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誇りの裏付けとなる数々の技法

西郷派大東流の掲げるサバイバル思想の概論
(さいごうはだとうりゅうのかかげるさばいばるしそうのがいねん)

●科学への妄信

 現代人が科学への妄信に奔(はし)った誤りは大きい。科学こそ、「分別知」が齎(もたら)した妄想と言えよう。
 また、科学的と云う言葉に、現代人は異常な執念を燃やすようだ。何事も、「科学的」と称せば、知識階級の仲間入りが出来るからである。

 例えば、「分別知」で考えるレベルの多くは、数字による判断であり、数字と面を併せ、その数値が正しいか否かのことばかりに重点を置き、これが信用され、信頼される。
 また、数値で反応する「分別知」は、数字が入っていると、何故か信憑性を帯び、更には突っ込みがよく、より専門的に映り、より真実性が高いと勘違いするものである。

 例えば、その数値に示された数字が正しいものとしても、数値が齎(もたら)されている定量的な点よりも、数値以前の定性的な方が遥(はる)かに重要なのに、これは余り関心が注がれない。
 この元凶は、何処から派生したかと云えば、これまでの「アナログ表示」から「デジタル表示」に変わったことが起因している。「デジタル」では、そこに行き着くまでの過程が省略され、結果のみで判断する思考が支配しているからである。

 例えば、科学実験を繰り返せば、実験から得られた有効数字には、その数字に至るまでのアナログ的な段階がある。途中経過にも、実験の方向性や試行錯誤があり、そうした中から実験結果の有効数字は摘出される。
 しかし、デジタル的な有効数字には、そこに至るまでのプロセスが存在せず、小数点以下の桁数(けたすう)が、やたら多くなって、こうした数字の羅列(られつ)が、如何にも「科学的である」と、錯覚してしまう点がある。この錯覚こそ、「分別知」から派生した元凶であろう。

 何事につけても、科学的とするような課題が掲げられていれば、文句無しに信じ込んでしまうと言うのが、現代という時代の特長である。
 ところが、科学であっても、法則の発見とか、研究の進展と言うものは、基本的には豊かな直観力により齎(もたら)される。この直観力を無視して、科学的と表すれば、非科学的な烙印(らくいん)が押し付けられ、今日の科学的とする根拠は大方が、厳正かつ理性のみによって築かれている場合が少なくない。

 しかし、此処にも落とし穴がある。
 それは、掲げられている事柄や論拠が、科学的と称されている場合、それは理論的であると同時に、実証的であり、この実証性こそが、科学的と豪語する絶大な信用を勝ち得ているという事である。この絶大な信用の為、科学的と表(ひょう)されれば、何の疑いもなく、頭から信じてしまうのである。これはある意味で危険なことではないか。

 これは時として、迷信と何ら変わりのない悪影響を招くのである。
 特に、食品や薬品の危険性は、健康と直結した研究結果から派生したものと解釈されがちである。情報化時代の特長は、こうしたデータの氾濫(はんらん)により、身体に必要な食品や薬品が、何ら、毒と変わりないように押し寄せて来ているという事である。
 そして、研究結果やデータのみで、その評価が問われ、現代人は有識者の言のみを、鵜呑(うの)みに盲信を抱いている。

 科学的と称されるものは、「一種の仮説」により展開されている。そして、仮説はあくまでも仮説であり、やがてそれとは異なる、一歩上の、変わった成果や、実験結果や、極端な場合、今日の科学的と称されるものが、後になって否定されることもある。そして、科学的と思われたものが、全くの迷信であったと言う事態も発生することがある。
 したがって、単なる「分別知」で考えるのではなく、今と云う時点では「信」であるかも知れないが、やがて「疑」に変わるかも知れない事態が起ると、警戒する必要がある。

 だからこそ、科学万能主義が持て囃(はや)される、こういう時代には、自然で、素直で、鋭い直観力を養わねばならない。つまり、「勘」である。
 今日の科学者とか、技術者と云う類(たぐい)は、物理や化学の総(すべ)ての定理や法則について、疑いを抱き、これを再度実証してみようとする態度がない。最初から丸暗記の定理や、公式を法則に当て嵌(は)め、これを用いているに過ぎない。ここに「科学的」と称された、事象を丸暗記し、鵜呑みする危険性がある。

 刻々と事象は変化する。現象界の真理は「変化する」ことなのである。
 しかし、旧態依然の定理が覆(くつがえ)されつつある、そう言う時代にあっても、科学者の研究主体は、定理や法則の丸暗記であり、これをもう一度実証しようとする態度がない。
 また、本当に理解しているのなら未(ま)だしも、鵜呑みで事を運ぼうとしているのである。その癖に、霊感とか、宗教となると、非科学的の烙印を押し、実証しなければ信用しないのが殆どなのである。そして一般大衆の思考にも、この考え方は広がっている。
 一般大衆には、権威に縋(すが)「知」を、「分別知」の元凶であるとも知らず、盲目的に信用する現代の恐ろしい一面を持っている。

 現代は、こうした「分別知」により、科学的である事と、非科学的である事が錯綜(さくそう)し、可視現象と、それを凌駕(りょうが)する不可視現象があるのにも関わらず、小さな世界観で、物事を考える時代になっていると言えよう。
 特に、数値で数字を示し、科学的と称する現代栄養学などは、この「分別知」の最たるものであり、誤った食指針が示されている。何と恐ろしいことではないか。

 そして、サバイバルを考えた場合、食指針の誤りは、「生き残る者」「そうでない者」を明確に分類してしまうであろう。
 日本には未だに、既にアメリカでは否定され、下火になってしまった現代栄養学を、後生大事に金科玉条の如く信じきっている頑迷な栄養学者がいる。彼等の言は異口同音にして、動蛋白摂取のみが、現代人には最良の食品であるとする、愚かの食論理がある。
 しかし、この危険性に気付いている医学者は少ない。この意味からすれば、現代栄養学や、ご都合主義の食品業界に加担する医学者も同罪だろう。何故ならば、食指針の誤りで、多くの難病・奇病に被害者をつくり出しているではないか。

 

●日本の秩序と日本人のモラルは、どこまで厳守できるか

 日本は世界の中でも、「治安のよさ」を誇りに思い、事実これまでは、世界の中でも、社会全体が安定していて、犯罪の少ない国であった。
 しかし、こうした治安のよさを、日本人は屡々(しばしば)、日本文化の伝統などと称して、これを誇りにして来た。あるいは日本人の道徳を守る精神構造が、治安のよさを維持していると、今でも思い込んでいる。

 また、日本を「尚武の国」とか、「武士道の国」と自称し、精神面における霊的神性の良好さを治安と結び付け、犯罪の少なさを誇りにして来た。
 しかし、「尚武不在」「武士道不在」は、今日の日本人に、もはや尚武も武士道も存在しないことを物語っている。多くの日本人の嗜好(しこう)を考えると
、好みは欧米的で、欧米に流される横文字文化の猛威の前に脆(もろ)くも崩れ去っている。ここに明治以来の、白人コンプレックスの原点がある。そして、多くの日本人は、この点を大きく誤解してきた。

 その証拠に、日本はペリーの砲艦外交の軋轢(あつれき)に屈し、明治維新において、「世直し」を掲げ、「ええじゃないか運動」を展開して、「尊王攘夷」の大旆(たいはい)の旗の許(もと)に、倒幕運動を展開したが、それは徳川幕府に代わって、西南雄藩の下級武士達が、徳川家にとって代わっただけでなかったか。これこそ、「仁義なき下克上」であった。これは、十六世紀の乱世の戦国時代以来のことだった。あるいは自由主義という、十六世紀の乱世に逆戻りさせただけだったかも知れない。

 また、徳川幕府は徳川幕府で、その御家人や旗本等の家臣団は、関ヶ原以来の戦いにおいて、徳川家より、禄(ろく)を貰いながら、幕府が倒れそうになると、180度転換して、忠義の為に徳川方につくのではなく、不義とも思える明治新政府の役人として、旧幕府の御家人や旗本達が、新政府の官吏の登用試験に殺到したと言うのであるから、何とも、お粗末な日本人の忠義意識ではないか。

 したがって、日本という国は「忠義の国」でもないし、況(まし)して「尚武の国」あるいは「武士道の国」でもないのである。
 その証拠は、大東亜戦争
(アメリカ側から見れば、この戦争は「太平洋戦争」という)の大敗北の時にも見られる。

 戦前から戦中にかけて、あれほど威張って、夜郎自大(やろう‐じだい)になっていた陸海軍の高級軍隊官僚達は、180度、掌(てのひら)をひっくり返し、戦前・戦中は、天皇と為に命を捧げると称し、多くの若者達を激戦地の追いやりながら、特攻隊等で殺しておいて、敗戦当時は自決する事もなく、おめおめと生き残り、戦後は天皇の命に遵(したが)って、日本復興の為に命を捧げると称し、アメリカに尻尾を振る、不可解な振る舞いを見せたではないか。

人命軽視のロケット特攻機「桜花」。搭乗員は十代後半の予科練生徒であった。母機・一式陸上攻撃機の腹下から切り離され、視界操縦によって敵艦に体当たりするロケット特攻機。体当たりの成功率は非常に低かった。

 そして、日本人が一般に信じられている「忠義の国」と称して、不思議だったことは、敗戦当時から戦後の今日にかけて、アメリカに対し、日本文化やその精神を守る為に、敗戦国の旧軍人や一般市民が、一度もレジスタンス運動を展開させなかったことである。せいぜい特攻隊の生き残りの若者が、占領軍のジープを乗り回すアメリカ兵に対し、石を投げ付けたことくらいである。敗戦後の組織抵抗は、一度も見られなかった。
 これを見ても分かるように、日本人の意識の中には、「勝てば官軍」という居直りがあって、忠義とか忠節とかは、二の次になることを顕(あらわ)している。

 しかし、西洋では違った。自国民の文化を守る意識と、これまでの国家に忠義立てする意識が、同じくらい、何処に国にも存在しているのである。
 例えば、フランス・パリが、ナチスドイツに占領された時、フランス人の多くは、ナチスドイツに対し、強硬なレジスタンス運動を展開した。ドイツの文化が国内に流入することを阻止した。
 朝鮮動乱の時もそうであり、ベトナム戦争の時もそうであった。朝鮮人民も、ベトナム人民も、傲慢(ごうまん)で、思い上がったアメリカ文化が国内に流入することを徹底的に拒んだ。それはアメリカの中枢に支配する、物質界の悪魔の存在を知っていたからである。

 また、今日に見られる、イラク戦争終結後のイラク人は、西側の文化の流入を拒み、特にアメリカ文化が流入することを拒み続けている。彼等の多くは、自国の文化に誇りを持ち、「茶坊主的な生き方」を拒み、いずれも誇り高く生きようとしているのである。
 ところが日本人は、戦前・戦中を通じて、アメリカやイギリスを「鬼畜米英」と蔑(さげす)みながらも、戦争に負けると、コロリと掌を返した。180度、国政を変更してアメリカ追随の路線を驀進(ばくしん)する政策をとった。

 特に一般国民より、「鬼畜米英」の音頭取りをし、大本営発表をがなり立てていた高級軍隊官僚達の変わり身は、早かった。
 日本陸軍きっての秀才と称された作戦課長の辻政信は、戦後、アメリカ礼賛の国会議員になっているし、その下で働いていた作戦係長の瀬島龍三も、戦後、アメリカとの関係を密にして伊藤忠商事の会長に納まった。

 その上、広島・長崎には、人類初の原子爆弾を日本人の頭上に浴びせられながら、アメリカに対し、損害賠償を求めることもなく、広島では30万人以上の人命が失われ、長崎では10万人以上の人命が失われ、こうした命を落した大半は非戦闘員であった。しかし、これに講義した政・財界人は、これまで一人もいなかった。

東京大空襲(三月十日、下町の絨毯(じゅうたん)爆撃)で、市民は雨霰(あめあられ)と降り注ぐ、焼夷弾の熱地獄の下で生きながら焼かれて死んで行った。一夜にして、死傷者は8万5000人以上。屍体(したい)は灼熱に激しく損壊して、殆ど男女の見分けがつかなかった。
 
神戸空襲(六月五日、神戸北長狭通り)では、昼間にもかかわらず、死者3184人、負傷者5824人を出した。

 さて、私たち日本人が忘れてはならないことは、万一、外国軍の侵略があって、空襲に見舞われた場合、攻撃が始まる前、あるいはその直後には、必ず、空襲によってパニックを起こす戦術がとられ、長距離ミサイルか艦砲射撃、または焼夷弾(しょういだん)などを使って、恐怖を起こす為に、心理作戦に出るのが戦闘開始の常道であることを知らなければならない。
 この場合、最も効果的と言われるのが、焼夷弾に取り付ける「風切り板」
【註】鋼製尾翼部分に取り付けられたもので、六角形の筒状)といわれるもので、これを取り付けることによって、爆弾投下の際に風を切る異様な音を発生させる。

 心理学的にも、「風切り板」から発生する「ヒューンー」と尾を曳く、この独特の異様な音は、精神に異常を来す周波数にセットされていて、続けてこの音を聴くだけで、戦場に慣れていない現代人の10〜15%ほどの人は、発狂すると言われている。

 鋼製尾翼に取り付けられた銀色の風切り板は、鋭い高音の笛のような音色を発し、容赦なく無差別に襲い掛かるのである。
 サバイバルに徹するならば、こうした音や、爆発音、砲弾が破裂する音に動揺することなく、精神統一を図ると同時に、当時のニュース映画などを見て、慣れておく必要がある。そして、焼夷弾投下の大きな目的は、大火災を発生させて非戦闘員を焼き殺し、一人残らず鏖殺(みなごろ)しにする作戦であることを忘れてはならない。

 こうした自体が再現された場合、更に耐え難いことは、灼熱地獄の焼夷弾の雨霰と降り注ぐ爆撃によって、死亡した多くの屍(しかばね)を、わが眼で、嫌でも確認することである。
 猛火として、燃え盛る炎の勢いが弱ければ、その惨状は一層リアルで強烈なものとなり、わが眼に映る。半焦げ状態で損傷した屍体(したい)は、ケロイド状になり、見るも無慙(むざん)な姿である。

 阪神・淡路大震災の時、各地で火災が発生して、こうした惨状を目の当たりにした神戸市民の一部には、精神に異常を来す罹災者も続出した。肉体だけに残る傷跡ばかりではなく、人間は心にも深い傷跡を残す生き物である。心に傷を負った人々は、罹災後の心理ケアーは、今日も続けられている。
 つまりこれは、現代人が、少なくとも大戦時の人に比べて、精神的にも肉体的にも「やわ」であることを物語っている。

 したがって、警察官・消防士・自衛官・海上保安官以外、大災害や大交通事故で、悲惨な腐敗屍体を見た事の無い現代人の多くは、目前にした、焼け爛(ただ)れた屍体が異様に映り、これを見て発狂する可能性も高いと思われる。
 同時に、屍体から出る悪臭も物凄いものがあり、この臭いを嗅いだだけでも、頭が訝(おか)しくなって、気が動転し、発狂する人も少なくないであろう。
 戦時下に生き残るサバイバルとは、こうした心理的かつ精神的な概念も叩き込んでおく必要がある。つまり人間が、本来、持つ五官を日常だけではなく、非日常に対しても、切り替えるだけの、心の準備が必要であるということだ。

 東京大空襲では、アメリカ陸軍の重爆撃機B29が、344機も空襲して、東京への夜間焼夷弾爆撃を敢行した。
 その結果、死者約10万人弱(概算報告では8万5000人となっているが)、焼失戸数約27万、下町地域を中心に全都の約40%、40平方kmが焦土と化した。そして支社の殆どは、武装の欠片も見られない非戦闘員であった。非戦闘員を殺すとは、何と、人命を軽視した、欧米白人の思い上がりではないか。

米陸軍タロキナ基地に集められた2000ポンド゙爆弾。
 
米軍2.8kg焼夷弾とM69油脂焼夷弾。大戦末期、日本各地の投下した焼夷弾の基本原理を応用して、M69油脂焼夷弾が考案された。(資料提供/九州科学技術研究所)(クリックで拡大)

 そして、こうした大惨事の中で死んで行ったのは、武装した戦闘員ではなく、多くは全く組織抵抗が不可能な老人や婦女子、幼い乳飲み子やその母親達の非戦闘員であった。此処までくれば、最初から殺戮(さつりく)を目的とした、アウシュビッツにも負けない、立派な日本人大虐殺ではないか。
 その上、日本の一部の国会議員達は、日本を焦土と化して軍事占領した、連合軍総司令官マッカーサーに対し、親愛の念を込めて厚木基地に銅像まで建てたのである。この日本人の変わりようは一体なんだろうか。

 また、東京大空襲を敢行して、東京市民を焼夷弾(しょいだん)で焼き殺す作戦を立案した、マリアナ基地爆撃隊司令官のカーチス・E・ルメイ陸軍少将は、東京市民の非戦闘員を10万人以上も殺戮したという功績で陸軍大将に進級し、昭和39年(1964年)12月6日には、内閣総理大臣・佐藤栄作より、勲一等旭日(きょくじつ)大綬章を賜っている。
 旭日章は勲労ある男性に授与される勲章である。それも、勲一等旭日大綬章の最高位の勲章であるのだから、一番偉い人間は白人で、この種の人種は、無差別大量殺戮をした畜鬼のような人殺しが勲章を賜った事になる。何と言う、人間社会の矛盾だろうか。

極東軍司令官のダグラス・マッカーサー元帥像(アントニオ・ガルシア・タマス画)

カーチス・E・ルメイ陸軍少将。東京大空襲を立案し、その大殺戮を指揮した。

 広島(八月六日)・長崎(八月八日)の原爆ならびに、それを遡(さかのぼ)ること五ヶ月前、東京大空襲(三月十日)を手始めとして、アメリカ軍は更に、大阪、名古屋、川崎、横浜、下関、呉、広島、神戸、長崎、佐世保、横須賀、新潟、八幡、戸畑、小倉、福岡と続けざまに、イエローモンキー・日本人の鏖殺(みなごろ)し作戦を展開した。
 こうしたアメリカ側の戦争犯罪を追求することもなく、また、「日本が戦争に負けた敗戦責任」を追求する国民裁判も、実施されたことがなく、これが国会などで、一度も議論されたことはなかった。

 特に、日本陸海軍を指揮し、あるいは高級参謀の職務について、大本営の作戦室で作戦を立案・計画し、無理難題(牟田口廉也(むたぐち‐れんや)陸軍中将の立案したインパール作戦はその典型的な無謀作戦)を戦争現場の部下に押し付けて、各作戦において失敗し、多くの日本軍将兵を死地に追いやった陸海軍の高級軍人達の戦争の「敗戦責任」は、一度も問われたことがない。
 そして、これまで「偉い」と信じられた陸軍大学校や海軍大学校出身の、天皇から恩賜(いんし)を賜った佐官クラスならびに将官クラスの陸海軍の軍隊官僚達は、ちっとも偉くなかった。

 当時の国民の多くは、苦汁を嘗(な)めさせられ、家やその他の財産を丸々焼かれて、日本列島は悉(ことごと)く焦土に化したが、戦争を勝手に始めた陸海軍の軍隊官僚達は、この責任についても、誰一人責任をとらず、また、国民の多くは、無責任な軍隊官僚に抗議することもなく、自分の親兄弟や、子供までを殺されても、ただ黙して、沈黙を保っている。いまでも、その姿勢は変わらないようだ。

 生命と財産に損害を与える禍(わざわい)の責任は、何も先の大戦の、高級軍人達の仕出かした敗戦責任ばかりでない。今日の政治スキャンダルも同様である。
 政治家や官僚は、収賄などのスキャンダルが表面化し、その不正が追及されれば、辞めて身を引くが、政策に失敗したり、配下から不祥事者が出ても、その責任を取って辞める者は殆どいない。いつまでもその座に居座ろうとする。
 政治家や行政官の官製談合等の収賄事件は、今でも一向に減らない。つまり、日本と言う国では、民主主義がしっかりと機能してないのである。これは国家的体質であろうか。あるいは、何でも済んだ事は
水に流す、国民的な気質であろうか。

 日本国民の多くは、バブル崩壊後、種々の政治スキャンダルと遭遇した。
 
しかし、こうした国家的な危機の中にあっても、国民の多くは真剣に国家や、社会の腐敗などを糺弾(きゅうだん)することが出来ず、沈黙を保ち、ひたすら忍従を続けている。今もその延長にいると言ってもよいであろう。

 この深層心理には、「日本の大衆」の、二言目には「義理堅い」だの、「尚武」だの、「武士道」だの、「忠義」だのを口にする習性がるようだ。
 元禄時代の「忠臣蔵」を絶賛したり、あるいは「義経の鵯越え」を絶賛するが、結局は国際社会の中にあって、忍従と沈黙を保ち、ひたすら迷走を続ける曖昧(あいまい)な態度しか取れない人種の一面が隠されているからであろう。

 それどころか、困ったことに、今日の日本人は、世界的視野が非常に狹く、悪しき個人主義に趨(はし)っていることである。それが「自分だけよければ、それでよい」と言う考え方である。
 バブル崩壊後も、日本人の生活様式は「飽食」であり、おしなべて大衆の多くが「一億総中流の意志」を持ち続け、国民の関心事はスポーツやレジャーや芸能界の話題であり、今日、外国で起っている国際問題には殆ど関心を示さない。
 また、こうした今日の日本人意識は、病気に例えるならば、静かに進行する自覚症状のない「進行ガン」だろう。

 

●日本への文化侵略が始まってい

 こうした無自覚症状の日本人の心の隙(すき)をついて、他国が侵略する、有事が発生するかも知れない。あるいは、戦闘状態にならなくても、文化の侵略であるかも知れない。

 今、日本を除く、陸上戦闘部隊の尖兵(せんぺい)になりうる、先発集団の精鋭部隊は、かつて日本人から、日本武術や日本武道を学び、これを十二分に消化・吸収し、自国独自の戦闘格闘技に作り替えて来た。
 喩(たと)えば、朝鮮半島での現在の「テコンドー」は、元を糺(ただ)せば、紛れもなく、十六世紀に、中国福建省地域の南派拳から沖縄に伝わった「日本の空手」の元祖である沖縄拳法であり、朝鮮半島の武術とは無関係である。
 しかし、韓国や北朝鮮の人民は、「テコンドー」を、次のように理解し、説明している。
 彼等の言によると、「テコンドーは、もともと古くから朝鮮半島に存在した徒手空拳の古武術で、この古武術が日本に渡って空手となった」と嘯(うそぶ)いている。武道・武術の実情を知る日本人ならば、誰が聴いても説明に無理があると分かる。

 また一方、近年の韓流ブームに乗って、NHKなどでは、BS番組で韓国の時代劇(BS2で放映された「チェオクの剣」は、17世紀の時代背景を題材にしたものであるが、刀などが遣われている為、全くの近年の創作劇と分かるのだが…、韓流ブームに入れ揚げる日本人は、刀法を韓国固有の伝統文化と思っている)などを放映しているが、この中には、時代錯誤を思わせる風習が含まれていたり、大陸や朝鮮半島には全く存在しなかった「弯刀(わんとう)」が、さも古くから朝鮮半島にあったように見せ掛け、日本の時代劇と同じ、剣劇の殺陣(たて)が、韓国の時代劇にも取り入れられている事である。
 そして彼等は、これ等の時代劇は、「もともと朝鮮半島に古くから存在していた」と嘯くのである。これは一種の、日本に対する文化侵略であろう。

 かつて日本に存在した精神文化は、次々に、外国に流れ出ていった。武術や武道も、その一つである。その流れを見ると、日本の空手が朝鮮半島に流れて「テコンドー」となった。また、武田大東流→植芝合気道の流れが、在日韓国人を通じて韓国に流れ、一方、日本の合気武術が、半島に流れて、韓国を代表するソウル大学やコウリョウ大学の学生【註】韓国の大学では、武道や格闘技が必須科目となっている為、武道大会などに出場して、単位を修得しなければ卒業できない)の間で研究され、これが「ハッキドー」【註】韓国では、「合気道」という漢字を「ハッキドー」と発音する)となった。
 ところが、これが否定され、「韓国から日本に流れた」とする言が、実しやかに囁(ささや)かれている。その典型が、「剣道」であろう。韓国人の言葉を借りると、韓国から日本剣道が伝わったそうだ。

 FBIは、戸隠流(とがくれりゅう)忍術の師範をアメリカに招き、教えを乞うたが、もうそれは既に「アメリカ流」に変型され、アメリカ陸軍特殊部隊などで、こうした日本武術が研究され、戦闘格闘術として、大きな効果を発揮している。

 高度な特殊訓練を受け、工作活動に長(た)けた、韓国と北朝鮮の連合軍(通称「高麗連邦軍」)が日本に侵入した場合、彼等は、日本の自衛隊と同じ軍服を着て、日本に潜入する高等訓練を受けているという韓国情報も伝わっている。
  また、その尖兵(せんぺい)として、日本に潜り込む、精鋭部隊は日本人と同じ顔をし、饒舌(じょうぜつ)な日本語を喋り、一般大衆に紛(まぎ)れ込むことのできる、したたかな東洋人である。これは今日の北朝鮮の六カ国協議を見ても明らかである。
 したたかな点の除けば、彼等は誰が観(み)ても、日本人と寸分の違いもないであろう。こうした特殊部隊が、近未来に日本に潜入するかも知れないのだ。筆者は、これが憶測であることを願うのみ。


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