語する人に限り、箸の先の、どの位の部分を遣(つか)っているか、あるいは口運びしているか、また、その咀嚼法(そしゃく‐ほう)等を見てみると、こういう手合いが、如何にいい加減な食事をしているか、一目瞭然となる。また、教養に乏しく、食事の摂(と)り方の手順を追うと、動物のそれに近いものがある。

 一般に食事の作法と云えば、西洋流のナイフにフォーク、スプーンにナプキンの扱い方と云った事を連想する向きが多いが、料理学校や食事マナーの研修会などでは、その多くが西洋料理、特にフランス料理に関しての洋食文化のマナーであり、日本人が古来より連綿(れんめん)と培って来た食養道については、殆ど指導されることはないようだ。
 洋食マナーは不必要とは言わないが、食思想と食体系の順序から云って、まず日本古来の食養道を学ぶ事が急がれるのではないかと思う。

 そして欧米食の基本は、ナイフとフォークに集約されるが、 この使い方を見てみると、例えばステーキなどの食肉を食べる場合、フォークで食肉を抑え、それをナイフで切り割(さ)くという行為は、肉食獣が草食動物を前足で押さえ、それを食いちぎるという行為に酷似している。
 つまり、西洋式マナーの多くは、肉を食べるための行為から始まり、「上から押さえつける」という肉食獣的な動作や所作が多く見られるが、日本式の食事法あるいは東洋の箸遣いの食事法は、「下から救い上げて、箸先でつまむ」という動作が、その中心となっている。

 この二つの食事の行為を見ても、その根底に流れる食思想は、洋の東西では異なっているといえよう。
 つまり、東洋では「食べ物を有り難く頂く」という所作に代表されるが、西洋では肉食獣のように、「押さえ込み、それを強引に喰らい込む」という動作が食事の思想であり、洋の東西では、食生活にもはっきりとした違いがある。

あなたは、長さ33cmの長さの竹の「菜箸(さいばし)」を握って、油の中に入ったビー玉を「箸先五分」で摘まみ上げる「指の力」と、箸遣いの指の正しさを表現する、こうした「正しい箸遣い」が出来るだろうか?!

 指の力の弱い者や、指先を充分に動かせない者は、長箸で、油に入ったビー玉を摘まみ上げる事が出来ない。それだけ指先が退化していると言うことになる。

 人間の「動き」は末端から起る。総(すべ)ての四肢は、その「動き」が末端から発せられるものなのである。足運びは、足の指の「爪先」の起動から始まり、手の動きは「指先」の動きから始まる。この「先端が動く」ということを安易に見逃してはならないのだ。

 つまり、「箸遣い」の上手下手は、手の指と密接な関係があり、手の指は脳と密接な関係を持っている。頭脳明晰の有無は、手の指が上手に動くかどうかである。そして「指の力」が、脳の働きと連動している。

 食餌法(食事法)には、武門の作法の心得があり、往古の武人と云われた多くは、箸を「五分先」で遣(つか)っていたと言う記録がある。

 五分先とは、箸先・先端の「約1.5cm」のことで、この部分で食物を掴み、皿に載せ、あるいは茶碗に運び、更には口へ運ぶと云う事を遣っていたのである。また、これは相当な「指の力」がいることも事実であり、鍛練によってこの状態に至る。
 そして箸遣いのタブーは、回し箸、迷い箸、こみ箸、探り箸、移り箸、ねぶり箸と云って、いずれも見苦しい箸遣いであり、武門ではこうした箸遣いをする者は、非常に賎しまれ、蔑まれたのである。

 武術修行は、指先と無関係でない。指が動くということは、躰全体が動くということである。
 つまり先端が動くということが、全体を動かす原動力になり、人間の動きは末端から始まると言うことである。これは何も人間だけでない、総(すべ)ての生物は、末端である触手を動かすことによって全体が動き、移動が可能になるのである。
  例えば、象は鼻で何かを持ち上げるとき、鼻先を巻くことにより物を持ち上げることが出来る。海の中では、蛸(たこ)が獲物を捕らえるとき、足先の先端から獲物に巻きつき、それを捕獲する。蛇が獲物を捕獲するときも、尻尾の先端から巻きつき、獲物を締め上げ、窒息させて、やがて飲み込むのである。

 あるいは女郎蜘蛛などが、獲物を蜘蛛(くも)の糸で捕らえる際も、足先の触手をうまく動かし、くるくると巻きつけるようにして、獲物を雁字絡(がんじ‐がら)めにし、捕獲するのである。これは植物にも見られる。
 例えば、「蔓(つる)」を持つ植物は、蔓先の触手を動かすことにより、物に巻きつき、自分の体を安定させていく。朝顔然りであり、胡瓜(きゅうり)や南瓜(かぼちゃ)などもそうである。
  こうした一連の動作は、総て先端が動けば、大きなものでも捕らえることが出来ると言うことを物語っている。

 したがって、人間の行動律も、手の指先や足の指先を巧みに動かし、そこから起勢が始まるということを物語るのだ。
 こうした動きを興亡の中に生かし、それを食事の作法と結びつけて、これを作法という行動律の中に包含したのが、「武家での箸遣い」であり、その原点は、実は食事をするという日常の動作の中にあったのである。

 さて、武士の食事の、主食の基本は玄米であり、町家のように白米は食べなかった。
 武士にあって、精白された白米は「泥腐る」ものであり、同時には白米摂取などは、「江戸煩(わずら)い」という言葉にもあるように、脚気(かっけ)に罹(かか)る者が多かった。

 これはビタミンB1の欠乏症のことで、末梢神経を冒して下肢の倦怠、知覚麻痺、右心肥大、浮腫を来し、甚しい場合は心不全により死亡する病気である。答辞は衝心(しようしん)とも云った。
 脚気は白米を主食とする地方に多発したのである。特に江戸時代の町家の豪商などは、こうした病気に罹りやすかった。
 当時、脚気は、「江戸やまい」という呼び名の他に、乱脚の気、脚疾、脚病、乱脚病、あしのけ等と云われた病気である。

 また、ものの本の記録によると、江戸に在住する武士は、心身を鍛えるためと、脚気予防に、玄米を主食とし、日本橋を出発点として鎌倉まで歩き、それを一日で往復したとある。今から考えれば、凄い行軍力を持っていた事になる。そしてこれだけの行軍力の裏には、玄米を主食にした脚(あし)の強さがあったのである。

(ふすま)を付けた玄米。職能民としての武士階級では、「玄米」こそ、最良のバランスの取れた栄養食であることを充分に把握していた。だからこそ、未精白穀物を食べ、ビタミンB1欠乏症で起る、当時「江戸煩(わずら)い」といわれた脚気を事前に防止し、また集中力が衰える精白米を食しなかったのである。

 玄米には、病気治療効果があり、また人体の生理機能を運営していく為に、最良の良質因子を包含しているのである。

 玄米は栄養学的に言えば、多くの利点を持っている。それは玄米が「生きた穀物」であるからだ。白米は畑に蒔いても発芽しないが、玄米は畑に蒔けば発芽するのである。発芽するというのは、玄米が「生きた穀物」であるという証拠でもある。
 精白米は玄米の有効成分を殆ど失った「造病食品」であり、既に述べた脚気はそれを代表をするものである。また、白米は食物繊維が少なく、便秘になり易い体質を作る。更に、動脈硬化や糖尿病を招きやすく、糖尿病や胃ガンは精白米常食者に圧倒的に多いのである。

 何故ならば、消化が良すぎて、食後すぐに血糖値が増加するからである。この為にインシュリンが脾臓から分泌され、血糖値を抑えようとするが、日に三度三度のこの繰り返しが、脾臓を疲弊(ひへい)させ、過労によって糖尿病になるのである。このとき、動脈壁のインシュリンも総動員され、動脈は脆(もろ)くなり、動脈硬化が引き起こされるのである。
 こうした意味で、白米は玄米に比べて、総ミネラル成分が半分以下であり、ミネラル不足によって慢性病体質を造る元凶になっているのである。

 古人の智慧(ちえ)に学べば、玄米の食べ方として、「屯食(とんじき)」なる食べ方があった。これは「おにぎり」のことであり、武家は屯食を造りこれを携帯食として戦場に持ち歩いた。また、戦国期以前は半農半兵であった職能民としての武士は、屯食なるものをつくり、この表面を焼いて、保存食にするという智慧(ちえ)を編み出していた。武士や農民にとって、屯食は戦場での命の蔓でもあったのである。

 そして屯食を食べる際は、よく噛み、一口入れて噛む回数は、50回程度【註】本来、咀嚼法には一二三(ひふみ)の食べ方である「一二三祝詞」がある)であったという。食べ物をよく噛むことは、“こめかみ”の筋肉を鍛えると同時に、“こめかみ”付近には海綿静脈洞があり、ここの血液は、噛むことによって脳を一巡し循環する働きを持っている。知性に富んだ人は、この筋肉がよく滑らかに動き、非常に発達しているのである。

武士の食事法・玄米粥の夕餉(ゆうげ)の膳。武士は、質素倹約を旨としたのである。玄米粥に味噌汁。香(こう)の物と言われる沢庵。茎もの野菜の煮つけと、昆布の煮つけ。

 現代人が深く認識しなければならない事柄は、「食事は単なる栄養補給」ではないことだ。
 霊的食養道から云えば、人が食事をする行為は、「自分と天地を結び付ける行為」であり、古神道の神事である神結(かみむす)びの「結びの行為」なのである。これこそが“祀り”の原点であった「直会(なおらい)」であったのである。

 古神道的に云うならば、「祀(まつ)り事」であり、一粒の米、一片の野菜、一滴の水などは、天と地の恵みが凝縮されたものであり、この恵みによって、人間は「天命によって生かされている」という現実があるのだ。

 いやしくも「武」を口にするのであれば、食事の作法の中にも、「道」が存在する事を気付いて欲しいものだ。ただ、荒々しく、猛々しいだけでは人格を形成できないのである。

 殺伐とした喧嘩三昧(ざんまい)に明け暮れ、ストリート・ファイターを気取ったり、喧嘩師のレベルで、武道や格闘技に明け暮れているのでは、何とも無味乾燥であり、こうした屠殺人(とさつにん)の類(たぐい)には、輝かしい未来などあろう筈がない。やがて喧嘩師も齢をとるのだ。晩年の「みじめ」を考えれば、「今」何をしなければならないか、当然、見当がつく筈であろう。
 現代という時代は、普段の「当たり前」を安易に見逃してしまう時代でもある。したがって、これを再点検するべきである。

 人と人が争う根底には「感情」というものが起爆剤になることが多い。
 『近思録』 (政事篇)には、「感慨(かんがい)して身を殺すは易(やす)く、従容(しょうよう)として義に就(つ)くは難(かた)し」とある。
 これは一時の感情にかられて命を捨てるのはやさしいが、淡々とした気持ちで、義を守って死ぬのは難しいと言っているのである。

 人間の行動律の中での愚行は、感情に趨(はし)り、これを起爆剤にしてしまうことだ。したがって感情に流されることなく、冷静な状況判断がいるのである。
 人間は、決断に際し、感情を交えたのでは、必ず、ろくな結果を招かないものである。怒りというのは、人間の行動におけるモチーフである。しかし、むき出しにした感情では判断を誤るのである。むしろ怒りというものは、肚の裡(うち)に秘め、これを根底に忍ばせてこそ、行動には迫力は生じてくるというものである。それを顔色に表し、一々爆発させていては、何の威力も持たないのである。感情の裡(うち)を読まれては、戦う前から敗れていることになる。

 さて、好戦的で傲慢(ごうまん)な人間ほど、食事の時の態度は非常に悪く、所作も卑(いや)しく、膝を崩して胡座(あぐら)をかいたり、中には、立て膝で食事をする横着者がいる。
 特に、競技武道やスポーツ格闘技を愛好する輩(やから)に多く、その勝者ともなると、その態度は横柄(おうへい)で、姿勢は背中を丸めた前屈(まえかご)みで行儀が悪く、実に無態(ぶざま)で、礼儀知らずである。また、無理に作って、そうした態度をとる者もいる。強(こわ)持てを気取っているのであろう。
 そして、こうした愛好者の誰一人として、きちんと静坐して食事をしている姿は、未(いま)だに、一度も見た事がない。

 食べた跡(あと)を凝視すれば、食べ方も汚く、箸の戻し方も乱雑で、食事を通じて養った教養など何処にも感じられない。ただ乱暴に、喰(く)い廻(まわ)した跡だけが克明に残っている。そして本人は、その食べ跡が、鋭く観察されている事も気付かないのである。

 テレビ等にスポーツ・タレントとして、よく登場するお茶の間の人気者の「あの選手は、たった、あれだけの人間か」と失望させることが、よくある。しかし本人の気付かないところで、料理を作り、料理を出し、そして引き上げた跡の状態を、料理人からじっくりと観察されているのである。
 世の中の、自分の知らない処では、こうした点検をされることがある。これ程、恐ろしいものはないのではあるまいか。あるいは、こうした事を軽視し、見られている事にも気付かない程、彼等は鈍感なのであろうか。

 さて武門での食事は、総(すべ)「一汁一菜」で、非常にシンプルな食餌法(しょくじほう)を実践している。
 味も、四季折々の季節の旬(しゅん)の味を活かした薄味であり、素材の持つ本来の風味を活かし、質素・倹約に徹した自然食を第一義とする。食品添加物や化学調味料等は一切遣わず、また油を使う場合、武家では、胡麻油(ごま‐あぶら)のみと定められていた。
 人体に有益な油は、てんぷら油などの動物性の油ではなく、植物油であり、特にその中でも胡麻油と紫蘇油(しそ‐あぶら)のみである。

 したがって正しい食餌法に徹すれば、如何なる病気も自然に恢復(かいふく)して行くのである。また、食餌法を糺せば、体質改善にもつながり、丈夫な体質になるのである。
 つまり伝染病に汚染されない体質となるのである。伝染病が流行する中で、それに感染する者と、そうでない者の差は、実は体質の良し悪しが決定するのである。体質が酸性体質で、動物性蛋白質の摂取を多くやっている者は、血液が濁っている為に、どうしても感染し易い体質にあるのである。

玄米に味噌汁というシンプルな「一汁一菜」が、食餌法の基本である。武門の食事法は「質素」を第一義とする。
 一般にスタミナ食と言えば、「食肉」を連想されるだろう。肉や乳製品等の動物性蛋白質を摂取すると、「スタミナがつく」と誤解され、「肉こそ、スタミナのもと」と、誤った食思想が広く流布されている。

 しかし、スタミナが付く条件は、血液がサラサラで、しかも弱アルカリ性(生理的中性)に限られた時に、スタミナがつくのである。食肉や乳製品などの動蛋白は「酸性食品」である。血液を汚染し、ドロドロにするのである。人体の生理作用は、一切の矛盾をもたない。したがって、血液がドロドロの状態でありながら、スタミナがつくわけが絶対にないのである。

 玄米六割に、小豆・大豆・粟・黍・稗・丸麦・押麦・ハト麦・赤米・黒米などの雑穀四割が混ざった玄米雑穀ご飯に黒胡麻がかかり、それと味噌汁が、一日二度【註】昼食と夕食。本来は朝餉(あさげ)と夕餉(ゆうげ)という言葉があるので、朝食と夕食のことであるが、中世の時代と時間差があるので、今日では昼食と夕食のみ.。そして朝食時間には固形の食べ物を入れるのではなく、玄米スープか、ドクダミなどの薬草茶を飲用するの食事の基本となる。

 玄米雑穀ご飯と云う、主食さえ正しければ、御数(おかず)は味噌汁に沢庵、梅干に野菜の煮っころがしという簡単なメニューでも、決して栄養失調になる事はない。
 血液浄化や内臓機能健全化を図るならば、食肉や乳製品等の動蛋白摂取を一切やめ、御数は野菜を主体に、発酵食品と小魚や貝類といった物が適性であると言う結論が出る。

 健康は食次第である。しかし、厚生労働省が云うように「一日30種以上の御数を何でも食べよう」では、真の健康体を作る事は出来ない。また現代栄養学が云うように、「何でも食べよう」の総花主義では、測定値の数字を持ち出す事によって、その間違った考え方が固定化され、過食気味になって人間の食性を見落とすと言う現実がある。
 人体を構成する基本構造は、食→血→という変化・発展が、絶え間無く展開されて人体が構成される。

 つまり食物が消化される事により、腸壁内の腸絨毛(ちょう‐じゅうもう)で、赤血球母細胞が食物より造り変えられ、その赤血球母細胞内から放出された赤血球は、血管内に送り込まれて、全身を巡り、躰(からだ)の総ての細胞に変化・発展していくと云う「分化」が起る。

 こうして細胞組織に辿り着いた赤血球や白血球は、その周辺の体細胞から強い影響を受け、誘導され、その場が、肝臓ならば肝細胞へ、脳ならば脳細胞へと分化を遂げるのである。そしてこうした「分化」の始まりは「食」によって齎される。【註】体細胞は赤血球が変化したものであり、その組織付近では、生物学が云うような細胞分裂は起っていないし、それを確認した医学者も居ない。また、白血球と云うと、一般には病原菌を食べてしまう働きがあると思われているが、これは断片的な観察結果を短絡させた間違いである。白血球の働きは、もっと別の所にあり、体細胞に変化・発展すると言うのも、白血球の役割である。事実、先学者達は、白血球は筋肉や軟骨、上皮、腺、骨などの各組織に変化・発展すると言う証明を実験結果として遺している)

 食べ物は、まず口から入り、消化管の主要部である胃で、胃液を分泌し食物の消化にあたる箇所から、躰の中心部である腸内に入る。それが腸内に取り込まれる事によって、血管内を駆け巡る赤血球に変化する。それが更に本体である、内臓、筋肉、骨、皮膚等の総ての組織器官を構成する体細胞へと発展して行く。
 ここに食が血になり、躰に変化する実態があり、躰の大本は「食」である事が分かる。

 現代医学は、しかしこうした考え方をとらない。「骨髓造血説」を生物学上の根拠として表面に打ち出し、骨髓造血説(「骨髓バンク」という現代医学的な発想も、ここから生まれた)と云う一つの仮説の元に、現代の医療を押し進めている。しかし、骨髓で赤血球が発見されたと言う事実を、医学者は誰一人のして見た者は居ないのである。
 これまでの事実は、腸管内で赤血球母細胞が確認されており、これが「腸造血説」(千島学説)であるが、この医学的な斬新な論理は、未だに否定されたままである。医学界からは認められないままの異端の説なのである。

 しかし、現代医学の論理は死体解剖より組み立てられた仮説に基づき、それが構成されている。そして現代医学の治療の中心は骨髓造血説に基づく、検査の結果によって提出された数字への診断だ。
 主治医はその検査結果で測定された数字だけを見て診断を下す。患者の脈など、触りはしない。聴診器で心音なども聴きはしない。現代医学は生きている生体を診察するのではなく、医療検査によって提出された測定値の数字を診察しているのである。現代医学の矛盾点は、こうしたところにも克明に顕われている。この結果から誘発される事は、健康な人であっても、検査の結果からは病人になりかねないと言う事実だ。
 生きている、生体としての人間を見ようとせず、生体を一種の機械的に見るメカニズム理論が働いている。

 そして現代医学を顧みる時、赤血球は骨髓で補充されると言う仮説を定説として掲げ、人間の血液は骨髓で造血されると言う、「骨髓造血説」が正しいと言う事を提言している。しかしそれには誤謬(ごびゅう)があり、生きている健康体の人間の骨髓には脂肪が充満していて、ここで造血している状態を正確に把握できず、発見できないと言うのが実情なのだ。その意味で、「骨髓造血説」は仮説の域を出るものではない。

 科学における定説は、時代と共に覆(くつがえ)るものである。
 もし、骨髓造血説が、幾時代かを経て、間違いであると新たな発見があれば、今日の現代医学の治療法は、その根底から覆され、間違った医療思想で患者を診(み)ている事になる。

 食事の際、「姿勢」について、緩慢(かんまん)になったり、だらしなくならないように厳重注意を促している。食事作法は静坐によって行われる。万物に対して、傲慢や横柄を嫌い、礼儀を糺(ただ)す為だ。

 人間は「食の化身」である、と霊的食養道では定義されている。
 食事とは、他の動・植物から、その命を頂く行為に他ならない。命を頂くからこそ、食事の前には手を合わせて合掌(がっしょう)をし、慎んで「頂きます」というのだ。それは生き物の命を頂くのだ。

 自分が生きる為に、その犧牲(ぎせい)になってくれた動植物の命に、感謝し、何ものにも、慈悲の念を送る事こそ、人間が、食に対して抱かねばならない思想であり、これまで、日本人はこうした食思想によって食養道を育(はぐく)んで来た。したがって、ここには「礼儀」が備わっていなければならない。ただ、食べ物に喰(く)らい付き、貪(むさぼ)り付き、噛(か)み砕き、呑み込んで腹に納めればいいと言うものではない。

 食事の姿勢は、上体を垂直に起こし、食道の軌道・器官が垂直になる事が好ましい。また、箸を口に運ぶ時は、箸先に、自分の口が喰らい付くのではなく、食物を載せた箸先の方が口許(くちもと)に向かうように心掛ける。したがって、口の方が料理に近付くのでは、非常に見苦しくなり、みっともない姿になる。

 人間は食にありつく時、案外と無防備になるものである。隙(すき)も作り易くなる。そして、その無防備と隙は、無態(ぶざま)に、人前に曝(さら)し出す結果となり、他人に“我が姿の醜さ”を見せている事でもあるのだ。
 だからこそ、食事の姿は非常に怖い姿であり、こうした事に恐れを感じない者は、非常の鈍感な人間であると言えよう。
 戦争で命を落とすのは、古今東西、食事時間の時が、圧倒的に多い事も、歴史の中から学ぶべきである。次に就寝時間や休息時間だ。
 これは最も隙が出来易い時間帯であるからだ。隙が出来るとは、要するに「見苦しい」のであって、この見苦しさが、敵に付け込まれる要因を作るのである。食事をしている姿も見苦しいものは、また寝ている姿も見苦しいものである。なぜか両者は不思議と共通点を持つ。

 さて、武門の食事では、見苦しさを戒めている。
 例えば、魚については「せせり箸」というのが、一番見苦しい箸遣いであると謂(いわ)れ、片面を食した後、裏面を食べるのであって、片面から、裏面を「せせる」のは、食事の作法に反するのである。また、返して箸をつける場合は、魚の頭が右頭にならないように気をつける事である。
 多くの人は右利きであり、魚の頭が右側を向くと、鱗(うろこ)の下に箸を進める事が出来ないのである。そして食べ難い。

 更に、一汁一菜で出される沢庵(たくあん)などの漬物類(一般には香(こう)の物といわれる)は、西洋食で云えば、一番最後に食べるデザートのようなもので、これを最初からボリボリと喰らい付くのは蔑まれる食事の行為である。
 次に汁物は、一椀限りのものであり、二の椀は意地汚く、三の椀は「バカの三杯汁」といわれて嘲笑(ちょうしょう)され、四の椀は論外となる。

 武門の作法とは何か。
  それはわが身を護る為の、拠(よ)り所であり、人との摩擦を避ける行為であり、かつ自身の健康を維持する為の「行動律」に他ならなかったのである。


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