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| ●中途半端な無心論者と断末魔の関係 浮かんでいるものはやがて沈み、生きているものはやがて死ぬ……。 これが現象界の「掟(おきて)」です。しかしこの掟は、二者が対立しているだけの、表面的な現象ではありません。確かに相克関係をなし、対峙(たいじ)する関係にあるのですが、単に“対称”をなしているだけのものではありません。 沈み方にも、死に方にも、そこに至る道筋があり、シナリオがあるのです。このシナリオを「死に様」といいます。 死に様は、幾ら生き様が良くても、あるいは立派でも、両者は無関係です。したがって臨終を“しくじる”という人も意外に多いのです。 臨終のしくじりは、「断末魔の苦しみ」を死に逝く人に与えます。 断末魔とは「命終(みょうじゅう)のとき風(ふう)みな動ず、千の鋭き刀、その身の上を刺すが如し。故はいかん。断末魔の風は身中に出来(しゅったい)するとき、骨と肉と離るるなり」という表現があるように、断末魔とはもの凄い痛みを伴うものだということが分かります。この、あまりに痛い激痛に負けたとき、臨終をしくじるといいます。 古人は、断末魔を避けるために、魔の働きを阻止する秘訣を編み出しました。 「魔」とは、悪鬼魔神の「魔」のことで、霊学でいう“地縛霊”とか“浮遊霊”さらには“憑衣霊”などの不成仏霊をいいます。人間の霊魂は意識体ですから、意識は唸(ねん)として残ります。この唸が低級霊などと絡むのです。また、これらの霊のいたずらで臨終をしくじる要因を起こします。 これを阻止する秘訣として、古人は死者の胸の上に、魔除の短刀などを置いたのです。 一方、徹底した無心論者となって、断末魔を跳ね返す方法もあります。本来、地獄は人間の想念が作り出したものであるから、実在しません。地獄とは人間の想念が作り出したもので、実際には無いにもかかわらず、それがあるが如く映るのは、総て心象化現象の仕業(しわざ)です。 こうした現象界の事実を事実として捉え、神仏の存在を否定する思想です。 無神論(atheism)とは、神仏の特別の(特に人格的意味における)存在を認めず、世界はそれ自身によって、あるとする説です。自然主義や唯物論などは、この思想に属します。汎神論(pantheism/一切万有は神であり、神と世界とは、同一であるとする宗教観ならびに哲学観)も、またしばしば無神論と目されます。この思想を徹底的に信じ、天国も極楽も、地獄すらも信じない人は、断末魔自体もありませんから、臨終に失敗するわけもないのです。 臨終の際の“千仏来迎(せんぶつ‐らいごう)”なども、端(はな)から期待していませんので、したがって断末魔もないのです。 病気で苦しみながら死ぬ場合も、それをありのまま、医学的な結果の現れとして受け止めますから、死んでいく際は、妻子や自分の築いた財産も、わが命すらも未練を引き摺らず、したがって執着もありません。 こうした無心論者に徹しきれた人は、また死に様も、中途半端な無心論者の凡夫(ぼんぷ)より、あっぱれな死に方をします。 最も断末魔の影響を受けるのは、数学や物理学などの理系の教科がからっきし駄目なくせに「科学的」という言葉を乱発し、「死ねばそれまでよ」と盲信している一方、口では神仏を認めないくせに、先祖の墓参りはするし、盆や彼岸や命日には線香や灯明をあげるといった、中途半端な無心論者です。 この中途半端な無心論者は、結婚式には神前に額(ぬか)ずくか、教会での挙式で神との契約で結婚式をし、仏式の葬儀には寺に参り、クリスマスには俄(にわか)クリスチャンになってクリスマスを祝い、12月31日には大晦日で除夜の鐘を聴く仏教徒になり、一夜明けて正月になると神社に出かけて初詣をする神道祈願者となります。 日本人の大半は、この中途半端な無心論者であり、ご都合主義に走るこの手合いが、最も多く、断末魔の影響を受ける人たちなのです。つまり、日本人の大半には、殆ど無神論者も存在せず、また宗教心の篤い人も、殆ど存在しないということなのです。 だから、この位置にランクする中途半端な無神論者は、断末魔の影響を受ける確率が大きいといえましょう。 死後の世界など信じないくせに、地獄や天国の存在の概念をうっすらと心に描いている。幸せを窮乏するなのど、これらの願いは、心の何処かに天国や極楽の存在を信じようとする心の働きの結果だといえます。そのくせに「科学的」という言葉が大好きなのです。 一方で、古人の格言などを迷信といって憚(はばか)りません。 西洋医学を現代の最高の医学と思い込み、これ以外のものを“非科学”として受け付けない思考をします。 しかし、意識体の発するものは「波動」によって成り立っているのですから、物を伝えようとする霊的な存在も、実は波動で成り立っていて、これにアプローチしていくことも、本来は科学的な重要な要素です。したがって、霊的な波動の研究は、決して非科学的なものでなく、未だに解決されない「未科学」の分野に入るのです。 二十一世紀、人類が構築してきた科学は、眼に見えないものをオカルトと一蹴(いっしゅう)し、それらを“切り捨てた時代”でした。このことを考えれば、未科学の領域は膨大な数量を残したことになります。 昨今では、物理学の世界で「見えない心」を解明する糸口を掴んだ“科学する”意識が旺盛になってきました。特に、量子力学では、こうした徴候が著明です。 ところが残念ながら、医学の世界では「見えない心」を科学する意識が希薄です。見えない心などといえば、オカルトの世界に捨て置きます。 また、こうした権威筋の現を安易に信じてしまうのが、神仏は信じないくせに墓参りはする、クリスマスには俄クリスチャンになり、大晦日は仏教徒で、一夜明ければ初詣をする「俄」へと変身する中途半端な無心論者です。 中途半端とは、「迷いの心」から起こるものです。 空海の『秘蔵宝鑰(ひぞうほうやく)』(【註】三巻からなり、830年(天長7)ごろ成る。「十住心論」の内容を簡略化して記したもの)には、次のように記されています。 「三界(この世のことで、一切衆生(しゅうじょう)の生死輪廻(りんね)する三種の世界、すなわち欲界、色界(しきかい)、無色界)の狂人は狂わせることを知らず。四生(ししょう/生物をその生れ方から四種に分けたもの。すなわち胎生(たいしょう)、卵生(らんしょう)、湿生(しつしょう)、化生(けしょう)の総ての生ある物)の盲者は盲なることを識(しらず)らず。 生まれ生まれ生まれ生まれ生の始めに暗く、死に死に死に死んで、死の終わりに冥(くら)し」と。 つまり、私たち人間は、何も見えていないということなのです。高々長生きしても100年程度の人生で、私たちが長生きしてまでも掴みたかったことや、味わいかかったもの、あるいは感動したこと、更には責め苦に悩み苦しんだことは、果たしてどれほどの重要性があったのか、ということなのです。見聞は、実は幻の責め苦だったのではないでしょうか。 そして空海は、更に続けます。 「空(くう)は乃(すなわ)ち仮有(けう)の根(もとい)。仮有は有(う)にあらざれども有有として森羅(しんら)なり。絶空は空にあらざれども、空空として不住なり」と。 人間の人生は、確かに辛く苦しいことが多く存在したが、また一方で誰にとっても、決して悪い一生ではなかったはずです。また、そのように思い込むことも、いいことだけを思い出しさいすれば可能となります。最悪の死に方をした人ですら、生まれてこのかた、一度以上は“悪い一生ではなかった”と思うことは可能です。 この世の中は、確かに直視すれば「ろくでもないところ」でありますが、一方で決して完全なる世の中でない以上、逆に“面白いところ”だったとも言えるのではないでしょうか。 この世を「ろくでもないところ」と思う一方、“面白いところ”だったと、老齢になって思い返すのも、また一興ではないのでしょうか。 年をとれば、若かかりし頃の恥じ多き事柄も、実はくだらなかったと笑うことも出来ましょうし、辛くて悲しい事柄も、逆に懐かしささえ伴うものです。 一方反対に、どんなによかったことでも、決していいこと尽くめではなかったはずです。その中には悲喜劇が内在していたはずです。 夫婦仲の良い相思相愛の夫婦であれば、もし恋女房のような妻を失えば、残された良人は生きながらにして深い苦しみと妻を失った悲しみに明け暮れなければなりませんし、逆に仲の悪い夫婦だったら、片方が死ぬことにより、確実に救われることも起こります。 つまり、人間現象界では、人の死はいいことばかりではなく、また悪いことばかりでもないという、死に、一つの救いがあるように思えてくるのです。この「救い」を学ぶために、現代人は、より一層死について勉強をする必要があるのではないでしょうか。 死後の世界が有る無しに関わらず、それを勉強することは非常に有意義なことです。 また、無神論者は無神論者で、それはそれで一向に構いません。人間は死ねば、無に帰するという考え方も、一つの勇気のあり方です。 しかし、「生命」という存在が人間にとって好ましいものであるならば、生命の死も、また私たち人間のとっても、忌み嫌うものでなく、不快に思うものでもなく、やはり生きとし生ける物には好ましい存在だといえましょう。 最愛の妻や良人に先立たれる人は、長生きした後に、やがて死によって、再び先に死んでいった人との再会の時が、また死ではないのでしょうか。 子供に先立たれ、あるいは自分の兄弟・姉妹に先立たれて、先に死んでいった人が家族にいる場合、そうした人との再会も、また死によって得られる可能性が出てきます。 死を忌み嫌う必要はなく、更には不快なものでもなく、恐怖や悲しみを感じる必要もないのです。
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