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ストーカー対策 3
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ストーカー行為が実際には名誉毀損であり、人権侵害であることは余りよく知られていません。 また警察は「民事不介入が原則」ですから、ストーカーの異常なまでの暗いエネルギーは、直接的に我が身に危害が及ばない限り、全く相手にしてくれません。自身で、危険度の高い気配を十分に感じても、「今まさに、危ないのでは……」という瞬間では、警察や法律は、何も助けてはくれないものなのです。 善良な市民の安全や財産を守ると標榜(ひょうぼう)しながらも、警察はストーカー犯には無力同然であり、その上こうした新手の犯罪には、捜査技術が未熟なために、何ら有効な手が打てずに、犯人を取り逃がしたり、あるいは被害者が殺されてから、やっと重い腰を挙げるなどの、後手に回る体質があります。 嫌がらせ電子メール、嫌がらせの手紙、嫌がらせ記事の雑誌社への投稿、電話での脅迫、深夜の無言電話、盗聴、覗き、盗み撮り、待ち伏せ、深夜ドアをノックする、執拗にインターホンを鳴らす、窓ガラスを割る、家宅侵入での暴力、雨戸付近で小さな声で毎晩囁(ささや)くなどのストーキング行為を繰り返し、挙句の果てには殺人にまで及ぶこともあります。 そして狙った獲物に、精神的に圧力を加える心理犯罪者は、実際には余り危険視されず、道路に立って、じっと見つめているだけでは、犯罪を立証することが難しいというのが実情です。 悪戯電話が嫌なら、電話番号を変えたらいいではないか、それでも不安なら、引っ越してしまえ、と言うような、安易な考えに流されます。これはひとえに、警察の民事不介入が原因しています。 そして電話番号を変えても再び探し出され、また引っ越しをしても、再び突き止められてしまいます。電話番号や引っ越し先情報は、お金を出せば情報屋から簡単に買う事が出来ます。またストーカー自身が情報屋であったり、コンピュータに精通(ハッキングやウイルス培養は彼等の得意技の一つ)していたり、電話を工作する技術に長けている場合は少なくありません。 この繰り返しは、ストーカーが病気か何かで死なない限り、永遠に止むことがありません。バーチャル恋愛のゲームアウトがいつ訪れるとも知れないのです。 ●日本社会の欧米化とストーカーの増加 ストーカー犯罪が増加する間接的な原因になったのは、実は先にも述べた通り、日本人がアメリカ流の恋愛術を模倣したためです。日本社会の欧米化に伴い、ストーカーの増殖に益々拍車を掛けています。 一目惚れで相手を勝手に気に入り、交際を申し込み、2〜3回のデートを重ねた後に、性交渉を持つという性交遊戯の恋愛ストーリーの流れが、ストーカーを作り出す間接的な原因になりました。 女性は、誰でもこうした型の尻軽女で、一度手中に収めれば、誰とでも寝るのではないかという一方的な想像と、期待感が、こう言う手合いを作り出してしまったのです。 女性週刊誌や少女マンガなどを見ますと、性情報が溢れ、性の知識も豊富なら、性体験も豊富という女性が殖(ふ)え始め、処女喪失は十代半ばというようなデマが、実(まこと)しやかにマスコミで公表され、女性の半数以上が、こうしたファッションと流行に乗って、これに入れ込んでしまったためと思われます。今では、処女らしき女性を探すのに一苦労です。 もともと性交渉というのは、結婚しての、後のことであったのですが、こうした女性向けの性情報が氾濫して、本来ならば「処女のまま嫁に行く」というのが、乙女の夢でなければならなかったのですが、マスコミ操作で、アメリカ流の恋愛術が広く拡がり、本家のアメリカ顔負けの性交遊戯が日本女性の中で流行しています。 またピルやコンドームの医薬品の品質精度が高まり、性を、子供を生むためではなく、自分自身の快楽を追求するという目的のために、女性の意識が変わってしまったのです。そして平気で、複数の男と性交渉をスポーツ・セックスとして楽しみ、あるいは不倫を楽しむという媒体になってしまったのです。 これまでの日本女性の美徳として来た「処女のまま嫁に行くという、乙女の夢」を覆えし、更には、性のタブーまでを失墜させた現実が、その一方で、恋人一人も作れない陰湿な男達を孤独にし、ストーカーに趨らせる原因を作ったとも言えます。
援助交際やテレクラ遊びが、一方の相手方の男を、ストーカーに趨らせるケースもあるのです。 そしてこうした男女の性の縺(もつ)れと、妬みから、今までには考えられなかった凶悪犯罪にまで発展することも珍しくありません。 更に重要なことは、ストーカーが眼につける相手は、後姿を一目見て、「処女でない女性」をまず、ターゲットにします。 ストーカーの憎悪を心理学的に考えますと、「お前は男を既に知っているだろう。何人の男と寝たのだ?!」という侮蔑と羨望から始まり、それがやがて憎悪に変貌します。彼等の、女性の見る眼は陰湿であるだけに、冷徹で、確かなものがあり、女性の後姿から、処女と非処女を即座に見抜いてしまう特技を持っています。 この意味で男性経験者は、侮蔑と羨望と憎悪の対象に入ってしまうのです。これは婚期と男性経験のチャンスを逃してしまった、オールド・ミスの妬みなどにも共通する心理です。 この心理に酷似したものが、漢帝国の高祖・劉邦(りゅうほう/漢の初代皇帝)の妃であった呂氏(りょし)の側室に対する手足を斬り落としての樽(たる)浸けの刑に処した虐待であり、また、清朝の西太后の、側室に対する手足を斬り落としての樽浸けの刑の虐待(西太后は呂氏を真似たといわれる)などからも、こうした心理を分析する事が出来ます。呂氏や西太后にとっては、女の女陰は侮蔑して憚らない、姦(みだら)な対象物でしかなかったのです。 処女の特長は、歩く際に左右の腰の「ウォーキング捻れ」というものが少なく、腰の動き方は自然で滑らかです。ところが男性と性交渉のある女性は、この「ウォーキング捻れ」というものが左右均衡でなく、孰れかに偏っています。したがって左右に動く腰の揺れも不自然です。この歪は、股関節の亜脱臼から来るもので、女性が男性から腰骨を割り込まれ、ピストン運動をする際に、無理な姿勢から、股関節が無意識のうちに外れるからです。 これは学生時代などにスポーツ経験がなく、いわゆる「股割」(開脚)という体操でのストレッチや、真向法の運動経験のない人は、割り込まれた際に股関節を外し、この亜脱臼歪(こかんせつひずみ)が歩き方に現われるのです。 こうした微かな、歩き方に現われる現象を、彼等は絶対に見逃すことがありません。また腰の動きが歪(ゆがん)で、その微かな異常をストーカーは見抜いてしまうと言われています。したがって姦な対象物は憎悪の何者でもなく、ストーカーにとっては恰好の攻撃材料になるのです。その事から彼等の思考は、未経験な処女よりも、経験豊富なスポーツ・セックスの経験者をターゲットにする確率が高いようです。 警察白書によれば、残忍な殺人事件は年々増加の一途にあり、最近はその残忍さからも分かるように、バラバラ事件であったり、野山に埋める死体遺棄事件であったりする方が圧倒的に多くなり、凶悪化が目立つようになりました。 またこうした凶悪予備軍が潜伏培養菌となって、ストーカーに変身する機会を虎視眈々と狙っているのです。刑事法スレスレの処で、陰湿なストーキングが繰り返され、これこそが二十一世紀型の新たな犯罪の温床になりつつあると言えましょう。 この犯罪温床の特長は、人によって認識が異なり、犯罪として同一見解を持っていないということです。日本人の大半の人が、ストーカーからは毎晩のように狙われていないのですから、こうした問題は、人によって受け取り方がまちまちであり、大事件になって表面化されない限り、あえて眼を向けようとはしないもので、こうした陰に隠れやすい、民事不介入の中に、新たな犯罪の温床があると思われます。 そして一度これが表面化すれば、取り返しのつかない事態は発生するのは必定なのですが、残念なことに立証が難しいという盲点があります。 日本人の大半の意識は、自分だけは特別であり、決して犯罪に巻き込まれないなど安易に考えています。それは車を運転して、自分だけは絶対に、交通事故には巻き込まれないと思って運転しているのと同じです。 第一事故を起こす人よりも、起こさない人の方が圧倒的に多いからです。火災保険会社が自動車保険を扱って、確実に利益を上げているのは、圧倒的に自己を起こさない人の方が多いからです。 万一と思っていても、やはり事故とは無縁と考えているのが、多くのドライバーの見解です。それと同じように、ストーカー被害に遭う女性も、全体数から見ればまだまだ非常に少ないのです。 しかしこうした安易な考えの側面に、未来の犯罪や事故・事件の温床が存在していることを忘れてはなりません。したがって安易な考えは、「明日は我が身」と例え通り、捨て去るべきで、戦時にも等しい、激動する現代は、年齢や性別、職業や地位に関係なく、誰もが、ある日突然、ストーカーの標的になる可能性があるのです。 ストーカー達は社会の見えざる死角を突いて、誰を獲物にして楽しむかを虎視眈々と物色しています。 物色先はいろいろですが、特に、何気ない態度、迂闊(うかつ)な発言、人目を惹(ひ)くような眼遣い、目立つファッション、突飛な行動、魅せるような仕種(しぐさ)、尻軽風な素振り、妬みや恨みを買われるような誤解、自分一人がいい思いをしているのでは?という疑いを持たれる生活スタイル等の、あらゆるものが憎悪の対象になって、ストーキングの発火点となり、思わぬ不幸が、ある日突然降り掛かってきます。 そしてこういう戦時にも等しい、現代の社会構造は、一歩間違ってしまえば、誰もがストーカーになってもおかしくない時代であり、ストーカー像は、特定の形を持たない病理者の延長にあると言えます。 |