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敵を斬らず、敵に斬らせない境地

居掛之術
(いかけのじゅつ)

太刀合いによる「立業(たちわざ)」による頸居掛(くびいかけ)。この術は、流れる「水走り」をもって、相手の拍子を外し、流れの中から、頸を討つのである。

●水走りの大事

 剣技の動きは「水走り」が大事である。「水走り」とは、流れるような美しさを云う。流れるように循環していて、途切れないさまを云う。
 したがって、剣の動きと流れは「水走り」を極意とする。また、その流れの中には、何処にも武張ったところがあってはならない。更には、猛々(たけだけ)しさを窺(うかが)わせてもいけない。ごく、自然な流れを保ち、然(しか)もそれが極めて自然で、途切れない動作から起るものである。

 昨今、青少年に流行している格闘技の大半は、肉体美を売り物にして、体力に物を言わせ、厳(いかめ)しく、武張ったところがあり、猛々しさを表出させて、強(こわ)持てであることが、強さの象徴であるとしている。
 しかし、この強さも、肉体を母体として築き上げたものであるから、いつかは滅びる。肉体は永遠のものでない。歳をとれば老衰で斃(たお)れるように、やがて崩壊していく。まさに、「一時(ひととき)の夢」という他はない。
 そしてこの現実にも気付かず、やがて失うであろう筈(はず)の肉体に上(うわ)乗せして、肉体美信奉者達は、いったい何を築こうとするのか。

 しかし、肉体は有限であるが、これを決して蔑(ないがし)ろにしてはならない。肉体を蔑ろにしては、人間の存在理由はない。
 また、筋力を軽く見てはならない。スピードを侮(あなど)ってはならない。何故なら、肉体も精神も、ともに「無」から発生しているからである。したがって、霊肉はともに同根ということになる。精神だけを持ち上げ、肉体を蔑ろにすれば、片手落ちとなる。侮りが油断を招く。油断があれば、素人の手の早い者にも敗れるのである。また、素人は実に手が早い。この事実を忘れてはならない。

 だが素人の、手の早き者にも弱点はある。それは、武張って、愚かしい、熊が人間を襲うときのような、両手を挙げたポーズを作ることである。これは弱者を見下すポーズである。威圧を与えるポーズである。
 その証拠に、猛々しく怒鳴ったり、怖さ半分から、奇妙な奇声を挙げることである。これこそ、小心者の持つ、特徴であり、弱点である。よく見れば隙(すき)だらけである。隙があるから、力(りき)み方にもムラがある。力が均一でない。しかし、彼等の傲慢(ごうまん)は、顔面の鼻へ叩き込む一撃の正拳と、一発の蹴りで形がつくと思っている。

 総(すべ)ては、「強がり」から為(な)る。「ごとごとしさ」から為る。こうした穴だらけに眼を向ければ、欠点は幾らでも見えてくる。これと同じ現象は、中途半端に、武道をかじった者にも見られる。

 段位などという、紙切れに固執した人間の実力は、低段者に行くほど、からっきし駄目で、意地と意気込みだけが猛々しい。鼻息も荒く、驕(おご)りも烈(はげ)しい。素人の手の早き者と何ら変わるところがない。
 むしろ、手の早き素人の方が、道場ルールに染まってないだけ、無分別であり、一方低段者の方は、分別が存在する為、イザ実戦での個人的闘技となると、素人の方が強いかも知れない。特に、こうした素人が刃物を持った場合は格別である。格別に強い者が居る。

 また、素人の中には、武道経験は全くないが、刃物を持たせると矢鱈(やたら)強い者が居る。このタイプは、実に手ごわい。武道の有段者などでは、全く手が付けられない。刃物を持つことで強さが増す者が居る。
 道場稽古に慣れてしまった者は、普段とは勝手が違う為に、素人の手の早き者の刃物使いに手を焼き、たじたじとなって、下手をすれば刺される場合がる。素人の手の速さは、こうした刃物使いに見られる。

 しかし、こうした武術的訓練の成されていない手の早き素人も、よく見れば、「ごとごとしさ」がある為、こうした点において、自分では気付かない弱点をさらけ出している。「水走り」がない為である。
 一瞬、眼を晦(くら)まされる早い動きに中にも、よく見れば、「途切れ」が存在しているからである。
 この意味で、武道の有段者と雖(いえど)も、同じであり、その動きと流れには、「水走り」が感じられないものが少なくない。

 「水走り」をよくする為には、途切れることがなく、ごつごつと引っ掛かるところがなく、肩で風斬る意張りがなく、夜郎自大(やろうじだい)の傲慢(ごうまん)から抜け出して、「流れる動き」がなければならない。
 しかし、素人の手の早き者は「水走り」の失っているところに、途切れが起こり、そこに隙(すき)を窺(うかが)わせる一瞬が顕れる。

 かつて、奈良柳生流の祖・柳生十兵衛三厳(みつよし)は、沢庵禅師(たくあんぜんじ)から、「滝の水を止めてみよ」という公案を授けられたことがあった。
 十兵衛は、来る日も来る日も、滝へと足を運び、落下する滝の水を眺(なが)めた。ところが、滝の水を止めるなどと言う、魔法のようなことは到底出来なかった。しかし、数ヶ月ほど過ぎた頃、はたと思い当たることがあった。それは、滝の水が止められないのは、自分の心が動いているからではないか。また、自分の心が動揺しているから、心と同じように、滝の水も流れ落ち、動いているのではないか。そう気付くのである。

 それからというものは、十兵衛は「動揺しない心」を求めて、この探求の励む。日々精進の為に打ち込む。
 滝の水は、心のともに流され、そして止まらず、動いている。それは肉の眼で、動く滝の水を見ているからであり、肉の眼が滝の水を動かしている為だ。これを動揺しない心の眼で見れば、滝の水は止まる筈(はず)だ。あるいは止まったように映る筈だ、と考えるようになる。

 心は揺れ動くものである。落下物を見れば、落下物とともに心も落下していく。此処にこそ、問題があるのである。滝の水を止めるのならば、「心を静止」させれば済むことなのである。心が静止しないから、滝の水とともに心も動き、落下していくのである。十兵衛は、こうした「心の静止の術」を、遂に会得するのである。
 これを会得した後、十兵衛は、敵の剣筋は、まるで止まって見えたと言い残している。それを単に躱(かわ)しさえすれば、斬られずに済んだという。

 一瞬ではあるが、敵の剣の動きは止まり、そこに打ち込む隙(すき)が見えるという。あるいは滝の水を、「心法」により、止めてからというものは、敵の動きがスローモーションのように見てたという。遅い動きは、速い動きに勝てないわけはない。幾ら速くとも、あるいは瞬時の動きで連続していても、それは例えば、映写機で映して、フィルムの一コマずつを見れば、総ては静止画像である。高速度カメラで捕らえれば、それはスローモーションである。そして、一枚の画像の、その一コマは、どこにも動いている形跡が見えない。みな止まっているのである。これを「心法」により、十兵衛三厳は会得したというのである。決してあり得ない話でない。

 この裏返しの考え方が、実は、流れるような「水走り」なのである。ここに途切れた、一コマの刹那と、流れるような動きの「水走り」が同居しているのである。実は、二つは同じ処からの同根から発したものであった。一瞬の「一コマ」も、流れるような「水走り」も、見る者が見れば、同根だったのである。

 

●捨てることの大事

 一部の大東流では、この流れる動きを否定して、本来なかった大東流の動きの中に、近代居合道の「きびきび」した動きを模倣し、「ごとごとしく動く」ことを、よしとする流派がある。
 演武会を見れば、実に威張り腐り、傲慢(ごうまん)な心を地でいくような古典的な泥臭さで、演武を演じる、「水走り」の欠けた流派がある。そして、芝居から持ってきたと思える「見得(みえ)を切る」などとの、大袈裟な無駄な動作をしている。

 まさに「ごとごとしさ」の悪態である。こうした芝居的演技を、公衆の面前で行うのであるからには、この流派の演技者は、飛び道具の本当の怖さを知らない為であろう。
 「見得を切る瞬間」こそ、その隙はがら空きとなる。まさに手裏剣を稽古した者なら、ベストタイミングで、容易に討ち取ることが出来よう。あるいは骨董品的、演技でよしとするのか。

 「見得を切る」などの演技が、ただの骨董品であれば、これでもよかろうが、伝統武術と自負するならば、伝承の上に「道」を求めなければ、それは時代遅れの骨董品に成り下がってしまうだろう。修行とは、伝承を転写する考え方では、修行とならない。伝承を改良してからこそ、それは修行の「道」となりうる。則ち、武術の儀法は、「道」を求めて、はじめて修行の価値を見出してくるのである。

 修行に求められるものは、わが身の「我(が)」を、すっぱり捨て切るところにある。我執(がしゅう)を捨てることこそ、修行の第一の目的である。「我を捨てる」ことを知れば、修行の根本を取り違えることはない。我が捨て切れないから、次元が低くなって傲慢に陥るのである。
 時は、刻々と変化する。変化して止まない、現世こそ、そこはまさに現代人に課せられた修行の舞台なのである。変化は、進化と同義である。これを取り違えてはならない。

 さて、不義を憎み、また、正義を愛することは非常に難しいことである。しかし、正義を愛しただけでは、今日のアメリカのように、民主主義を押し付ける傲慢国家になってしまう。力で相手を屈服させる、「軽はずみな正義」に偏ってしまう。アメリカの民主主義思想がイスラム圏に、理解されないのは此処にある。自国の民主主義が賛同されない元凶は、アメリカの押し付けがましい、力でねじ伏せる正義であるからだ。
 また、自称・民主主義者の傲慢(ごうまん)は、本当の正義を誤らせるものである。

 それは、欧米人が「正義」を最良と思い込むことに、よく似ている。しかし決して、正義は、最良・最高のものではない。正義だけを強引に押し通せば、その背後には必ず腕力が必要になってくる。正義は力の裏付けがあって、初めて効力を発揮するものである。力がなければ、幾ら正義を喚(わめ)き立てても、絵に描いた餅(もち)である。正義を押し通していると自負している人間は、その行動の至る所に、武張ったところがあり、猛々しいところがある。あるいは傲慢も漂っている。そんな力での屈服を迫ることで、人は靡(なび)かない。靡いた振りをするだけである。

 また、これとよく似た現象に、「自分の流派が一番」と過信している武道愛好者も、これと同じ過(あやま)ちを犯している。宗教を信仰する者の如きで、自分の宗派を最高と思っているところと酷似する。
 自流こそ、一番正しく、極意の正統を受け継ぎ……云々と、自称する流派の多くは、弱肉強食論に偏(かたよ)っていて、自称・正義を自負しているものの、正義の上に、何が存在するか全く気付いていない。正義は最高のものでない。

 つまり、正義の上に、「道」というものが存在することに、多くの武道愛好者が気付いていないのである。では、「道」とはなにか。
 これを明確に答える、自称・武道家も少なかろう。

 そもそも、「道」とは、「悟る」ことである。しかし、「悟る」ことほど、難解なものはない。非凡でなければ中々悟れない。悟りの境地からすれば、正義や正統といわれるものは、一段も、二段も格が落ちる。これは自分で悟った人間でないと分からないからだ。

 ところが、自分で悟らなくても、「道」の境地に達することは出来る。自分に悟りが訪れなくても、「道」は客観的な思考を持つことで、横から見えてくるものである。第三者の眼として、物事を客観的に見渡せば、「道」は、その側面から見えてくるものである。
 あるいは物事に精通するまで求道心(ぐどうしん)を燃やし、広く見聞きすれば、その熟慮(じゅくりょ)によって、自分の非(ひ)を知ることは出来る。
 つまり、悟りとは、自分の不完全に気付き、自分の非を知ることなのである。

 非を知るには、優れた書物を読んで知ることも出来るし、人との語らいの中で、自分の独善的な考え方に気付き、これを改めることも出来る。また、古人の客観的な考え方を取り入れて、自分の殻(から)を破ることも出来る。人間とは、それぞれがそんなに大きくない存在なのだ。これを大きな存在に見せるのは、第一が金の力であり、第二が権力による力である。この二つを取り除けば、人の持つ力は、ほぼ対等である。

 ある剣豪が云った言葉に、「修行には段階がある」と、述べたことは非常に興味深いものがある。この剣豪曰(いわ)く、「人間の悟りに向かう修行にはランクがある」ということだ。
 そのランク別に、各段階を評するならば、まず、最初の修行段階では、全くものにならず、また自分でも下手だと思い込んでいるというのである。

 次に、初心者段階を超えて、次の第二段階に入ると、まだ物の役には立たないが、自分の下手さ加減も、他人の下手さ加減も充分に分かってくるという段階である。初心者と競えば、勝負には勝てるが、同輩には勝負を分け、上位者には負けるという不十分さを残している。

 この不十分さを克服して、その上の第三段階に至ると、学んだことの総(すべ)てを自分のものにして会得し、また自分の腕を他人にも自慢でき、人から褒(ほ)められると喜々として喜び、些(いささ)かの武勇伝をちらつかせて、天下を取ったように、思い上がってしまう。自身が舞い上がってしまっている、この段階が、上・中・下の三段階に分類すれば、その「上」の段階である。
 そして、この段階になると、他人の未熟を責めたり、不十分さを嘆いたり、ここまで来ると、一応、ものの役には立つようになる。こうなると、人が見ても、あるいは自他共に、上手だと自負できる。自分でも強いと思い込む。

 しかし、このランクでは、所詮(しょせん)この程度のレベルで落ち着き、結局、武張る、猛々しいと、まあ、これだけのところで止まってしまう、有頂天のランクである。
 そして、此処まで達した者は、これが最終段階と思ってしまうのである。
 修行の序列には、「下・中・上」の三段階しか知らず、「上」の上に、何もないと思っているのである。此処を頂(いただき)と思ってしまうのである。これ止まりの人は、この上の段階に気付かない人である。

 これを論じた剣豪は、多くの武芸者の大半が、「幾ら出きる」といっても、これ止まりの名人・達人が如何に多いかということを嘆き、この点を厳しく指摘している。世に名人といわれる人も、また、達人といわれる人も、総て此処まで止まりというのである。「上」の上に、まだその上があることを気付いていないと嘆くのである。

 しかし、剣豪曰(いわ)く、その上に、更に特上なるものがあり、これをもう一段飛び越えると、此処で道は終わっておらず、そこからまだ延々と続いているというのである。そして更に突き進むと、また関門が控えて修行者を阻んでいるというのである。
 更に、この一段を飛び越えれば、口や筆には尽くし難い、表現するに表現できない、深遠(しんえん)なる境地が広がっているというのである。一旦この道に入ると、深く入れば入るほど、ついに果てのない無限の世界だと分かるという。幾ら精進(しょうじん)を重ねても、これでよいと思うところが見つからないというのである。

 この深遠なる境地に至ると、自分の不十分さが、更に分かってきて、一生涯かかっても、これで完成したと思われず、その一方、心から驕(おご)りが消え、自慢の心も起らず、吾(われ)に勝つ道の糸口を知り得たりとなるそうだ。

 今日は昨日より精進の心を深くして、明日は今日より更に精進の心を深くし、一生、日々、自己の完成に向かって仕上げていく「道」が、武芸に課せられた「道の世界」だというのである。此処に至って、初めて「道」の糸口を掴むのであって、この「道」を完走したことにはならない。果てもなく奥深い世界であると、この剣豪は切々と論じている。

 「水走り」も、この剣豪が論じたように、自らの「ごとごとしさ」を抜き、自己に絡みつく毒気を抜き、知識に振り回されない、自己を探求しなければならないとするのである。
 「水走り」を美しくする為には、世襲での驕(おご)りや毒気を一切抜き取っておかなければならない。したがって、単に物知りでは、「道」から遠ざかってしまうのである。

 武道愛好者、とりあえず、大東流コレクターといわれる連中の中には、高級儀法の知識・論法ばかりを詰め込んで、複雑なテクニックを使って、これこそ真の大東流という者が居るが、これなどは笑止千万であり、単に江戸時代末期から明治・大正の骨董品を蒐集(しゅうしゅう)しただけに過ぎない。この程度のものが、死に物狂いで、命を捨てて掛かる者に対して、通用しないのは明白であろう。
 また、兇刃(きょうじん)の刃物を持ち、狂い死にして襲い掛かる覚醒剤患者らに対して、時代遅れの骨董品が勝るとも思えない。更には、自動小銃を持って攻め寄せてくる他国の軍隊に、伝承の知識として覚えた骨董品など、通用しないことも明白である。

 つまり、知識の蒐集は、これまで止まりという観(かん)がある。それは「道」から外れる為である。知識として、物を知れば知るほど、「道」からは遠ざかっていく。
 何故ならばその訳は、賢人の言行や書物あるいは伝承によって知り得たものは、聞き覚えによって、見識だけは高くなるが、自分も賢人と思い込んだり、あるいは剣聖と言われる武勇の者と同等のように思ってしまい、一般の人々を虫けらのように見下すことである。これでは「道」を知らないも同様である。

 「道」というものは、謙虚に自分の欠点を知ることである。常に反省して、悪いところを直す為に、日々、精進努力することである。これにも気付かず、いつまでも骨董品の悪い面を引きずっていても仕方のないことである。ここに本当の意味で、骨董品たる伝承武道と、常に至らない面を反省して、欠点を克服していく伝統武術の違いがある。

 大事なことは、「一生、精進努力して」というのがミソである。
 聖人曰(いわ)く、「聖」の文字を、「ひじり」と読むのは、聖人が己の非を知っているからである。ここに悟った者と、未(いま)だに悟りえぬ違いが顕れてくる。

 これを「水走り」で説明するならば、他武道には見られない独特のスタイルと、美しさと、スピード感などという、最初から精巧に作られた技術を演じるのでなく、遥かに演技を超越して、「流れるような動き」が自然でなければならないことだ。作られた、演武の為の演技であってはならないのである。

 そもそも武術といわれるものは、スポーツ競技や格闘競技と違って、テクニックを競い合うものでもないし、あるいは骨董品的武道のように、ただ技の多さを誇るものでもない。武術の本当の目的は、敵に襲われた時機、敵を確実に倒す事のみが、その本分である。これ以外に、武術の本分はない。

 倒すに必要な限りの、あらゆる儀法を学ぶのであって、命賭けの死闘の中で生き残る為に技数が必要になる。しかし、技数が多いからといって、それが必ずしも役に立つとは限らない。取捨選択が必要であり、実戦での適応力のあるものは拾い、役に立たないものは捨てていくということが必要であろう。学んだ分だけ捨てることだ。
 この世とは、何事も「捨てていく現実の中」に真実がある。捨てるべきものを捨てなかったとき、これを後生大事に抱えた武芸者は、やがて敗れるのである。

 

●生者必滅の理

 生ある者は、必ず滅ぶ。これに何人(なんびと)とも例外はない。これを「生者必滅」という。
 万物流転、燃え上がり「生」あるものは、いつかは消える。若さはいつか移(うつ)ろい、人は老いて、死に向かって歩くのみ。これは生まれたときから人間に定められた宿命であった。今は若くとも、時とともに、人は歳を重ね、老いるものである。齢(よわい)が、老いを運ぶものである。
 そして、最も見逃してならないことは、今の若者は十年後、二十年後、三十年後、四十年後は、否応なく、限りなく死に近付くということである。

 死に近付くが故に、かつては肉体美を誇っていた体躯(たいく)も、やがては老い、病に臥し、確実に死に近付く。万人の定めとして、何人(なんびと)も生との訣別(けつべつ)を強(し)いるものである。これが運命(さだめ)であるならば、万人に等しく訪れる、「死」に対して、謙虚にこれを受け入れる。そして、それぞれは静かに、己(おのれ)が老いと向き合い、如何にしたら、事故死などの横死(おうし)から免れられ、更には自然死に至り、静かに、安らいだ臨終(りんじゅう)を迎えることが出来るか、真剣に探求しなければならない。これが無常観であって何であろう。

 死は、人間を確実の襲うものである。人間こそ、この世に存在すべきものではなく、滅ぶべき非存在的な、生き物である。その滅びに襲われる最中に、「死生観」を解決しようと、大慌(おおあわ)てしても間に合わない。大慌てすれば不成仏が免れないのだ。

 したがって、人間の「死」というものを素直に受け入れ、「生」を獲得する為に足掻(あが)くのではなく、静かに、心を掻(か)き乱さず、少しでも健康に、長く生きして、更に自己を探求するというのが、武人に与えられた最終課題である。この課題に取り組むことこそ、本来の武人の使命なのである。試合に勝って、勝ち誇り、有頂天(うちょうてん)に舞い上がることではない。謙虚に「行い」を慎(つつし)む事なのである。

 慎みのない者は、自分が老いるということを知らず、自分の裡側(うちがわ)に、死が内蔵されていることを知らない。したがって、傲慢(ごうまん)になり、横柄(おうへい)になり、更に知性が低ければ、有頂天に舞い上がり、自らで墓穴を掘る事になる。現代はこうした輩(やから)が、決して少なくない。
 それは現代という時代が、心が蔑(ないがし)ろにされる時代であり、眼に見えるものに捉(とら)われ、形あるものに捉われているからだ。つまり、肉の眼が、色と欲にほだされて、邪魔する時代なのである。

 一方、「心眼」というものは、益々廃(すた)れるばかりである。
 人は、年齢を重ねるごとに、自己に内蔵された「肉体が老化する」という事実を知るとともに、人間の弱さを知り、そこからものの哀れさや、人情に通じるようになるものだが、肉体信奉主義や体力主義で明け暮れた者は、その意味で、人間の幅も、心の出来も無縁のものとなるようだ。
 つまり己の、人並みに老いやってきて、やがて死に向かう臨終(りんじゅう)への道標(みちしるべ)も認めたがらぬ者に、果たして「死を語る資格」があるか、疑問であろう。人生の最大の課題は、生きているうちに、自分の課せられた「死生観」を解決することである。

 武の起りは、自己の「死」を見詰める事から始まったといっても過言ではない。
 武人ほど、多くの「他人の死」を見てきたからだ。勝てば生き延びることが出来るが、負ければ死ぬだけのことである。したがって、生死(しょうじ)の解決こそ、武人に課せられた課題であった。これこそが「死生観」の解決であった。死生観の解決が出来ない者に、武芸の会得はあり得なかったのである。

 捨てるものが多くある者は、「死生観」を解決してない証拠である。また、柵(しがらみ)を残す者も、この類(たぐい)であろう。
 したがって、武人は簡潔であり、清々しさがなければならない。本来人間は無一物(むいちぶつ)であるからだ。

 一方、武人面(づら)した似非(えせ)武人も居る。こうした類(たぐい)は、武人といっても、知性が低く、罷(まか)り間違えば、世間から「勝負師」と侮蔑されやすい。人と争い、技を競い、好戦的で人に挑戦し、人を見下すことしか知らぬ上昇願望の人間にとって、死は単なる敗北か、事故でしかない。
 この程度にしか、死を解釈していない者は、その死に態(ざま)が悲惨であろう。「生者(しょうじゃ)必滅の理(ことわり)を知らないからだ。

 「生者必滅の理」を知らない者は、人の命を軽々しく扱う。人を恫喝(どうかつ)し、怯(おび)えさせて、強(こわ)持てで縛ろうとする。そして、権威に服従させることを押し付け、下には過酷で、上には奉仕することを覚えさせる。昨今は、こうした人間で溢れている。権威主義では、到底、「生者必滅の理」に迫ることは出来ない。

 その証拠が、人命を軽視する軽薄な考え方である。
 一方、古人は人命を決して粗末には扱わなかった。古人の思考は、「人を犯さず、人に犯されず」であった。この思考に居掛之術の原点がある。この思考こそ、それぞれの立場を尊重する考え方であった。指導者は後進を導き、後進者達も年長に従ったものである。

 そこには、先の大戦の軍隊に見られたような、大勢を並べ立てておいて、権限を笠(かさ)に着て、頭ごなしに下級兵士を罵倒(ばとう)するようなことはなかった。こうした考えは、用兵の世界には通用したであろうが、武術修練の世界では通用しなかった。武人は、こうした方法で、人は育てられないことを知っていたからである。根本は人格教育であり、人格を有した人間こそ、心は穏やかになることを知っていたからである。かつての武人の教育は、此処に帰着した。

 「生者必滅の理」を知らない者は、その見構えが猛々しく、また剣遣いが荒々しい。粗暴というべきだ。何処もかしこもが武張って居る。このように頭ごなしに他人を扱う者こそ、鄙劣(ひれつ)な態度というべきである。
 一方、優しげな物言いをするからといって、その人が軟弱であるということではない。人の命の尊さを知っているからである。こうした人は、弱者に、よく見られる空威張りや、力みがない。巷間(こうかん)でも、「弱い犬ほどよく吠える」というではないか。死生観を解決できない人間は、往々にして、こうした態度に出る。

 昨今は試合中心の、武技格闘の個人的闘技が流行している為、単に「勝てばよい」という考え方が主流になっている。人格だの、品性だの、知性だのは、無用の長物と言い切る者さえいる。したがって、温情味は一切無用で、非情に闘うことこそ、勝負師には求められる態度などと嘯(うそぶ)く者も居る。

 この程度の次元で止まっている人間は、結局、「生者必滅の理」を知る機会が失われる。
 恥を云い、尚武を語り、志や義について論じることが出来ず、酷薄さのみで、君徳に欠ける者が多くなった。かつてはこうしたレベルの人間は、決して高く評価されなかったのである。
 何故ならば、本来武人というのは、知識層に位置していたからである。しかし、これは今日では、転落してしまっている。
 その為に、「清々しさ」や「潔さ」の、本当の意味が理解できなくなっているのである。

 本来、清潔、質素、機能的というのが、「武人の身だしなみ」といわれてきた。これは「生者必滅の理」を知るからである。この姿こそ、死生観を解決した証拠でもあったのである。しかし、これを理解する者は少ない。

 

●左足の第一歩

 禅の公案(きうあん)に、『左足を踏み込み、鉄の壁を通れ』というものがある。
 難解な公案であるが、要するに、その場を、「左足を第一歩」として、即座に飛び込み、忽(たちま)ちにして、踏み破ることを言う。

 左足を大きく踏み出せねば、右の抜き打ちで、相手の懐(ふところ)近くに飛び込むことは出来ない。行き詰るわけだ。その場で出来ないことは、一生懸(か)かっても出来ないのである。したがって、その場から先へ進むには「左足の第一歩」が肝心なのである。右足ではない。左足である。

 その場から前に踏み込むには、踏み込みの大地を揺り動かすような「大一機」が大事である。一種の「大気合」とでも云おうか。
 大一機をもって、一瞬にして飛び込み、その刹那(せつな)、更に右足を踏み入れる。これこそ、迷いから解放された行動律である。

 陰陽の足運びは、「静」の状態のとき、左足が「陽」であり、右足が「陰」である。ところが、「動」に変転すると、陰陽が入れ替わり、左足が陰となり、右足が陽となる。静と動では、陰陽が入れ替わることに注意しなければならない。
 踏み込むとは、「機先を制する」ことである。敵に束縛されないことである。したがって、その場と、その時機とは、「今」を指す。「今」こそ、現世の実体である。「今」を除いて、その実体はない。

 一般に、凡夫(ぼんぷ)は「明日がある」という。しかし、「今」には明日などなく、今しかない。今日出来ないことは、明日に先送りする習慣が世間に蔓延(はび)っているが、今日出来ないことが、明日にも出来るわけがない。遣(や)るなら、「今」しかないのである。これが「今」という現実だ。

 人間は、今日一日の、「今」の枠(わく)の中に生きている。したがって、実体のあるのは、「今」ということになる。今できない事が明日になっても出来るわけはないのだ。これを遂行するのは、「今」であり、難事を後回しにしてはならない。「今」をもって、解決しなければならないのである。
 悟道歌には、次なる歌がある。

  斬り結ぶ 太刀の下こそ地獄なれ 踏み込み見れば あとは極楽

 一心一刀をもって、突き進まなければならない時機(とき)、躊躇(ためら)ってはならない。最も大事なものは、まず、左足の第一歩と、踏み込んだ刹那に相手の腹を突くか、肩を袈裟斬りにするか、頸(くび)に一文字をくれて叩き落とすか、電光石火(でんこうせっか)の早業(はやわざ)しかない。この時機に、決して躊躇(ためら)うなという教えが、「左足の第一歩」なのである。右に足ではない。左足なのである。
 そして、居掛ける場合、スピードに頼るのは未熟な証拠とされた。

 本来、道に通じた達人の動きというものは、決して速くない。むしろ肉の眼で見る限り、決して速くは感じられない。それでいて、敵は動けぬ形に追い込まれ、機先を制せられているのである。つまり、遅い動きを見せるのは、スピードに頼らなくても、行動線が最短距離を通って、機先を制するからである。

左足の第一歩の「踏み」。左足の、「あと一歩の踏み」を行えるか、否かで、極楽と地獄の明暗を分ける。したがって、心に迷いがあれば、地獄に落ちるしかない。

 凡夫(ぼんぷ)のスピードに頼った、一見速い動きと、達人の遅い動きの間には、時間や空間を越えて、「間(ま)」の遣い方に決定的な違いがあることだ。「間」の取り方に特徴があり、三次元での時間や空間に制約されていないからである。
 また、「出足」のよさにも決定的な違いがある。遅いように見えて、実は「出足」は抜群によい。最短距離の軌道に則(のつと)り、機先を制す。これこそがスピードに頼っていない証拠である。

 これは観察眼が確かということに尽きよう。観察眼が確かであれば、「出足」を損することはない。見逃しや聞き逃しがある人間ほど、「出足」は遅れる。
 したがって、遅れた時間を取り戻す為に、スピードと筋力に頼らなければならない。最早(もはや)こうなれば、動きにも余裕がなくなり、余裕のなさが、スピードという愚行を齎(もたら)すのである。余裕のない動きは「ごとごとしさ」を作り出す。「ごとごとしさ」は、形式に嵌(はま)り、流れを失い、威張り腐った表現形となる。いかにも厳しく、武張り、素人目には「きびきび」したように映る動作も、達人の眼からすれば、「ごとごとしい」限りであり、その誤りは、余裕がないところから起る。

 一方、余裕のある動きは、「ごとごとしく」見えない。「水走り」としての流れる流麗(りゅうれい)さがある。未熟者がバタバタと騒がしい振る舞いに対し、達人は余裕がある為、その行動線は最短距離を通り、機先を制することが出来る。ツボを心得ているからだ。
 つまり、わが流で云う、「左足の第一歩」とは、「出足の良さ」をいうのである。そして「間」の取り方が、実の巧妙なのである。

 「左足の第一歩」が出遅れる者は、万物が流転し、形あるものはやがて滅ぶという現実を、実感として自分のものに感得していない。他人事である。自分は「死」とは無縁と考え、自分だけは例外と思っている。しかし、死は確実にやって来る。

 「死」というものが、自分の人生の何処でピリオドを打つかは、天命の定めるところで、人は誰も予測し得ないが、しかし、それも僅か百年以内には決定される。そして、人は、こればかりは、死に方も選べないのである。だからこそ、「死生観」は、生きているうちに解決しておかねばならないのである。
 武術では、まさにその解決のヒントが、「左足の第一歩」にあるといえる。


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