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志高く、より良く生きるために
合気投げ
 
対杖術・小太刀/松風
対杖術・小太刀/流星

■ 宗家直伝・個人教伝
(そうけじきでん・こじんきょうでん)

道場所在地
802−0985
北九州市小倉南区志井6丁目11−13
 ・北九州市モノレール企救丘駅より徒歩5分
 ・JR志井公園駅より徒歩7分

 周辺地図、交通機関に関する詳細はこちらです。

指 導
曽川和翁 西郷派大東流における身分と流統性
 (宗家・尚道館館長、米国イオンド大学教授、哲学博士)
募集対象
【個人教伝部】
宗家直伝の個人指導(マン・ツー・マン教伝)

老若男女を問いません。また、過去に全く運動経験やスポーツ経験のない方でも受講できますし、あるいはこれまで合気道や他の大東流をしている方や、他武道に邁進している方で、西郷派を真摯に学んでみようと思う方は、その志に応えて、成就への道を開きます。

稽古日
任意
事前に電話で詳細をお問い合わせの上、希望する「指定日」をご予約下さい。
指導内容
 西郷派大東流合気武術の儀法全般の口伝による秘術の指導を行います。武道経験や運動経験のない初めての方は基礎から指導し、ある程度修得された方は、その力量に応じて段階別に指導します。
 更には西郷派の根幹を成す、「陽明学」での人生の生き方を教授致します。
入門審査

実施 審査料2,000

入門審査を受検される場合は、一週間前に電話で審査日と時間を予約し、確認をとって下さい。また、入門審査当日には、「履歴書」(写真は貼られている事)「印鑑」(認印で結構です)を持参して下さい。

入門金
30,000


5,000

【月謝の定義/月謝を払うという行為の大事】
 月謝という理念の上で重要なのは、月謝は一種の謝礼であるので、これは列記とした「謝儀」であり、「月謝を払う」という行為は、「身分確認の為」の行為である。したがって商行為ではないという事は一目瞭然である。
 毎月、威儀を正し、謝意を表わすのであるから、己の置かれた立場を忘れずにいるという行為でもある。

 したがって月謝という実態は、商行為における物を得る為の対価ではない。
 ものを習い、それを直接的あるいは間接的に教授を受け、示唆を授かっているのであるから、師への感謝は毎月忘れてはならないものである。

 かつて、古人は月謝を払う際、「のし袋」に瑞引(みずひき)を掛け、衣服を改めて、師匠の前に出(い)でて、両手で差し出すのが作法であった。今日ではこうした作法はすっかり廃れてしまったが、感謝の意を表わす、こうした気持ちだけは、礼儀として肝に銘じてもらいたいと願っている。

 「入門を許されたら読むページ」を参照

教伝料
【儀法教伝・武術講話(陽明学概論を含む)の約2〜3時間程度】
1回の教伝料 : 15,000
教伝日程種類
日帰り個人教伝(午後1時教伝開始の場合)
 
日 帰 り 教 伝 (例)
━━━━━━
午後1時より儀法教伝
午後2時より武術講話
午後4時前後教伝終了
━━━━━━

時間の設定は日帰り教伝の一例です。時間などは自由に設定できます。

 

宿泊個人教伝(数日間宿泊して教伝を受ける場合)

2  泊  3  日  教  伝  (例)
日程
第1日目
第2日目
第3日目
━━━━━━
 午前6時30分起床
午前7時より儀法教伝
午前9時より武術講話
午前11時教伝終了
 午前6時30分起床
午前7時より儀法教伝
午前9時より武術講話
午前11時教伝終了
午後1時より儀法教伝
午後2時より武術講話
午後4時前後教伝終了
入浴 
正午昼食
午後2時より儀法教伝
午後3時より武術講話
午後5時前後教伝終了
入浴
昼食後解散
 午後7時夕食
(稽古日の稽古は自由参加)
 午後7時夕食
(稽古日の稽古は自由参加)
━━━━━━

 例えば「2泊3日」で教伝を受講した場合、合計4回の教伝講習となり、4回×15,000円=60,000円となり、宿泊は1泊2,000円(一日2食の食事代、入浴、宿泊費を含む)×2泊=4,000円なので、全費用合計は64,00となります。
 宿泊個人教伝は、日程などを受講者の都合に合わせて、自由に個人別に設定することが出来ます。
【註】山稽古を希望する場合は、教伝日1日分の丸一日を要します。宿泊教伝の日程を計画的に組んで下さい。

入門時に要する武道具

一切、「自前主義」で揃えて頂きます。道衣や武道具の貸し借りは厳禁です。

1.武術衣上下。(肩継ぎのない柔道衣などが適当。空手衣は不可)
2.稽古用木刀(大)。(粘りのある白樫木刀と木刀袋)
3.小太刀木刀(脇差用)と短刀木刀。(わが流で制定されているもの)
4.腕節棍。(わが流の腕節棍検定で使われるもの)
5.白扇。(白扇術に用いる1尺2寸の長白扇)
6.西郷派のオリジナルTシャツ。
 以上、出来るだけわが流の指定している道衣や武道具を使用して下さい。

道衣・武道具の一式詳細は「西郷派の道衣」を参照下さい。

見 学
不可
連絡先
総本部・尚道館
 受付時間/午前9時〜午後9時まで
 (それ以外の時間帯はご遠慮下さい)
TEL093−962−7710(代)
FAX093−961−8224/24時間可
お問い合わせメール

●個人教伝について

 直接宗家が「合気」に至る迄の秘伝の細かい部分(古来よりの口伝)の指導を行い、その完成を目指します。
 入門の許可を受けるためには、まず宗家自からが審査する入門審査に合格しなければなりません。

 これ迄に於て、この部に入門を許可された人は、ごく限られた少数の人で、運動経験の全く無い人や、また植芝系の合気道の先生や、他の大東流の師範の方々や、その他の古流柔術の師範・指導員、フルコン空手出身者や、日本並びに韓国やカナダなどの柔道連盟関係の方が入門を許され、宗家が直接、古来より口伝(一子相伝による口述での特異な指導法)と称された西郷派大東流の秘術を計画的に指導します。

個人教伝は、宗家指導のもと、指導員が付き添って、懇切丁寧に、基本から徹底的に指導する。あるいは基礎の出来ている人は、高度な応用技から指導する。
 

 この部で受講された方の一部には、既に宗家から秘術と称された「力貫」「合気」を会得した方もおり、ごく少数の合気完成者も出ています。

 また、この部は直接宗家が手取り足取りして細かく指導し、その人に適合した独自の合気を指導します。つまり、力の弱い人は、弱いなりに、「小が大を制する合気」を指導します。

 そして更に、単に合気武術の秘伝を受講するだけではなく、人間として大事な人格(武士道実践者としての人格形成)及び、霊格(人間には肉体的な繋がりである親子の血統ばかりでなく、親子との肉体以外の、過去世の霊統で繋がっている不可視現象)等の指導を行い、どんな敵に対しても絶対に負けない境地の「切り札」を授けます。

 スポーツ武道では試合に於て「勝つ事のみ」がその練習の中心課題ですが、西郷派大東流ではどんな窮地に陥っても、「絶対に負けない境地」を指導し、それは人生に於て、一種の大切な「切り札」になります。

 個人教伝の部では、手解きを含む基本柔術基本剣術基本腕節棍基本白扇術を中心に、上達の度合いに応じて武術の一切を全般的に指導し、丹田術や呼吸法、合気拳法、奥儀剣術、据物斬り、居合術、居掛之術、合気二刀剣、小太刀術、奥儀柔術、杖術、槍術、棒術、水中柔術(水中で戦う格闘戦。但し指導は夏場に限ります)、大儀兵法(多数之位)、手裏剣術、飛礫術、鎖玉、日本馬術(騎馬戦を目的にした軍馬兵法)、八門遁甲(これは中国古典物理学で、占の類ではありません)、軍事学(兵の動かし方を中心とする軍法)、山行(福智山登山を通じての野戦。但し12月中旬〜翌年3月中旬の期間は冬山の為、指導を行いません)などを個人の進歩度合いと伎倆(ぎりょう)に合わせを幅広く詳細に指導します。

 個人教伝入門審査に合格すれば、過去に武術経験が無い方でも、あるいは現在武術や武道の道場等を開業されている方でも、一番知りたい、秘術と称される箇所を「宗家直伝」と言う形で理論と共に、実技指導致します。

 さて、以上のように「指導科目一覧」を並べれば、西郷派の個人教伝は何と、数多い技だけを教えるのではないかとういう誤解が出てきますが、これは教伝のほんの一部分であり、重要課題はこうしたところにあるのではありません。
 西郷派の技だけを真似するのであれば、わが流発行の『大東流合気之術』(愛隆堂)、『合気の秘訣』(愛隆堂)、『入身投げ』(愛隆堂)や、DVD『AtoZ』(BAB出版)、『大東流秘伝大鑑』(八幡書店)などを見て練習すれば、似たような、それらしい技だけは真似することが出来ます。

 しかし、「個人教伝」の本当の目的はこうした伝授に、教伝を置いているのではありません。問題は、「心の遣い方」であり、「負けない境地」を伝授することにあるのです。これが抜け落ちていれば、武術とはいえないものになってしまいます。
 「負けない境地」は、最初から勝つことを目的にして指導するのではありません。勝つことは一切眼中になく、最終的には「負けない」という、心法を指導するのです。
 本来武術の目的は、試合で強いか弱いか、あるいはストリートファイターとして格闘し、その喧嘩での強弱論を言うのではありません。

 武術修行のその奥には、心をのコントロールする「心法」が説かれていて、多くの人はこれを見逃してしまいます。武術格技の根底には、技術面の優位よりは、「心の度し方」が説かれているのです。それを極めなければ、ただ試合に出て強いか弱いか、○○道と○○道はどちらが強いかの論争だけになってしまい、肝心なものを見逃してしまいます。

 

●個人教伝の課題は「負けない境地」を会得することにある

 さて、わが流は武術と武道の違いを明確に説いています。一般には武の道のことを、武道という呼び名で呼称していますが、ここでいう「道」は、多くの場合、単に道を標榜(ひょうぼう)するだけの「タオ的」な感覚で、このように呼んでいるに過ぎないようです。
 そもそも武道といっても、それは競技を中心としたスポーツ的なものを指し、多くは強弱論に捉われる考え方であるようです。

 しかし、武の道を単に強弱論に固執した思考で進めると、往古(おうこ)の武人達が求めて止まなかったその背景にある、「生活意識」「武の道の礼法」などが安易に扱われ、あるいは軽視されてしまうことになります。

 今日、多くはスポーツとしての立場をとる競技武道が幅を利かせています。これを「行う」という行為の中に、精進の「道」として捉える考え方は殆どありません。こうした考え方に偏っている「道」の理念が、勝ち負けで判定されることは非常に残念なことです。

 古人は、武の道の中で、時の場合、状況や人の動きによって臨機応変に即応させ、変化させ、こうした流れの中に精進としての道の在り方を確立させてきました。ここにこそ、武の道の「術」としての大きな価値観があったのです。この術は、即席の護身術のようなものとは大きく異なります。
 つまり、武の道と称するものの中には、必死三昧(ひっしざんまい)の修行があり、その修行は、まず生死(しょうじ)の道を明らかにし、次に「独立自在の境地」に至ることだったのです。
 今日の世は、この「境地」に至ることを殆ど顧みず、単に競って勝負をいたずらに争い、その勝ち負けで優劣を決めるものが少なくありません。

 しかし、勝負は勝負の領域のものであり、それを超越するものではありません。つまりスポーツ競技的なゲーム感覚から、多くの武道種目は抜け出していないということです。勝ち負けのこだわりの中に組織拡張の目的があるようです。それだけに、また「道」を標榜するのも訝(おか)しなものです。

 私たち日本人が、アメリカナイズされた多くの流行に翻弄(ほんろう)される理由は、「力こそ正義」という妄想に魅入られている現実があります。
 しかし、本来の武の道とは、古来からの武士階級によって、生死を超越する域にまで鋭く研ぎ澄まされて修行し、「死生の悩み」を解決するものとして研究されてきたものです。そこには血と汗の結晶があり、それを日本人は研究し、血の滲(にじ)むような努力で、連綿として後世に伝えてきたのです。

 武の道の根本には「殺さなければ殺される」という非情なる悲痛がありました。それ故、この殺気をもって、「いざ」という場合には敵に向かってまっしぐらに、肝心に突入して行ったのです。閃光が閃いたとき、一瞬にして首と胴が離れ離れになるというのが、本来の武の道だったのです。だから、普段はむやみやたらに競い合うことは極力避けてきたのです。

 生き死にに、殺すか殺されるかという境地に立ったとき、これまさに真剣であり、この真剣さをもって修行することにより、大事に臨んで生死を明らかにすることが出来たのです。生に有っては、生の道を尽くし、死に有っては死の道を尽くしたのです。そして徹底的に極限状態において「尽くす」ことにより、生死を超越することが出来たのです。ところが昨今は、こうした観念がなくなり、ゲームを競技として楽しむという意識だけで、この手のものを愛好している人が多いようです。

 そもそも弓・馬・刀・槍を学ぶ原点には、死生を明らかにする死生観の超越と、礼儀を重んじ、この作法に則った人格と品格を極めるというものがその根底にありました。そして、武技を極めても、これに驕(おご)らないというのが真の武人の姿とされました。
 言い換えると、他人の迷惑とならず、更に自分と立場を弁えるという意識が必要とされたのです。他人の立場を侵さず、自らも侵さないと言う立場意識と、ケジメをつける筋目意識によって「負けない境地」を確立するものだったのです。

 

●温情味ある人間像を目指して

 昨今の競技をするスポーツ選手を見てみると、ただ強ければいい、強持てであればいいと言うだけで温情味に欠ける人が多いように思えます。それは競技を競う為に、他は総て敵とする考え方が、そういった思考に奔(はし)らせている節も否めません。ただ勝てばよいという、価値観がこうした現実を招いているのかも知れません。

 ところが、かつての武士階級が、「恥」を言い、「尚武」を語り、「志」「義」について論じている姿を思うと、何だか近寄り難い、冷厳なだけの人柄が想像されますが、実は決してそうしたものではなく、むしろ逆であり、刻薄なイメージは「君徳」に欠けると敬遠されたものでした。ただ、冷厳かつ刻薄なだけでは、武門では高く評価されなかったのです。
 また、他人に厳しく、自分に甘い人も、何ら評価を受けることなく、「気違いに刃物という観」で見下されていたのです。しかし、昨今はこうした人でも試合に勝つことが出来、ただ強ければ、英雄的な評価を受けているようです。

 そもそも「武人」というのは、わが国においての知識層でありました。そして、その見識の中には、当然人間に対して、深い理解力は必要だったことは言うまでもありません。人間理解に対して、それが欠如していると、「温情味が欠ける」と非難され、決して高い評価は得られなかったのです。

 人間理解の要(かなめ)は、「温情味」であり、それこそが人間の徳育の為に大きな働きを持っています。その徳育の具体的な有効手段は、古来の高い評価を得ている人間観察の眼を確かにすることでした。ところが、今日はこうした人間の観察眼を無視し、たんの暴力的で強ければよいという人が、英雄視されていますが、この英雄視されている人の中にも、ただ殺伐(さつばつ)とした強弱論を展開している人も少なくないようです。

 また、昨今は恥に対する感覚も疎(うと)いようです。「恥」こそ、武門の行動律に一つであり、これは大きな柱になっていました。つまり、「恥辱(ちじょく)」に対する感覚です。同時に、名誉意識でも有ります。

 人に笑われる、後ろ指を指される、陰で揶揄(やゆ)され、恥辱を受けるということは、そもそも武士にとって人格否定に繋(つな)がりました。だから恥に対する感覚は、人一倍強かったのです。しかし今日、恥に対する感覚を持っているスポーツ選手や格闘技選手は実に少ないようです。

 勝てばよいという感覚意識は、恥辱に対し鈍磨(どんま)な方向へと導きました。
 有名選手ともなれば、彼等の持つ道徳やそのマナーの悪さは呆れるものは多々あります。横柄(おうへい)な言葉遣いもさることながら、日常生活での常識欠如は目に余るものがあります。あるいはモラルの低下により、不倫や破廉恥(はれんち)な異性行為も、気に懸(か)ける様子がありません。
 また、こうした人に限り、他人に厳しく自分に甘く、更には温情味の欠片(かけら)もありません。そんな彼等が英雄視される偏(かたよ)りは、一体何処から発するのでしょうか。

  私たち日本人は、もう一度、「信」「義」について考え直す必要があるように思います。
 かつて玄洋社の頭山満翁は、「男が正しいと信ずる道を歩いていて、それにより友人を失い、職を失い、食えずに死ねたら儲(もう)けものである。これこそ正真正銘の信義の人であり、正真正銘の男であったということになる。もし、食えずに死ぬようなことがあったら、見事、飢えて死んでみよ」と言いましたが、この言葉は、やはり心ある人にとって、今でも心に響いてくる言葉だと思います。

 一般に職を失うことは、つまり「食を失う」と思われているようですが、食を失うことで、思い通りのことが出来ないようでは、それはかなり無態(ぶざま)な生き方をしていると言わざるを得ません。
 本筋を糺(ただ)せば、そもそも人間は行動律において、品位の美学を追求しているのであって、物質的に美食を喰らって贅沢(ぜいたく)をするとか、美人に傅(かしず)かれるとか、多くの物財に取り囲まれるとかの、ただの物質的な贅沢を満喫する為に生きているのではないということです。

 その根本は、「恥なく生きる」 という言葉に尽きるのではないでしょうか。
 恥辱に対する感覚が敏感になれば、当然そこには 人間理解の温情味というものが芽生えるはずです。問題は「品格」あるいは「品位」なのです。

 そして、私たち現代人が誤解してはならないのは、「礼儀」と「行儀」を混同してはならないということです。
 昨今は、礼儀と行儀が混同され、間違って遣われていす場合が少なくありません。

 温情味が充分に養われておれば、人間が少しくらい行儀が悪くても構いません。品位さえ備わっていれば、多少の無作法は許されるものです。瑣末(さまつ)な料理のマナー違反を咎(とが)めだてしたり、あるいは将来有為な人の行儀云々を指摘して、その人物の評価を惜しむなら、これこそ無視してもよい、重箱の底をつつくお節介(せっかい)といえましょう。

 その意味において、ある意味で男というものは、多少行儀が悪くても構わないのではないでしょうか。また、些(いささ)かの行儀の悪さも、あるいは豪語の節も、一切許されないというのならば、此処に身をおくことは男子一生の仕事を成し遂(と)げる場ではないといえましょう。
 人格の根幹を為(な)す「品性」 の下品な人間が、いかに表面上のマナーを恰好作って、わが身を繕って見て行儀をよくしても、それは所詮(しょせん)猿真似に過ぎません。

  ところが、礼儀となると話が違います。
 礼儀は礼法の根幹部分にあるもので、「愛する君子の性(さが)が問題にされ、品性は問われているのです。その品性の中には、美しい起居振る舞いと、流れるような流麗美と、美しい生涯を送る創意工夫の課題が含まれているのです。
 この課題の追求こそ、修行の原点にあるべきものなのです。本当の「恰好よさ」とは、表面上のマナーやお行儀のよさではなく、もっと奥深いところから滲み出る、「品位」が決定するのではないでしょうか。
 また、この「品位」も回帰すれば、温情味豊かな「人間の持つ性」あるいは「心根」といえるのではないでしょうか。

 弱肉強食論者の勝者が、英雄視される原因の一つには、昨今の武道界や格闘技界が、観客を意識した一般スポーツ界や芸能界と地続きになっている為だと思われます。タレント紛(まが)いの武道選手も少なくなく、芸能人のように扱われ、それにちやほやと有頂天に舞い上がる選手も少なくないようです。
 武道の、「○○道」と言っても、その「道」は名ばかりであり、例えば試合に出場した選手には、敬意の欠如が感じられます。勝負判定においても、本来は「武の道」と言うのは、非礼としてあえて審判員を置かなかった歴史すら日本にはあったのです。ところが判定を主体すする武道競技には、今日では審判員は必要不可欠な存在になっています。

 それは勝負の判定が分かり辛い、観客素人の意識が反映されているからに他なりません。芝居の如き、ショーになりつつあるのです。それがまた、「勝てばよい」という人格や品格不在の現実を招いたと言えます。

 

●人は何の為に修行するのか

 武儀を修得する根本には、死生観を超越すると言う大きな課題が横たわっています。
 昨今の武道愛好者が、「武道が好き」という表現の中には、単に武道が好きであって、それ以上でもそれ以下でもありません。その領域を一歩も出ることなく、単に「愛好している」という意識に止まるようです。

 つまり、武道を通じて世の中に何らかの形で貢献し、社会的な意義を見つけ出すと言うものではありません。趣味の範囲、愛好の範囲に止まっているだけなのです。
 それは、首から下のみが頑丈で、ただ拳で人を殴ったり、脚で蹴ったり、肩に背負って投げたり、竹刀で叩いたり突いたりの、これだけの事しか知らぬという人が、そのレベルで止まっていると言うことです。

 今、こうした人を「体育」と言う名目で、青少年に武道を奨励している動きがあります。ところが、このレベルの人間を、その意識しかないレベルで、大量に育ててみても、社会や個人にとって、一体これな何になるのでしょうか。

 また、金メダルを貰(もら)う選手を殖(ふ)やす事が、国益と、どう繋(つな)がるのでしょうか。更には、金メダル選手を殖やす事が、日本国を豊かにすると考えている、日本の知識人が本当に居(い)るのでしょうか。

 自称武道家と称する人が、様々な犯罪に絡んでいるのは周知の通りです。礼儀正しいと言う仮面を被りながらも、その陰では詐欺を働き、集団で騙(だま)して婦女暴行をし、師弟関係にあって不倫を働き、金品によって誘惑され、美食を好み、恐喝(きょうかつ)をやると言った輩(やから)が、「青少年の健全育成」とか、「社会教育の参加」などと唱えて、父母から「先生」と呼ばれ、子供の親や、青少年を騙しているのは、何ともお粗末な限りです。

 そして、「青少年の健全育成」とか、「社会教育の参加」などと唱えていますが、これは一体何を意味するのでしょうか。
 また、彼等がお題目のように唱える「礼節」とは、一体何をもって礼節とするのでしょうか。
 更には、多くの道場で唱えられている礼節は、具体的には人間の生活行動の、どの部分を指すのでしょうか。

 ある武道団体の、成人にも満たない少年たち数人が、歩きながら銜(くわ)えタバコで傲慢(ごうまん)に街の中を闊歩(かっぽ)していましたが、一体このモラルは何処から派生したのでしょうか。
 一言で「礼節」と称されている語の多くは、「あいさつ」あるいは試合前後の「お辞儀」のことを言っているのでしょうか。

 こうした現世に繰り広げられている武道愛好者や、自称武道家たちの意識の中には、本当の意味での「武の道」というものを全く理解していないように窺(うかが)えます。
 武の道で言う礼儀とは、単にその作法や起居(たちい)振る舞いだけを指すのではありません。もっと「武」の本質的なところを指して居るのです。
 「武の本質」とは、何も刀や槍を構えて対峙(たいじ)する時機(とき)の「形」だけを言っているのではありません。

 その根本には、「死生観を超越する」と言う本当の目的が横たわっているのです。
 ここで塚原卜伝(つかはら‐ぼくでん)の武者修行時代の話をしましょう。卜伝は、ある日、琵琶湖で渡し舟に乗りました。乗り合わせた舟の中には、武者修行の豪傑らしい荒くれ武者も乗っていて、乗り合わせた人の前で盛んに武勇伝を展開させ、腕自慢を声高(こわだか)に行っていました。

 その荒くれ武者が、穏和で一見気の弱そうに見える卜伝に、絡み始めました。そして遂には「お前と試合がしたい」などと言い始める始末でした。
 そのとき卜伝を少しも慌てず、「舟の中は狭いし、乗り合いの人にも迷惑をかけます。そこで、向こうに中洲が見えますが、その中州の上で太刀合いましょう」と言います。

 卜伝は船頭に命じて、中洲に舟を着けさせるよう話をし、舟は愈々(いよいよ)中州に近付きます。舟が中州に近付くか、着かないかのうちの、殺気に逸(はや)る荒武者は、舟からひらりと飛び降ります。卜伝を見据えて、「さあ、来い」と言わんばかりです。

 卜伝はすかさず船頭から舟竿(ふなざお)を借りて、舟を中州から離れた沖に出します。これを知った荒武者は、そこで地団駄を踏みますが、既に後の祭りです。口惜しがる荒武者を中州に置き去りにしたのです。これは卜伝の有名な、「無手勝流」という話です。「心法」を会得している人の、修行の賜物(たまもの)でした。
 こういう意味で塚原卜伝は、真の武術家といえる人でした。

 また、卜伝は自分の高弟が、無意識に荒馬の後ろを通って、あやうく馬に蹴られそうになりました。この時、卜伝はツバメのように身を翻(ひるがえ)し、高弟を抱えるようにして、あわやというこの難事を避け、周りで見ている人を感動させました。
 ところが、卜伝はこうした荒馬の後ろを通るときは、静かにこれを避けるように通ることを普段から心掛けていたのです。これは別段、武に長けた人以外にも出来ることですが、それには何よりも普段の心掛けがものをいい、智慧(ちえ)が備わっていなければ、簡単にはできるものではありません。
 これこそ、一種の陽明学の言う「事上磨錬(じじょうまれん)」から積み上げてきた体験がものを言ったものと思われます。日々の修行が、ものを言う絶好の例といえましょう。


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